画像提供:マイナビニュース

写真拡大

●産業が盛んな自治体に進出

「ITビジネスの拠点は都市圏」という考え方が変わりつつある。確かにICTビジネスに関わる企業は、首都圏や関西圏といった大都市に集中してきた。ただ、ICTが発達すればこそ、物理的な地勢の重要性は軽くなっていく。

さとやまオフィス鯖江の外観

それを象徴するような動きが各企業に見え始めてきた。そうした事例のひとつともいえるのが、福井県・鯖江市に開設された「さとやまオフィス鯖江」だろう。

まず、鯖江市だが、人口約70,000人弱の地方自治体。近年、地方自治体は人口減少に悩まされているが、鯖江市は少しずつ人口増となっている。その原動力となっているのは、産業が盛んだということだろう。

真っ先に思い浮かぶのがメガネフレーム。日本製のメガネフレームの約9割が鯖江産ともいわれ、全世界的にみても約20%のシェアを占めるともいわれている。市内には「めがねミュージアム」があり、ベンチや歩道のデザインもメガネフレームになっている。ただ、メガネフレームだけでなく、漆器や繊維などの産業も盛ん。これだけの産業があるからこそ、ほかの地方自治体と異なり人口増となっているのだろう。

○働きやすさを地方都市に求める

そんな鯖江市に開設された、さとやまオフィス鯖江とは何か。端的にいえば、「新しいタイプのITエンジニアの働き場所」ということになる。これまで、IT企業は都市圏に集中してきた。ただ、都市圏ではなくてもICT環境が整っていればビジネスは行える。たとえば楽天。楽天ほどの企業になれば山手線内の都内中心部に本社があってもよいが、現在は二子玉川にビルをかまえ、10,000人ほどの社員が通う。

少し歩けば多摩川の河川敷、朝はラッシュとは逆方向となる下り路線。働き方改革のひとつの方向性として注目を集めている。さとやまオフィス鯖江は、楽天のビルとは比べるもなく小規模かつ都市圏からはるかに遠いが、働きやすさを考えたという意味では楽天に通じるものがある。

●廃業した旅館をオフィスに

そのさとやまオフィス鯖江の完成発表会に招待された。東京から新幹線ひかり号で米原まで行き、そこから特急しらさぎに乗り継ぐ。3時間以上の道のり、乗り継ぎによっては4時間以上かかる道程だ。ただ、さとやまオフィス鯖江は駅から徒歩数分のところにあり、市内からならアプローチしやすい。

このさとやまオフィス鯖江を開設したのはメンバーズエッジという企業。ソーシャルメディアといったネットビジネスを手がけるメンバーズのグループ会社だ。メンバーズ自体は1995年創設だが、メンバーズエッジは2017年に設立された生まれたての企業。その企業が福井県鯖江に事業所を開設したというかたちだ。

事業所とはいっても大規模なものではない。廃業した旅館の一画を利用し、数人程度が働ける環境を作った。建物のなかには旅館だった頃の面影が残っており、ある意味、働き場所としては新鮮な雰囲気が感じられる。

会場に設置されたビデオ会議システム

では、なぜメンバーズエッジは鯖江市に事業所を設けたのか。いくつか理由はあるが、やはり働き方改革の一環としての側面が色濃いと思った。

前述したように、IT企業は都市圏に集中している。だが、ICTの発達は物理的な距離を縮め、リモートワークのような業態発展に寄与している。福井県鯖江市は、メンバーズエッジの本社がある東京都中央区晴海からかなり遠いが、ICTの活用で本社とのコミュニケーションに問題はない。

○都市圏以外の働き場所を

一方で、都市圏以外の地域に働き場所を求めるビジネスパーソンも増えている。だが、地方は都市圏ほど仕事がなく、収入が低くなる傾向にある。そうした傾向をなくすというのが今回の鯖江オフィス開設の大きな理由だろう。

実際に、さとやまオフィス鯖江に勤めるのは現在のところ一人だが、東京生まれ東京育ちのウェブエンジニアだ。都内の大手企業で働いた際、毎日の満員電車による疲弊、マンネリ化した仕事内容に辟易し、鯖江での仕事を選んだという。しかも、収入は都内で働いていたときと変わらないらしい。そして、地方の物価は都市圏より低いことを考えれば、十分に納得できる。何よりも満員電車とは無縁だ。もっとも、オフィス鯖江の至近に住居をかまえており、出勤は徒歩わずか30秒ほどということだから、電車どころか自転車も不要だろう。現在、一人だが、彼のウワサを聞いて移住したいという人も増えるかもしれない。メンバーズエッジでは早期に20名体制を目指すとしている。

●自治体にもメリット

左からさとやまオフィス鯖江の従業員、杉原貴彦氏。メンバーズエッジ 代表取締役社長 塚本洋氏。鯖江市長 牧野百男氏。福井7人の工芸サムライ 発起人 熊本雄馬氏

自治体にもメリットは大きい。まず、廃業した旅館の使い道が拓けた。地方に取材に行くたびに目にするが、活気がそがれているところが数多くある。特に商店街などはシャッターで閉じてあるところが多く、人口流出が容易に想像できる。だが、産業が盛んな鯖江ではそんな印象は感じなかった。

そしてエンジニアが勤めるという点も、長い目で見れば鯖江市に大きなメリットを生む。メガネフレームや漆器、繊維といった産物はあるが、それだけでは発展は大きく望めない。ITに関わるエンジニアが集まり出せば、「越前のITの街」として企業が集まる可能性が高くなる。以前、プログラミング教育に力を入れ、将来的にエンジニアを増やそうという島根県松江市の取り組みを取材したのを思い出した。

鯖江市の市長、牧野百男氏の期待も大きい。その証拠にメンバーズエッジの発表会に市長も登壇した。鯖江市自体は人口増の傾向にあるが、地方自治体は人口流出の危機にさらされている。そのことを考えると、IT企業が市に根を張り、そして発展していくことは市にとってもありがたい。メンバーズエッジの今回の選択は、大歓迎ということだろう。

○タタミ部屋やお風呂も完備

さて、前置きが長くなったが、さとやまオフィス鯖江の施設をみてみよう。ユニークなのは、もと旅館だったという点を残していること。基本的に内装はリノベーションされているが、タタミの部屋があったり石灯籠が庭に設置されていたり、リラックスできる施設となっている。特にタタミ部屋は日本人にとって休息の拠り所。東京青山にある外資系企業、日本オラクルの本社ビル最上階にも茶室(和室)が設けられ、社員の憩いの場となっている。

もちろん、もと旅館だけあって浴室といった設備もある。ただ、そうした設備になると、泊まり込みで働く社員も出てきそうだと、いらぬ心配も生じてしまった(笑)。いずれにせよ、都市圏ではなかなか味わえない仕事環境だ。さとやまオフィス鯖江という名前から、山に囲まれているかというとそうではなく、福井の平野にあるので、傾斜はほとんどない。地方で働いてみたいという方は、さとやまオフィス鯖江を一度、チェックしてみてはどうだろうか。