「娘は発達障害かも」。ネット情報でそう思い込んだママの苦悩

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「産後うつ」という言葉がよく知られるようになった昨今。イラストレーターの藤田あみいさん(32)は、現在4歳になる娘さんの出産後、うつと強迫性障害という病になってしまいました。

 ネット情報に惑わされ、「娘は発達障害ではないか?」という強迫観念に取りつかれてしまったのです。その体験を記した『懺悔日記』(マガジンハウス)を上梓した藤田さんに、当時を振り返って頂きました(以下、藤田さんの寄稿)。

◆ネットにあふれる「自閉症」「発達障害」の文字

 娘が生後8ヶ月を過ぎた時、私は育児ノイローゼに陥った。両親は遠方に住み、親族も近くにいない。なんなら友達もいない。夫は仕事で忙しく、顔をあわせることがあまりない。当時はその状況を恨めしく思うことはなかったが、振り返ってみると今でいう「ワンオペ育児」というものだった。

 ノイローゼのきっかけは些細なことだった。とある保育園を見学しに行った時に、そこの園長先生に「この子人見知りしないわね、これからかな」と言われた。その時は「はい、しないんです、全然」と平然を装ったが、なんとなく胸がざわつくのを感じた。ざわつきをおさめたくて帰宅後インターネットで「8ヶ月 人見知りしない」と検索したら「自閉症」「発達障害」というワードが鬼のように出てきた。

「自閉症」。なんだろう。名前は聞いたことがあるけれど、どういうものなのかわからない。

 調べれば調べるほど「自閉症」がどういうものかわからなくなった。

「人見知りをしない」「名前を呼んでも振り向かない」「指を指した方向を見ない」「逆さバイバイ(てのひらを自分に向けてバイバイ)をする」。

 自閉症にまつわる様々な特徴が、ネットを通して頭の中に叩き込まれた。娘を見ていても「自閉症」を思わせるような行動をしないかどうか、観察するようになっていた。愛おしくてたまらなかったはずの娘のことがどんどん怖くなっていった。

◆「順調」と診断されても信じられず…深刻なうつ状態に

 娘が一歳半になってもずっと気持ちの波は治まらなかった。とにかく不安な毎日だった。市で行われる一歳半検診というもので「順調です」と医師に診断されたあと、ようやく「大丈夫かもしれない」と思えたが、三ヶ月ほどでまた不安の波が押し寄せた。

 いろんな病院に娘を連れて行った。誰に大丈夫と言われてももう頭に入ってこなかった。その時期になると私は深刻な鬱状態に陥っていた。家事も仕事もなにもできなくなっていた。息をするのも苦しかった。

「自閉症」「発達障害」をこの時点でも正確に理解しているわけではなく、ただインターネットや本で調べた情報をみて照らし合わせ、そうなのか、そうではないのか、ということだけに拘り、不安を募らせる日々であった。

◆母親代わりをしてくれた妹。あんな愛し方、できない

 そんな私の代わりに、娘を溺愛してくれたのは、私の3歳年下の妹だった。

 娘が誕生したとき、妹は誰よりも早くかけつけ、生まれた娘の顔を見て「信じられないくらい可愛い」「こんなにも愛おしい気持ちになるとは想像できなかった」と、出産直後から常軌を逸した叔母バカぶりを発揮していた。

 その後、妹は結婚し、旦那さんの勤務先の静岡に引っ越していったが、新幹線と電車を乗り継ぎなんどもなんども東京の我が家にきて、娘の成長をそばで見守ってくれた。ひとつひとつの進化を喜び、母親が二人いるのではと思うほどの愛情を注いでくれた。

 ベッドでうなだれる私の横で娘と遊んでくれて、「あれができた」「これができた」「こんなに出来るようになった」「名前を呼んでくれた」「別れる時に泣いてくれた」「私も涙が止まらないよ」。

 妹は母親の欠けた家の中で、母親の役割を果たしてくれていた。

 曇りのない純粋な心で娘を見ていてくれた。ただ愛おしいだけの気持ちがそこにはあった。その状況をわたしは横目で見ていた。わたしにもあれができたら、と思っていた。でも、できなかった。

 そのうち私は薬を大量服薬して、病院に担ぎ込まれた。(※近日公開予定の後編につづく)

<TEXT, ILLUSTRATION/藤田あみい>