(1)大破した「トヨタ2000GT」

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 まずは(1)の写真をご覧いただきたい。思わぬ事故で、日本の名車がまた1台消えていく――。

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 2014年6月8日朝のことである。富山県南砺市菅沼の国道156号線を走行中、道路脇の斜面から突如、ブナの大木が倒れ込み、写真のように大破したのである。幸いにも運転者の命に別状はなかったが、車のほうは無残と言っていい姿である。念のために言っておくと、この車はオープンカーではない。

 車は「トヨタ2000GT」。ご存じない方のために補足すると、1967〜70年まで、わずか337台(うち約100台は輸出用の左ハンドル)しか生産されなかった稀少なもの。もちろん人気がなかったからではない。欲しくても手の出るような代物ではなかったのだ。

(1)大破した「トヨタ2000GT」

 当時、新車だと販売価格は238万円。大卒初任給が2万6200円の頃であり、現代に換算すると2000万円にもなるといわれる。そんな高級車が50年前、まだスバル360が街を走っていた時代に売り出されたのだ。

トヨタの名を冠した名車

 値段が高いのは、トヨタが満を持して作ったスポーツカーだったからだ。2000GTをはじめとするビンテージカーの販売やレストア(修理)を行うヨシノ自販(神奈川県横浜市)の芳野正明社長は言う。

「世界の名車のいいとこ取り。スタイルはもちろん、各部に最高技術を結晶させた車です。当時からトヨタは国内最大手の自動車メーカーでしたが、スポーツカーでは日産に遅れを取っていた。その遅れを取り戻すと同時に、世界最高速の記録を作るため、トヨタが赤字まで出して製造したのが2000GTなんです。1台売るごとに新車のカローラが1台付くような赤字が出たといいます」

(2)本来の「トヨタ2000GT」(Gnsin/Wikimedia Commons)

 直列6気筒DOHCエンジンの排気量は1988cc。2シータ―で、いかにもスポーツカーといったロングノーズに、国産車初のリトラクタブル(格納式)ヘッドライトは、今見てもカッコいい。映画「007は2度死ぬ」(1967年公開)にも登場して、ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー[87])を乗せたほどで、幻の名車と言われる所以だ。

 その名車が倒木に潰されたのである。

争点は道路管理に

「オーナーは奈良県の会社役員で、誕生日を祝うために息子たちと五箇山の合掌造り集落に向かっていた時に事故に遭いました。2000GTを手に入れたのは、その3カ月前のこと。3500万円で手に入れたものでした」

 とは、代理人の山下真弁護士(49)である。オーナーらは2000GTの大破は道路管理者の責任として、富山県に3850万円の損害賠償を求めた。内訳は車代3500万円と弁護費用だった。当初、県は「倒木は予見不可能」と突っぱねた――。

 しかし、今年3月28日、県が1787万円を支払うことで和解が成立した。

「立証で苦労しましたね。県は車で道路を走って目視するだけのパトロールしかしてこなかったのですが、事故現場のすぐそばで倒木があったことも確認されました。樹木専門の大学の先生に意見書をいただくと、若葉が生えていて元気に見える木も、根本が腐っている可能性があり、災害などを伴わなくても倒れる可能性があるとのこと。それは、ちょっと山の中に踏み入って観察すればわかることで、全く予見できないというのは認識不足、ということでした。それで裁判所も、安全管理に再考の余地があるとして、和解を勧めたのだと思います。ただし、オーナーが2000GTの修理にいくらかかるか、トヨタに尋ねたところ、1億円はかかると言われたことから、さすがに復元は諦めたようです」(山下弁護士)

部品だけで新車が買える

 半世紀前とはいえ、新車価格238万円の車の損害賠償に1787万円である。高いと見るか、安いと見るか――。

「安い! あの状態ですと、走れる状態にするまでには、5000〜6000万円はかかるでしょうから。まあ開けてみたら、もっと高くつくかもしれませんけど。あの2000GTは初期型の右ハンドル仕様ですから人気もある。できれば、残して欲しいけどね」

 とは前出・ヨシノ自販の芳野社長である。あれほどペシャンコになった車が直るのだろうか?

「ええ、元に戻りますよ。金と時間はかかりますけど」

 こともなげに言うのである。

「ただ、事故の時にあれほど報道されてしまいましたからね。ナンバーまで出したところもある。こういう名車というものは、修理は水面下でするものなんです。傷物扱いされてしまいますから。せっかく直しても、再び売るとなると、価格は下がってしまうんです」

 現在、かの2000GTは、事故当時のままガレージに納まっているという。

「他の2000GTのための部品取りになるでしょうね。ザックリ言って500〜600万円ほどにはなるんじゃないでしょうか。ボディの一部、エンジンや足回り、メーター周りなどは、まだ十分使えると思いますよ」(芳野社長)

 部品だけでも新車が買える価値があるようだ。

国内で減る2000GT

「そりゃあね、2000GTは最高で1億円以上の値がついたこともありますから。あの事故の時、NHKがトップニュースで報じたほどです。新車のベンツだって、そんなニュースにはならないでしょ。うちでは8000万円で販売していますよ。かつては『右ハンドルの2000GTの9割方は日本国内にある』と言われていましたが、いまでは100台ちょっとしか残っていないかもしれませんね。数年前から外国人バイヤーが買っていくようになったんですよ。中国人が多いかな。それをドバイあたりで陸揚げして、さらに欧州へ転売するというパターン。それのため日本国内の2000GTも減ってきているわけです。そんな時に、貴重な1台がまた減ったということなんですよ」(芳野社長)

 大破した2000GTのオーナーは、こうコメントを寄せた。

「希少価値のある車がこのような事故で大破したのは大変残念だが、被害が一定程度回復され、ホッとしています。この和解をきっかけに、全国で道路沿道の樹木の管理体制が少しでも見直されることになればいいと思います」

 罪を憎んで……嗚呼もったいない、もったいない。

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週刊新潮WEB取材班

2018年4月11日 掲載