「ネット」の存在感は日増しに高まっている(写真:manaemedia / iStock)

3月中旬以降、多くの新聞・テレビの経営者が「放送法4条の撤廃に反対」を表明し、紙面などを通じて政府を批判する論陣を張った。ところが4月に入って、政府は「具体的な検討を行ったことはない」と応じたことによって騒動は収束した。

この奇妙な騒動の背後でいったい何があったのだろうか。放送業界を取り巻く大問題を検証していこう。

「テレビもネットも同じ」

「テレビもネットも同じではないか」(2月6日衆議院予算委員会)安倍晋三首相のこの答弁に同感する読者は多いに違いない。ちなみに、このときに質問した奥野総一郎議員(希望の党)も「私もまったく同感でありまして」と発言している。

「ネット」の存在感は日増しに高まっている。テレビ朝日とサイバーエージェントの合弁事業であるAbema TVの月間アクティブユーザー数は1000万を超え、英国発のスポーツ配信サービスであるDAZNも利用者が100万人を突破している。これらの番組を視聴するスマートフォンの普及数は1.6億台にも達している。通信を利用するインターネットの技術革新が、かつては歴然としていた放送と通信の違いを曖昧にしていることは間違いない。

ところが、改めて考えてみると、DAZNもネットフリックスもアマゾンもYouTubeも、すべて外資系だ。昨年までスカパーで見ていたプロ野球は、今年はDAZNになった。コンテンツは同じ野球でも、配信している会社は外資系になったわけだ。

さらに、家庭にあるテレビはパナソニックやソニーなどの国産ブランドが多いだろうが、DAZNを見るスクリーンはiPhoneかAndroidフォンだろう。つまり、いつの間にか、映像市場には外資のプレーヤーが増えている。技術革新によって、既存のテレビ市場の外側に新しい映像領域が形成されており、そこに日本のプレーヤーはまったく参加できていないといえる。

技術革新により、通信と放送、国内と海外という2つの境界が曖昧になってしまった。では、「放送」「国内」という境界の中で守られてきたテレビ局はどのように対応すべきなのだろうか。

内閣府の規制改革推進会議は、こうした規制市場に、未来に向けて新しい枠組みを提案するのが役割。昨年から、議題に上がっている放送市場についての議論も、こうした海外の動きなどに呼応した前向きなものだったのだが、3月中旬に「放送法4条を撤廃することを検討している」といった報道が急増し、何か変な空気に変わっていった。

日本の放送をグローバルで競争力あるものにするにはどうしたらいいのか。そのために、通信と放送、国内と海外という2つの境界を定めていた規制は緩和したほうがいいのか、しなくてもいいのか。

重要な論点はここにある。放送番組の強みは、ハード・ソフト一体運営にある。災害時などの緊急放送はハード設備を持っているからこそ迅速に実現できる。しかし、当然ながらグローバルで競争力を持つには、海外市場で受け入れられるコンテンツが必須だ。そうであれば、そのコンテンツを配信する共有のプラットフォームを構築するというアイデアが出てくるのが自然だ。

2月7日に行われた規制改革推進会議の会合で、中村伊知哉・慶應大学大学院教授は、コンテンツの配信プラットフォームの事例として、radikoや吉本興業が運営する「大阪チャンネル」などを挙げた。また、菊池尚人・同大学院特任教授は「FLATCAST」という配信プラットフォームの実証実験を紹介した。

必要なのはコンテンツ振興策

中村教授は、ハード・ソフト分離などを可能にした2011年の法整備で「法律問題はほぼ片づいたと思っております」と述べている。その上で、必要なのは放送局などが海外や新たなプラットフォームにかかわるための「振興」策ではないかと指摘している。

また、吉田晴乃委員(BTジャパン社長)は、3月8日の会合でこう発言している。「2年後のオリンピックを見据えて何か考えておられるビジネスはありますか。多分すごく大きな変化が起こると思うのですが、その中で、それに間に合うように実施して欲しい規制の緩和であるとか何かございますか」。

こうした問題意識と視点こそ、21世紀の日本のメディア・コンテンツビジネスを牽引するものと言えるだろう。

ところが、3月15日に共同通信が「放送法4条などの撤廃」を含む「安倍政権の放送制度改革方針案」を報じてから、雲行きが怪しくなってしまった。大手の新聞社やテレビ局が一斉に反発し、規制改革推進会議批判を始めたのだ。

放送法4条では放送番組の編集に当たっては、(1)公安及び善良な風俗を害しないこと、(2)政治的に公平であること、(3)報道は事実をまげないですること、(4)意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること、を定めている。この規制を撤廃するというのだ。

ちょうど、3月15日の会合で、森下竜一委員(大阪大学大学院教授)が「放送の問題というのは、ある意味、民主主義で代議制になっていて、 制作メーカーなりテレビ局なりが取り上げたいものしか取り上げない」(文章は議事録ママ)が、ネットがその「情報の非対称性」を改善できる。「ステレオタイプな意見しか取り上げられないのはある意味正義ではない」ので、「この辺を視野に入れないと、逆にメディアの規制がメディア自身を殺している状況というのが今、生まれていると思う」と述べている。

また、同委員は「報道しない自由みたいなところが結構あって、そこに関しては、もう一方的にある意味、自主規制の中で動いているわけですね。(略)ある意味、不偏不党という名の下にかなり偏っているのではないかと、私、個人的には思うのです」と発言している。

4条撤廃で何が起こるのか

政治的公平などを規定した放送法4条を念頭においた発言ではないかと推測されるが、4条撤廃という言葉は議事録には残されていない。規制改革会議の議事録に放送法4条について記録されるのは、3月22日になってからだ。

同日の議事録には、原英史座長(政策工房代表取締役社長)が次のように発言している。「ここ数日、放送をめぐる規制改革について、いろいろな報道が出ています。中には、党派色の強い局を可能にするための制度改革を目指しているとか、首相が批判報道に不満を持たれてこういった検討をされているといったような報道もなされています。まったく心外なことでございます。私たちの会議でそういった検討をしているつもりはまったくありません」。

ただ「ネットもテレビも同じ」なのに、放送とインターネットで規制の在り方が違うのは合理的ではないという問題意識から、その日プレゼンを行った次世代メディア研究所鈴木祐司代表に、放送法4条の在り方について質問している。鈴木代表の回答は、番組規律を撤廃してしまえばフェイクニュースが増えるので4条撤廃には反対という趣旨だった。

放送法4条については、冒頭紹介した予算委員会だけでなく、たびたび奥野議員が取り上げている。2017年2月に、高市早苗総務相(当時)から「停波の可能性が無いとは言えない」といった答弁を引き出すなど、安倍内閣による4条の解釈変更を浮き彫りにしている。

ただ、2017年8月に新たに就任した野田聖子総務相は、その就任記者会見で、放送局の「停波は起きたこともな」く、放送法は「放送事業者の自主性」を担保するもので、安心してほしいと明言している。

国会、メディアによる放送法4条撤廃問題は、3月26日立憲民主党の初鹿明博議員が提出した「放送法第四条撤廃に関する質問主意書」への答弁について、朝日新聞は、放送法4条の撤廃について政府として具体的な検討を行ったことはないとする答弁書を閣議決定したと、4月4日に報じた。

どうやらこれで放送法4条撤廃を巡る議論は収束しそうだ。疑問に残るのが、なぜ放送法4条撤廃議論が突然出てきたのか、である。改革会議の議事録を見ている限り、3月15日以前まで、そのような議論は見受けられない。この問題に関する限り、ほぼすべて報道ベースなのだ。朝日新聞が入手した「放送事業の大胆な見直しに向けた改革方針」という文書はネット上には公開されていない。

この突然の4条撤廃議論によって、未来の映像メディア制度を考えるはずの規制改革推進会議の議論が政治的な色合いが濃くなってしまったのは残念だったとしか言いようがない。

21世紀のメディアビジョン

さて、「ネットもテレビも同じ」という感覚をもとに、これからの映像メディアをどう考えるか。日本の映像コンテンツの競争力をどのように高めるのか。規制改革推進会議には、未来に向けて前向きな提言をぜひ答申してほしいものだ。

日本の映像コンテンツは、規制市場である放送局の超過利潤で制作されてきた。規制されている分、字幕や災害放送など公共の役割も担っている。民放連の井上弘会長(TBSテレビ名誉会長)は、3月15日の記者会見でこう述べている。「民間放送が普通のコンテンツ制作会社となってしまったら、字幕放送や手話放送、災害放送や、有事の際の放送は、できなくなるのではないかと思う」。もしかしたら、放送はこれからもより放送らしくこうした有事の情報伝達に重きを置いていけばいいのかもしれない。

外資系のプラットフォームは、放送市場の外側に新たな市場を形成した。であれば、既存の放送制度はそのままで、新たなプレーヤーを育成すればどうか。政府がすべきは、そのための国産プラットフォームの構築とコンテンツプロバイダーへの利益配分プランといった政策だろう。

ネットフリックスは、ハリウッドスタジオでもテレビ局のような既存の映像コンテンツ市場のプレーヤーでもない。ところが、インターネットビジネスの勝者総取りの法則のとおり、会員を増やし、その利益で大量のオリジナルコンテンツを制作している。危機感を抱いたディズニーはネットフリックスからコンテンツを引き揚げ、傘下のスポーツ専門局ESPNを軸にしたネット配信プラットフォームを開始するとみられている。

中国の3大動画サイトの1つ「iQiyi」は、この3月にNASDAQに上場、22.5億ドル(2.2兆円)を集めるなど大人気だ。気づいたら、米中の巨大プラットフォームに世界が席巻され、日本のコンテンツの出る幕がなくなっているかもしれないのだ。

放送法4条が体現する放送やメディアが担うジャーナリズムの役割、表現の自由などとこうしたビジネスは分けて考える必要がある。ともかく、規制改革会議には、放送制度の規制改革という視点より1つ広い映像メディア産業の競争力向上というテーマでの答申を期待したいと思う。