大谷翔平(23)の快進撃が止まらない。だが、長いシーズンを乗り切るうえで、大谷の体が悲鳴を上げると警告する声が上がっている。

 かつて大谷は、「投手のほうが楽しい」と語っていたが、その投球スタイルに元メジャー投手は「決め球にスプリットを投げすぎ。スプリットは速球に比べて肩、肘への負担が大きい。蓄積疲労で怪我を誘発する」と苦言を呈す。

 確かに初登板となったアスレチックス戦では92球のうち、速球が40球、スプリットは23球と、日本での投球よりはるかに割合が高くなっている。

 スプリットが、メジャーで一躍脚光を浴びたのは1985年のこと。それまで泣かず飛ばずだったアストロズのマイク・スコット(当時30)がマスターし、いきなり18勝を挙げる。そして5年間で86勝をマークした。メジャーリーグ評論家の福島良一氏が解説する。

「球速があって落ちるので、魔球ととらえられていた。彼の活躍で各球団の投手がマスターしようと、スプリット全盛時代に突入していきます。ところが、多くの投手が肘や肩を故障し、スコットも6年めの1990年は9勝、1991年は0勝で、そのまま引退を余儀なくされた。

 スプリットは故障に繫がり、選手寿命を縮めると、各球団は考え方を改めた。ジャイアンツなどは、スプリット禁止令を出したほどです。そのためスプリットは、別名 “デス・ピッチ”(死の球)と呼ばれています。

 その後、野茂英雄の出現で見直された時期もありましたが、田中将大が1年めに故障したこともあり、危険な球種と再認識されています。だからこそ、現在メジャーでスプリットを武器とする先発投手はいません。大谷も多く投げすぎると、故障に繫がる危険性が非常に高い」

 今ではメジャーでは珍しい “魔球” に捕手も頼りがちとなるが、ルーキーの大谷にとっては、ベテラン捕手のサインに首を振りづらい事情がある。

「打者はあまり見たことがない球種なので手を出してしまう。初戦で大谷と組んだマルドナード捕手も、そういった事情からスプリットのサインを出しすぎていた」(メジャー担当記者)

 大阪病院救急部・スポーツ医学科の島田幸造部長も、「体全体を鞭のようにしならせて投げる速球とは違い、スプリットは手首を固定させ、指先に力を入れて投げるぶん、肩関節や肘の靱帯に負担がかかりやすい。言い換えれば、生体力学的にギリギリまで無理をする投げ方なので、投手にとって負担が大きいのです」と警鐘を鳴らす。

 1918年に、ベーブ・ルースは13勝&11本塁打を達成。100年ぶりの神様超えへ、ハードな戦いが続く。
(週刊FLASH 2018年4月24日号)