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隊員は戦闘に巻き込まれる危険性があった

 ちょうど1年前にも、破棄されたとされていた自衛隊の南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報が、実は保管されていたということが大問題になり、その責任をとって稲田朋美当時防衛相が辞任するという出来事があった。

 この事実を知った時、一番、怒りに思ったことは、隠蔽していたとか、文民統制(シビリアンコントロール)が効いているのか、ということではなかった。南スーダンであれ、国内の災害現場であれ、遭難救助であれ、第一線で活動する自衛隊員は常に命がけの任務に就いている。たとえそれが、不都合な真実を知られないための嘘だったとしても、「廃棄して、存在しない」などと自衛隊幹部が平気で言えるという、その神経が信じられない。

 実働部隊である自衛隊にとって、さまざまな出動経験とその蓄積は、今後の活動にとっての何よりの基礎的資料であり、資産であるはずだ。日報は、間違っても「もう読んだから捨てました」などという軽いものではない。

 ましてや南スーダンも、イラクも、数少ない海外での活動であるだけでなく、いずれも戦闘に巻き込まれる可能性の高い極めて危険な地域への派遣であった。イラクでは、サマーワの宿営地近くに迫撃砲弾のようなものが着弾したこともあった。日本人3人が武装勢力に拉致される事件も発生した。サマーワ市内では、自衛隊の撤退を求めるデモが行われた。政府は「非戦闘地域」への派遣だとしていたが、実態はそんなものではなかった。

 南スーダンについては、安保法制によって「駆けつけ警護」など自衛隊PKO部隊に新たな任務を付与したこともあって、政府は「現地の治安情勢は落ち着いている」という答弁を繰り返していた。ところが現地からの日報では、首都ジュバでは、政府軍と反政府勢力の間で戦闘が生起し、自衛隊宿営地の近くでも激しい銃撃戦があったことが記載されていた。

 まさに自衛隊員の命をかけた活動を示すものが日報だったのである。これを「破棄した。存在していない」などと言う自衛隊幹部や防衛省幹部は、それだけでも幹部失格である。艱難辛苦の隊員の苦労を思えば、こんなことは間違っても言えないはずであり、派遣された隊員を何よりも愚弄するものだと言いたい。

国会での虚偽答弁は「無能」の証し

 2017年の国会で稲田前防衛相は、イラク派遣部隊の日報問題で、陸上自衛隊にだまされて、「日報は発見されてない」旨の虚偽答弁を国会で行った。最近、それが存在していたことを知ると、怒りを禁じ得ないという趣旨の発言をしていた。

 笑わせるなと言いたい。陸自のあり得ない報告を鵜呑みにして国会答弁を行ったみずからの無能をこそ恥じるべきである。

 陸上自衛隊の研究本部には教訓センターという部署も置かれ、出動、行動、訓練等から得られる教訓資料の収集、整理、蓄積、分析を行っていたという。そもそも日報が簡単に廃棄処分にされることなど、あり得ない。なぜなら日報というのは、イラクや南スーダンに派遣された自衛隊員が、どのような過酷な環境下で任務を遂行し、復興支援などで成果を上げてきたかを生で知る貴重な記録なのである。任務終了後、PTSD(心的外傷後ストレス)に悩まされる隊員も少なくないと聞く。

 そんな記録を整理し、保管していないなどと報告があったとすれば、厳しく叱りつけるぐらいのことをするのが、当時の大臣としての役割である。それが「見つかりません」「あっそう」と言うのだから、陸自幹部は大臣を舐めきっていたことだろう。本来なら、そんな自衛隊幹部は重大な任務の懈怠を行っているわけで、厳しく処分すべきだったのだ。

組織的隠蔽だったことは明白

 なぜ、こんなお粗末なことがまかり通ったのか。

 理由は明白だ。小野寺防衛相は「陸自が隠蔽していたのかどうか調査する」などと言っているが、調査するまでもない。隠蔽に決まっている。

 南スーダン日報問題の発端は、一昨年(2016年)10月、あるジャーナリストが派遣部隊の2016年7月7日から12日までの日報の開示請求を行ったことだった。これに対して防衛省は、破棄されたことを確認したとして、12月初め、不開示とする決定を行った。ところが、この経緯を知った河野太郎衆院議員が再調査を求めたことで事態が動きだし、再調査したところ、12月26日、日報の電子データが残っていたことが分かったというのである。どう考えても最初から存在していたことは明白だ。

 この時期というのは、国会で、南スーダンPKOに参加する自衛隊部隊の派遣延長の是非、安全保障関連法に基づく新任務「駆け付け警護」を付与すべきかどうかが、焦点となっており、野党が揃って反対の声を上げていた。国会の外でも学生や市民が国会周辺に連日押しかけ、反対運動が盛り上がっていた。現地の治安状況の厳しさや、新任務の付与で、自衛隊員の危険性が一段と高まる恐れも指摘されていた。これに対し政府は、「現地の治安情勢は落ち着いている」という答弁を繰り返していた。

 ところが、問題の日報では、一去年7月当時、首都ジュバでは、政府軍と反政府勢力の間で「戦闘が生起し」、自衛隊宿営地の近くでも激しい銃撃戦があったことが記載されていた。だから、隠したのである。まさに組織的隠蔽を図ったということだ。

 2004年から2006年にかけてのイラクに派遣部隊の日報も同様だ。当時、小泉政権だったが、自衛隊は「非戦闘地域にしか行かない」ということを建前にして、自衛隊がイラクに派遣された。しかし、そもそも「非戦闘地域」という規定そのものが無基準のでたらめなものだった。当時、国会でも問題になったが、小泉首相は「どこが非戦闘地域かなど分かるわけがない。自衛隊が活動するところが非戦闘地域だ」などと答弁していた。これは言い換えれば、戦闘があったとしても、自衛隊が行けば、そこが非戦闘地域になるというものでしかなかった。

 小泉首相の答弁はある意味正直で、「イラクに非戦闘地域などあるわけがない。でもブッシュ大統領に約束したから、何が何でも自衛隊は派遣する。だから無理矢理『非戦闘地域』なるものを仕立て上げた」と白状しているということだ。現に、宿営地近くに迫撃砲弾のようなものが着弾している。

 この前提が崩れるとまずいから「日報が見つからない」などと言ってきたのである。

シビリアンコントロールが効きすぎた?

 文民統制(シビリアンコントロール)効いていなかったことも大いに問題になっている。確かに形式的には、シビリアンコントロールは効いていないように見える。

 しかし、イラク派遣も、南スーダン派遣も、自衛隊が決めたことではない。時の政権が決めたことだ。こんな危険な海外への自衛隊派遣には、当事者である自衛隊員にも多かれ少なかれためらいもあったはずである。司令官が若い自衛隊を危険な任務に赴かせる場合、当然のことだと思う。

 そして、自衛隊幹部であるなら日報がいかに貴重なものであり、今後の海外での活動の教訓にすべきものか、誰よりもよく知っているはずである。それを廃棄したり、どこに保管したかも分からなくなるような杜撰な扱いなどあり得ないことも同様に熟知していたはずである。

 一線で頑張っている隊員の労苦を踏まえても、こんな報告を大臣にあげることには忸怩たる思いもあったはずである。今回の隠蔽問題は、シビリアンコントロールに逆らったのではなく、政権への忖度であり、皮肉に言えばシビリアンコントロールにあまりにも忠実だったために起こったとも言えよう。

筆者:筆坂 秀世