世界に5億人うんこに悩む老人を救う装置

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超高齢化の進行で介護施設従事者の不足が問題になっている。介護の3つの大きな悩みである食事・入浴・排泄。もっとも改善が難しいのは「排泄」だという。シリコンバレーでの自身の衝撃の経験から、「うんこ」を止めたいと思った起業家の物語。

■アメリカ留学時代に起こった“うんこ漏らし事件”

【田原】中西さんは慶應義塾大学商学部の卒業です。学生のころは将来、何をやろうと考えていたのですか?

【中西】子どものころから自分で会社を経営したいと思っていました。ただ、単純に儲かればいいという会社は違う気がしたので、学生のころは何か面白いものはないかと探す毎日でした。

【田原】大学を卒業後は起業するのではなく、医療事業のコンサルティングファームなどで働かれる。

【中西】新規事業に意欲のある大企業に向けて事業の提案をして、経営陣に意思決定させるための材料をそろえる仕事をしていました。ヘルスケア事業のコンサルティングだったので、たとえば「これから在宅診療が増えるので、それをサポートする事業はどうか」といった内容を提案していました。

【田原】その会社にはどれくらいいたのですか?

【中西】4年です。新しいことをするというより、お客さんの会社の部長さんから事業スタートの決裁を取れば終わりという仕事だったので、やはり自分のやりたいことじゃなかったなと。このまま続けていても、自分で会社をやるというところに近づけないと思いました。

【田原】その後は、青年海外協力隊に入る。どうしてですか?

【中西】じつは田原さんの番組を見たからなんです! 『朝まで生テレビ!』に堀江貴文さんや井戸実さんが出ていた回があって、井戸さんが「ベトナムの平均年齢は27歳と若い。発展のスピードが速く、チャンスがたくさんある」とおっしゃっていた。一方、私は東京のサラリーマン生活にワクワクを感じなくなっていました。ならば日本を離れて途上国に行ってみようと。

■うんことの“出会い”がきっかけで閃いた

【田原】2011年にフィリピンに行かれる。向こうでは何を?

【中西】赴任したのは、ルソン島の一番南の貧困地域です。現地の農家の人たちの収入を増やすというミッションでした。目をつけたのは特産品のマニラ麻です。マニラ麻はタバコの巻き紙やお札の材料に使われていますが、いかんせんニッチ。売り上げを増やすには新商品の開発が重要なので、マニラ麻を使ったジーパンづくりに挑戦しました。

【田原】ジーパンは成功しましたか。

【中西】はい。成功しました。国内だけですが、実際に販売されています。

【田原】青年海外協力隊には2年行かれた。その後は何を?

【中西】シリコンバレーの大学に行きました。青年海外協力隊を派遣しているJICA(国際協力機構)には以前、「思い出予算」といって、活動を終えて日本に帰るときに村人に何か贈り物ができる予算がありました。そこで村の若者たちに何か欲しいものはないかと尋ねて回ったら、みんな「iPhoneが欲しい」という。水道や電気が途切れ途切れの地域なのだから、もっとほかに必要なものがあるだろうとツッコミたくなりましたが、同時に現地の若者にそう言わせるiPhoneに驚きました。それで次はシリコンバレーだと。

【田原】中西さんの著書によると、そこで“うんこ”と運命的な出合いがあったそうですね。その話、くわしく聞かせてください。

【中西】留学先ではアパートに住んでいましたが、そこが取り壊されることになり、1学期が終わるタイミングで引っ越しを余儀なくされました。次に見つけたホームステイ先は、アパートから徒歩30分のところ。2回に分けて歩いて荷物を運んでいたら、大問題が起こりまして……。

【田原】大問題って?

【中西】2回目の途中で猛烈な便意に襲われたんです。引っ越し前夜、最後ということでアパートのみんなとキムチ鍋パーティーをやりました。その日は問題なかったのですが、翌朝、私は調子に乗って、残ったキムチと鷹の爪を辛ラーメンにぶち込んで食べてしまった。それが腸を刺激したようで、歩いて10分くらいのところで「あれ、ヤバイな」と。

【田原】それでどうなりました。

【中西】迷いましたが、荷物を早く運びたくてそのまま前進しました。でも、結局持たなかったですね。

【田原】つまり、出たわけ?

【中西】はい、出ました。道の真ん中で、相当に(笑)。

【田原】それはたしかに大問題だ。漏らした後は、どうしたんですか。

【中西】1回目に運んだ荷物に服がぜんぶ入っていましたが、ホームステイ初日にうんこまみれで行くのはためらわれました。そこで元のアパートに戻って、まだ残っている友人に「何も聞かずにズボンを貸してくれ」と。自分の部屋でうんこを洗い流して、友人のズボンで引っ越しを終わらせました。

■「排泄予知デバイス」開発ストーリー

【田原】中西さんはいま排泄予知デバイスを開発しています。きっかけは、やっぱりこの事件ですか。

【中西】はい。自分が漏らしてから、うんこやおしっこをしなくて済む方法はないのかなと真剣に考えるようになりました。たとえば医療が進歩しているから、1000万円くらいの手術で一生うんこしなくていい体になるんじゃないかとか(笑)。

【田原】それは無理でしょう。食べたら出さなきゃいけない。

【中西】ですよね。自分も諦めました。ただ、出ることは避けられなくても、せめて予測できれば漏らすことは防げると考えて、排泄予知デバイスの開発を始めたんです。

【田原】ビジネスにするつもりで?

【中西】漏らしてから4カ月後くらいに、Yahoo!ニュースで、大人用のおむつの売り上げが子ども用のおむつを上回ったという記事を読みました。自分の経験から大人でも漏らすことがあるとわかっていましたが、この記事を読んで、世の中にはうんこで困っている人が想像以上に多いと知りました。ニーズは確実にあるので、ビジネスとしてもいけるだろうとは思いました。

【田原】そこが中西さんの面白いところだね。Yahoo!に載ったくらいだから多くの人が読んだと思うけど、ほかの人はビジネスにしようと思わなかった。

【中西】最初は自分も確信がありませんでした。当時、ベンチャーキャピタルでインターンをしていて、ビジネスのアイデアをいくつかプレゼンする機会がありました。排泄予知デバイスのアイデアはあくまでもその中の1つでしたが、代表の1人が興味を示してくれました。これはいけそうだなと思って、14年の5月に会社を立ち上げました。

【田原】開発はどうしたんですか?

【中西】いまわが社で技術部長をしている正森良輔に声をかけました。正森は中高の同級生。理系で、大学を卒業後はオリンパスで内視鏡の研究をしていました。そして本当に偶然なのですが、私と同じ時期に青年海外協力隊に行っていた。真っ先に顔が浮かんだのが彼でした。

【田原】正森さんは何をしていたの?

【中西】青年海外協力隊でパプアニューギニアに行った後、イギリスの大学院に。最初に声をかけたのはそのときです。帰国後は国際機関への就職を考えていたのですが、面接に落ちてフラフラしていたので、本格的に手伝ってもらうことになりました。

■体を張って、実験台になった友人

【田原】開発は具体的にどうやった?

【中西】超音波で直腸を見て、ある程度の膨らみになれば便意を予測できるというのが私たちの仮説でした。そこで東京の超音波診断装置を貸してくれる会社に行って実験の毎日。まず超音波装置で直腸がわかるのかというところから始めました。

【田原】実験では何か食べて腸を膨らませるわけ?

【中西】普通に食べると消化に時間がかかるので、下剤を飲んでわざと下痢状態にしたり、逆にお尻からモノを突っ込みました。

【田原】えっ、お尻にモノ?

【中西】ソーセージを入れて動かしたり、水風船を突っ込んで水を入れていき、どこまで膨らんだら便意を感じるかを調べたり。でも、水風船の実験はうまくいかなかったですね。水風船を入れた瞬間に、すでに便意を感じたそうで。

【田原】実験台には誰が?

【中西】私はまだバークレーにいたので、正森や、青年海外協力隊時代のほかの友達に声をかけて手伝ってもらっていました。

【田原】みんなよく体を張って手伝ってくれましたね。どうしてかな。

【中西】僕が何もできないからじゃないですか(笑)。もう少し真面目に言うと、当時私たちは30歳前後で、何か挑戦するならいましかないという感覚があったと思います。大企業に入ると数年で先行きが見えてくる。つまらないから何か新しいことをやりたいんだけど、結婚して子どもが生まれると身動きが取れなくなる。動くならいまが最後のチャンスだと。

【田原】なるほど。話を戻します。水風船の実験に失敗してどうしたの?

【中西】実験していくうちに直腸より膀胱のほうが見えやすいことに気づきました。そこでまずはうんこより先に小便の予測にフォーカスを絞りました。要介護でうんこを漏らす人は小便も漏らすし、小便は回数が多いからデータも取りやすい。商品化するなら、こっちが先だろうと。そこから試行錯誤を重ねて、最初のプロトタイプは15年1月にでき上がりました。そこから半年ごとぐらいに改良していって、いまの「DFree」が製品版の5世代目。ちなみにDFreeはdiaper freeで、おむつ要らずという意味です。

■開発にすでに7億〜8億円もかけている

【田原】どんな仕組みで予測するの?

【中西】まず超音波の測定器を体の外に貼り付けて、測定データをクラウドに送って解析して、アプリで知らせるという流れです。

【田原】商品化までは順調でしたか?

【中西】プロトタイプができた翌月に、週刊アスキーのウェブサイトに取り上げられました。そうしたら世界中から問い合わせが来て。そこから急ピッチで開発を進めました。開発にはお金がかかるので、クラウドファンディングもして1200万円集まりました。

【田原】開発はやはりお金がかかる?

【中西】はい、人を雇って実験を続けていくと、どうしても。いま3年目ですが、もう7億〜8億円使っています。資金はベンチャーキャピタルや日本政策金融公庫、あとはNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)からもいただいています。

【田原】NEDOですか。どうやって説明したのですか。

【中西】高齢化は日本だけではなく、先進国共通の課題だと説明しました。とくに問題なのは介護施設の人手不足です。私たちの製品ができれば、クリーンな施設になって、介護士さんの負担は軽減され、介護を受ける側も喜んでくれるとお話ししました。

【田原】実際に介護施設だとどんな大変さがあるのですか。

【中西】介護の負担が大きいのは食事、入浴、排泄の3つです。このうち食事と入浴は時間を決めてやれるのですが、排泄だけは時間通りにできません。たとえば2時間ごとに連れて行っても出ないこともあれば、さっき行ったばかりなのに漏れてしまうこともあります。きちんと統計を取ったわけではないですが、特別養護老人ホームだと、入所者はほぼ全員、排泄に困難を抱えている状況です。

【田原】いまDFreeは何施設に導入されているのですか。

【中西】量産を開始したのは17年4月で、すでに国内150施設に導入されています。海外でも、フランスの介護施設でパイロット版の導入が始まっています。

【田原】利用者の反応はどうですか。

【中西】高齢者にとっては転倒が大きなリスクですが、じつは転倒の約4割は、足が悪いのに自分で無理してトイレに行こうとして起きています。DFreeを導入した施設からは、入所者が尿意を感じて自分で動く前に察知しておむつ交換できるので、転倒を防げるようになったと聞きました。あと、頭がはっきりしている入所者は、漏らしたくないから十数分おきにナースコールすることが珍しくないそうです。しかし、DFreeをつけたらもっと我慢できることが本人にもわかる。それまでトイレへの誘導が1日に20回以上だった人が、4回に減った事例もあります。

■排泄に悩む老人は、世界5億人

【田原】これは介護施設側が買うんですか。個人じゃなく?

【中西】はい。デバイスと中継器、アプリがセットで1台月6000〜1万円でレンタルしています。いまは施設向けですが、18年の夏には一般の方にも提供を始める予定です。

【田原】ニーズがとても高い商品だと思うけど、どうしてほかのところはやらないんだろう。

【中西】シモの話って、ちょっと見ないでおこうとする風潮がありますよね。日本に限らず、世界でもそうです。あと、うんこやおしっこが漏れても直接、死につながるわけではない。だから医療機器メーカーや製薬メーカーにとっては優先度の低い分野なのかなと。

【田原】でも、だからこそ市場を独占できる。将来はどうしましょうか。

【中西】まず18年中に当初の目標だった排便のデバイスをつくります。すでにプロトタイプもどきはできているので、あともう一歩。さらに19年の夏までに販売にこぎつけて、さらに改良版を出していく。20年までに、排尿と排便に関する困りごとを解決できる体制を整えたいです。

【田原】全世界だと市場はどれくらいになりますか?

【中西】ざっくり5億人はユーザーになりうるのではないかと。すでにアメリカとヨーロッパに子会社をつくったので、19年、20年に向けて世界でも本格展開していきます。

■中西さんから田原さんへの質問

Q. 日本で“うんこ”はタブーですか?

僕はタブーだとは思いません。いままで自分の番組でシモの話を取り上げたことはなかったけど、それはシモの話が問題だという意識がなかったから。今日、中西さんにお話を聞いて、排泄の問題がすでに介護の現場で大きな課題になっていることがわかった。

日本も、シモの話に寛容になってきたんじゃないでしょうか。最近、『うんこ漢字ドリル』という子ども用のドリルがヒットしています。昔から子どもはうんこが好きですが、親はそんなタイトルの本を絶対に買わなかった。それが売れるということは、大人もシモの話に抵抗がなくなってきたということ。うんこはこれからますます身近になるでしょうね。

田原総一朗の遺言:これから身近な存在になる!

(ジャーナリスト 田原 総一朗、トリプル・ダブリュー・ジャパン 代表取締役 中西 敦士 構成=村上 敬 撮影=宇佐美雅浩)