下院解散で、事実上の選挙戦がスタートしたマレーシア。与党連合(国民戦線)は野党支持層が厚い選挙区に数週間前から早々に、ブルーの与党連合統一の旗を張り巡らせ、猛追する野党阻止を狙う(筆者撮影)


文中敬称略

 60年ぶりの歴史的政権交代が期待されるマレーシアの総選挙(下院=定数222、5年に1回実施。総選挙(投開票日)は5月5日前後で政府が最終調整=前回記事で独自報道)は、与党優勢が伝えられている。

 一方で、2008年に与党連合(国民戦線)が歴史的に苦戦を強いられた戦い「TSUNAMI(津波)選挙」が再び起こるのか、と内外の注目を浴びている。

 首相のナジブは7日に下院を解散し、津波の再来を警戒する中、「史上最悪のダーティーな選挙を展開するだろう」(元首相のマハティール)と見られ、残念ながら筆者も全く同感だ。

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野党に30日間の活動停止

 ナジブは、公務員の給与所得値上げなどのバラマキ公約、さらには与党に有利な「選挙区割りの改定法案」、メディア封じ込めの「反フェイクニュース法案」を下院解散直前の数日間で強行採決。

 さらに、マハティールが代表を務めるマレーシア統一プリブミ党への“締めつけ”を強化。政府は解散直前の5日になって突如、プリブミ党が党登録時の書類に不備があると、書類再提出を指示し、30日間の活動停止を言い渡した。

 30日間の間に再提出しなければ、同党は”永久追放”されると見られている。政府は野党連合(希望同盟)に対しても、野党連合の統一旗の使用やマハティールの顔写真を選挙活動に使用することも禁止した。

 選挙戦活動に圧力がかけられる中、マハティールは「ナジブよ、逮捕したかったら、してみろ!」と自分の政党のロゴが入ったTシャツを着用し、打倒ナジブのシュプレヒコールを全開させている。

 こうした事態に、米国国務省はナジブの非民主的な強権発動に異例の非難声明を発表。さらに、民主化を後押しする宗主国の英国のメディアなど欧米のメディアは、ナジブ糾弾の辛辣な報道を活発化させている。

 一方、事実上の選挙戦に火蓋が切られたマレーシアでは「次期首相には誰がふさわしいか?」を聞いた最新の世論調査(政府系シンクタンク調査。3月23日から26日まで)が実施された。

 その結果、過半数の61%が、野党連合を率いる92歳のマハティールに再び、国の舵取りを握ってほしい、と願っていることが6日、明らかになった。ちなみに、ナジブへの続投への期待は、39%だった。

 昨年末、実施された各種世論調査では、ナジブが少なからず優位に立っていたが、ここに来て、マハティール人気が急上昇。

 「独裁開発者」としての過去の首相時代のイメージから、「人民、民主(ラクヤット=マレー語)」をキーワードに、民衆の頼れるリーダーへとソフトにイメージチェンジした。首相時代より人気が出ているのは、何とも皮肉だ。

 そんな国民の期待を背負う、マハティールは、22年という歴代最長の首相在任を経て、政界を勇退した。

 本来ならば、悠々自適な余生を過ごしているはずが、ナジブ側による暗殺に警戒しながら、歴史的な政変を起こそうとしている。老骨に鞭打つ決意の背景には、いったい何があるのか――。

ナジブと中国の蜜月関係

 誰もが納得する理由は、本人も公言している国際的なスキャンダルとなったナジブや一族が関わる政府系ファンド1MDBの巨額公的不正流用疑惑にメスを入れることだ。

 しかし、本当にマハティールがメスを入れたいのは1MDBが発端となって明らかになりつつある「ナジブと中国の蜜月関係」のようだ。

 その矛先は、マレーシアを重要拠点とする中国の国家主席、習近平提唱の経済構想「一帯一路」にある。マハティール率いる野党が政権交代を実現すれば、マレーシアにおける中国の一帯一路戦略は見直しされるだろう。

 本来、マレーシアでは外国諸国との経済協力は経済企画庁(EPU)が直接の担当省。しかし、一帯一路プロジェクトに関しては、ナジブ直属の総理府がイニシアティブを取っている。

 ナジブと習の独裁的なトップダウンな指揮の下、一帯一路プロジェクトが展開されていることが問題視されているのだ。

 マレーシアでの一帯一路プロジェクトが、ナジブ設立の1MDBの巨額債務を救済するために始まったことをマハティールは決して見逃すことができないのだ。

 一方、中東からの石油に依存している中国としても、マラッカ海峡を封鎖される危険性(マラッカジレンマ)に備え、マレー半島における拠点づくりは最重要課題となっている。

 中国にとっても地政学的に極めて重要拠点となるマレーシアを取り込むため、借金返済を目論むナジブと習が「利害を一致」させ、一帯一路を通じてチャイナマネーが大量流入している。

 最も顕著な例は、1MDB傘下のエドラ・グローバル・エナジー社が所有する発電所の全株式約99億リンギ(1リンギ=約28円)分を中国の原子力大手、中国広核集団に売却したことだ。

 しかも、中国広核集団は、同資産に加え1MDBの負債の一部の60億リンギを肩代わりした。まさに、一帯一路の下での「1MDB救済プロジェクト」にほかならない。

発電所の全株式を中国に売却

 国の安全保障の根幹である発電所を外資に売り渡す国家戦略にも驚かされるが、ナジブは借金返済のため、「発電所は外資上限49%」というマレーシアの外資認可規制を無視し、中国企業に100%身売りしてしまった。

 そのような状況の中、マハティールは一帯一路のインフラ整備に伴い中国政府から巨額の債務を抱え、財政難にあえぐスリランカと同じ徹を踏まないと誓っている。

 中国マネーの流入は国内政策に悪影響を与え、中国経済への依存は、南シナ海を含め、国や地域の安全保障にも大きな影をもたらすことにもなるからだ。

 こうしたことから、マレーシアと中国との関係改善は、今回の選挙の大きな争点の1つになっている。

 マレーシアでは、一帯一路の関連プロジェクトが鉄道、電力、工業団地、不動産、港湾などのインフラ整備投資を中心に約40件ほど進んでおり、IT分野を始め、製造業、教育、農林水産、観光など幅広い事業に及んでいる。

 中でも、習肝いりの一帯一路の目玉プロジェクト、「東海岸鉄道プロジェクト」は、首都クアラルンプール郊外とマレーシアの北部・ワカフバルを縦断する総距離約600キロを結ぶ一大プロジェクト。2025年完成を目指している。

 問題は、スリランカと同様だ。中国は“低利融資”と言うものの「年利約3.3%で550億リンギ」の総経費を、中国輸出入銀行から借入。

 当然、他の諸国の一帯一路と同様、建設会社は中国交通建設などで、政府は「雇用も資材も、外国と国内の内訳は半々」と模範解答するが、他の様々な一帯一路プロジェクトと同様、「実態は資材だけでなく、労働者もほぼ100%が中国から投入されている」(建設関連企業幹部)と見られている。

 しかも、その労働者は建設現場からの外出を禁じられ、彼らの消費はマレーシア経済に何の貢献もしない。

 中国との「利害一致」と言うが、中国一強プロジェクトにほかならない。

中国のための東海岸鉄道

 ナジブは「東海岸鉄道は開発途上の東部地域の経済成長率を底上げする」と豪語する。しかし、マハティールは「借金を抱え込み、地元の経済や企業をさらに疲弊させるだけ」と同プロジェクトの中止を公約に掲げている。

 マラッカ・ジレンマを克服したい中国にとって、東海岸鉄道プロジェクトはその生命線となるが、マレーシアにはほとんど利益がもたらされないとうわけだ。

 こうした反論にナジブは、「東海岸鉄道など中国との開発プロジェクト(一帯一路関連)を中止せよとは、野党は頭がおかしい!」と激怒する。

 さらに、「中国は最大の貿易相手国。主要輸出品のパーム油だけでなく、ツバメの巣やムサンキング(果物の王様、ドリアン)も大量に輸入しているんだ(「中国がドリアン爆買い マレーシア属国化への序章」)」「中国なくして、国民の暮らしは良くならない」とまで言う。

 まるで中国に憑りつかれたかのように“中国賛歌”をまくし立てている。

 マレーシアの建国の父といわれるマハティールがなぜ、92歳にして現職首相に対して歴史的な政変を起こそうとしているのか。独立国家としてのマレーシアの存亡に対する危機感がある。

 中でも、ナジブの中国との蜜月が、彼の愛国心を傷つけ、その怒りが最高潮に達したのが、マレーシア国産車の「プロトン」の中国企業への身売りだった。

 「プロトンの父」と言われたたマハティールは日本の三菱自動車と資本・技術提携し、東南アジア初の国産車を導入させた。

 この売却が、ナジブとの対決姿勢を決定的なものとした。余談だが、ナジブは「財政難」を理由に、マハティールがアジアで日本に次いでマレーシアに誘致したF1レースからも昨年、撤退。

 さらに、マハティールが経済発展の成長のシンボルとして、肝いりで日本のハザマに施工させた、かつては世界最高峰のビルでマレーシアのランドマーク、ペトロナスツインタワーを超える高さのビル建設計画も進めている。

中国資本で建設が進むフォレスト・シティ

 ナジブの目玉プロジェクトであるクアラルンプールの新国際金融地区 「TRX」で建設中の別の超高層タワーは、すでにペトロナスツインタワーを建設途中でその高さを抜いてしまった。

 ドミノ倒しのようにバサッ、バサッと、”マハティール・レガシー”を次から次へと、ぶっ壊すナジブ。

 そして、東海岸鉄道プロジェクトだけでなく、TRXに建築予定の超高層タワーやダイヤモンド・シティ、さらにはイスカンダル地帯に建設される大規模開発、それらすべてが一帯一路にも関連する中国の大手企業による開発だ。

 中でも、 4つの人工島を建設して、約80万人が居住する大型高級住宅街、教育施設、オフィスを構える都市開発計画「フォレスト・シテイ」は、中国の大手不動産「碧桂園」が開発、 2035年の完成を目指す。

 建設にあたり租税恩典も与えられ、買手の約80%が中国本土からの「大陸人」だと言われている。

 マハティールは、「チャイナマネーの大量流入で、国内企業は衰退の一途を辿るだけでなく、新たな1MDBのような巨額な債務を抱えることになる。さらに、マレーシアの最も価値ある土地が外国人に専有され、外国の土地になってしまうだろう」と話す。

 そこには、建国の父・20世紀最後の独裁開発指導者としてではなく、ラクヤット(民衆)のために立ち上がり、新たなレガシー(遺産)を築きたいという気持ちもあるのかもしれない。

(取材・文  末永 恵)

筆者:末永 恵