多くの女性を苦しめる、 “結婚”という二文字。

高望みをしているわけではない、普通の幸せが欲しいだけ。

しかし出会いに溢れているはずの東京で、それはなかなか手に入らないのである。

自称・丸の内にゃんにゃんOLの本田咲良(27)は、ひょんなことからビジネススクールに通うことに。

仕方なくお見合いに臨んだのに、相手の医者である祐一を気に入り、結婚しても良いかなと浮かれる咲良。しかし、誕生日を迎える夜に来た電話は、まさかの断りの連絡だった。

授業が始まり、さおり、翔平、賢治(と麻布おじさん)という仲間に出会い、論理的思考を学び始める。

咲良の同期である由利は、長く仕事するために早く結婚したいと考え、結婚相談所に登録しつつ、同じクラスの尚之に接近する。

授業が進むうちに、習ったことを自分の婚活に当てはめてみる咲良と由利だった。




―そういえば最近、ママと連絡取ってないなぁ……。

授業に向かう電車の中で、母親の好きな俳優が出演する新作ミュージカルのポスターを見て、咲良はLINEを入れてみた。

いつもなら二週間に一度くらい様子伺いの連絡が来るのだが、最近めっきり音沙汰がないのだ。

しばらくしても返信がないので、滅多に電話することのない父親に連絡を入れてみることにした。

「あ、パパ?なんかママと連絡取れないんだけど、大丈夫?」

「あぁ、咲良…」

父親によると、母親は咲良のお見合い相手の祐一をとても気に入っていたそうで、断られて以来、自分のことのように落ち込み、伏せているらしい。

―そんなに落ち込んでるなんて……。

忘れかけていた件を蒸し返されたような気がして、咲良は少し憂鬱な気分になってスクールへ向かった。



ギリギリに教室についた咲良は、一番前の席に座らざるを得なかった。

後ろには、気になっているベンチャーキャピタリストの翔平と、化粧品メーカー企画担当のさおりが隣同士で座っていて、聞くつもりはなくても二人の会話が聞こえてきてしまう。

どうやら二人は共通の知り合いである起業家がいるらしく、さおりは翔平の会社が運営するセミナーに参加したいと言っているようだった。内容から察するに、社会問題に取り組む会社の起業に関するセミナーらしい。

―正直、全く縁のない世界だわ…。さおりちゃんって港区OLっぽいのかと思ってたのに、意外と社会問題とか関心あるのね。

その会話を聞きながら、咲良は言い表しようのない劣等感を覚えていた。


研修も折り返し地点。咲良が学んだこととは?


3回目の授業は、原因追求のためのロジックツリーについて習った。本質的な原因を特定し、解決方法を追求するためのものだ。

今日のケーススタディは、人事に関するものだった。

ある会社では、就職氷河期の採用人数が非常に少なかったため、将来のマネージャーを担う人材不足が危惧されている。中途採用で人材を補ったものの、現在ではその時に採用した人材の約半分が退職してしまったのだ。

それについて出されたワークは、人事担当役員に問題提起と解決策をプレゼンするための資料を作る、というものだった。

ふと咲良の脳裏に、ここに送り込んだ上司の海老原の顔が浮かんだ。

―もしかしてここに送り込まれたのって、このロジックツリーを覚えて来いってこと?



咲良は常日頃から、チームが良くなるためのことだったら、上司に言いづらいようなことでも率直に話すように心がけている。

海老原は、問題が小さいうちに解決したいというタイプらしく、2週間に1度は、どんな立場のスタッフとも二人きりで話す時間を持ってくれるので、咲良はそれに応えたいと思っていた。

問題を伝えると、すぐに営業サイドから解決方法が提示され、業務が改善されるので、事務職スタッフはとても助かっている。

会社で起こる問題で一番多いのは、人間同士の小さいイザコザだ。

育休明けの短時間勤務のスタッフと、それをフォローするスタッフの問題。営業職と事務職の仕事へのスタンスの違いによる不仲。会社にかかってきた課員への脅しの電話を、法務部を巻き込んで解決したこともあり、事務職のスタッフから海老原への信頼は厚い。

しかしそれに時間を取られて営業の管理に力を注ぎきれていないというのが、上からの評価らしい。確かに50代前半でまだ部長ではないというのは、出世としては結構遅い。

―問題提起だけじゃなくて、解決まで私にやってほしいってことなのかな?でも若い私がやったら、先輩たちと課内がギクシャクしてやりにくくなるかも……




グループワークでは大きめの四角い付箋を使って、ロジックツリーを組み立てた。6人のグループだが、さっきから翔平とさおりの距離がとても近いのが、咲良は気になってしょうがない。

―さっきから何考えてるの私。授業に集中しなきゃ。

「この問題、ロジックツリーは簡単にできたけど、なんか納得感が無いよね。これで役員に危機感を持たせられるかなぁ」

誰かの発言にみんな黙り込んで考える。

―たしかに一見、ロジックは成り立っているけど、転職してきた就職氷河期世代のマネージャーが、こんなにあっさり辞めるのかしら。アラフォーなら家庭を持っている人も多いだろうし…。もっと何か深い理由があって、そこを掘り下げなければいけないんじゃないかな。

そう思って発言すると、「それだ!」と盛り上がり、ロジックツリーの1/3が大きく変更された。

そして発表時間ギリギリまで練り上げたグループの成果を、翔平が代表して発表する。プレゼンがとても上手だったので、咲良は素直に驚いた。戻ってきた翔平に、咲良は小声で話しかける。

「花島さん、とってもプレゼン良かったです」

「本田さんの着眼点が良かったからですよ。ありがとう」

“論理的思考”というと尻込みしてしまう咲良ではあるが、自分でも思いつくような切り口も重視されることがわかって、論理的思考を実際に使うことへの道筋が見えてきたような気がしていた。


ビジネススクールが楽しくなってきた咲良だったが・・・?




その日の打ち上げは銀座の『SHARI THE TOKYO SUSHI BAR』で行われた。

SHARI特製彩りロール寿司4種の華やかさに、女性メンバーの歓声があがる。インスタ映えするビジュアルに、みんなパシャパシャ写真を撮っていた。




咲良は上機嫌でテーブルを回り、いつも以上にいろんな人とじっくり交流した。話していて分からないことは素直に伝えると、皆分かりやすく教えてくれ、とても充実した時間を過ごすことができた。

事務職の自分の意見を興味深く聞いてくれる人が沢山いるので、咲良は嬉しくなるのだった。

―やっと習ってきたことの意味が分かってきたような気がする!とても楽しい!




帰りの電車で、翔平と賢治とさおりの4人で立ち話で引き続き盛り上がる。いつもなら恥をかかないようにとあまり発言しないで適当に相槌を打っているところだが、今日は積極的に発言してみた。

しかしそんな楽しい時間もつかの間だった。さおりが電車を降りようとするときに、ぼそっとこう言ったのだ。

「あ、咲良さん。インスタ勝手に覗いて、イイねするのやめてもらえますか?友達申請しときますね〜。じゃ、また来週」

突然のことに、咲良は固まってしまった。気まずさのあまり何も言えずにいると、翔平と賢治は苦笑いをしている。

―気付かないうちにハート押しちゃったのかしら…最悪!!でもあんな言い方しなくても…

「気にしない方が良いよ」

2人にフォローしてもらったが、電車を降りるまで罪悪感と恥ずかしさで一杯だった。



悪いことは、続くものだ。

その翌日の会社で、咲良がランチをテイクアウトして戻ると、パーテーションで区切られたランチスペースから、ボソボソという声が聞こえてきた。

「はぁ。本当に何でよりによってあの子が……」

先輩の山代さんの声に、思わず身体を強張らせる。

「彼女が本当に課長代理になったら、お互いちょっと、やり辛いわね」

普段仲良くしている貿易担当の小田さんの声だった。

「同じ事務職の、しかも6歳も年下の後輩が上司って…。あの子、結婚か出産で絶対辞めると思うんだけど。今まで通り、海老原さん管轄で良いのに」

「そうねぇ。管理が大変なのはわかるけど……」

「あの子、言わなくて良いことまで上に言って、問題を大きくするのよね」

「そういうところ、確かにあるわねぇ」

咲良はいたたまれなくなり、気づかれぬようそっとその場から立ち去った。

ランチをとる気にはとてもなれず、誰にも会わずに済むであろう新丸ビルの7階のテラスから、東京駅をずっと眺めていた。




終業時刻を過ぎ、落ち込んだ気分を引きずったまま帰路に着く。

スマホが鳴り連絡してきた相手の名前を見て、咲良は思わずそれを二度見した。

その相手は、お見合いを断ってきた祐一だったのだ。

―何!?今さら……。

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祐一がお見合いを断ってきた理由と、再び連絡してきた理由とは!?