アイボの慰霊とザギトワへのご褒美

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人工知能(AI)や人工生命(AL)、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)など、科学の予測やSFの想像力を超えた先端技術が次々と生み出されてきている。私たち日本人は、こうした新しいテクノロジーと、どのようにつきあっていけばよいのだろうか。

そこで導入されるのが、過去から持続する経験や習慣を研究する「民俗学」に、工学的視点や未来予測の手法を取り入れた「民俗学2.0」である。AI時代の流行や風俗を、「関係」や「感情」から読み解く独自のアプローチで、現代社会に対して新たな見方を提示する。

ペットロボットの”献体”と”お葬式”

ソニーのイヌ型ロボット「AIBO(アイボ)」の最新モデルが1月に発売され、話題となっている。実に12年ぶりという新型「aibo」は、近年の技術革新を活かして、人工知能(AI)とネットワーク機能を搭載したことが大きなアピールらしい。

一方では、ソニーの事業責任者が昨年11月の発表会見で、旧型アイボの修理を再開しないと宣言したことが波紋を巻き起こしている。1999年から2006年までに、約15万台が販売されたアイボのサポート期間は約7年間で、2014年に終了していた。

ソニーの元技術者で、旧型アイボの修理を独自に手がけるビンテージ家電修理会社の社長は、「アイボには、魂が入っている。『部品がないので買い替えてください』とはいかない」と言う。この会社が修理したアイボは約2000体にのぼる。修理には部品を再利用する”献体”が不可欠で、これまで約300台の寄贈を受けてきた。献体に報いるためにこの会社で2015年から”魂を抜いてやるため”に執り行っているのは、部品を取り出す前にお経をあげて供養する「アイボ葬」だ。

5回目となった昨年6月の”お葬式”では、コミュニケーションロボットの「PALRO(パルロ)」が司会進行を務めた。約100台のアイボが祭壇に並べられ、住職が読経したあと、パルロは「今もその姿や笑顔が鮮やかに浮かんできます」などと述べ、袈裟をまとったアイボ2台も仲間たちのためにお題目を唱えたという。アイボの”献体”と”お葬式”には、この犬型ロボットが紛うことなきペットとみなされ、その死に対して慰霊の必要性を認める、日本人の民俗的霊魂観が反映されているのだ。

日本人はどんなふうに動物を供養してきたか

日本の民俗社会では、動物に対する供養が丁重に行なわれてきた歴史がある。人々は生活を営むうえで必然的に、食糧や労働力としてさまざま生物の命を奪う。こうした動物の霊を慰めるため、あるいは祟りをおそれて、塚や石塔を築いて”彼ら”を祀ってきたのだ。その対象は、犬・猫・牛・馬・猪・鹿・熊・猿から、鯨・魚・亀、さらには蚕などにまでおよんだという。

なかでも、農耕や運搬など重要な仕事を果たしてきた牛や馬の供養は、観音信仰と結びつき、観音石像や文字碑を、道や辻に建てる風習が広まった。また関東地方の東部では、犬がお産で死ぬと既婚の女性が集まり、Y字型をした「犬卒塔婆(いぬそとば)」を三叉路に立てる「犬供養」が行われてきた。

このような民間信仰とは別に、都市化が進展した近世の江戸では、両国の回向院に裕福な町人の手で犬や猫の供養塔が建立された。現代では1940年代後半に、寺院が犬や猫の葬儀・火葬・納骨・供養を引き受ける事業が始まり、やがて宗教法人以外にも広まり、ペットの葬祭事業が日本の各地に展開していくことになる。

空前のペットブームとなった平成以降には、全国で数百もの動物霊園・動物葬祭社が存在するといわれている。

アリーナ・ザギトワと日本の”忠犬”



「あのような忠実な友達が欲しい。一緒に散歩しても何も怖がらずに済む。私を守ってくれる」この発言の主こそ、平昌五輪フィギュアスケート女子で金メダルを獲得したアリーナ・ザギトワにほかならない。

五輪の直前まで調整のために新潟に居座った彼女は、雑誌で見つけた秋田犬の写真を気に入り、母親に飼いたいと伝えたところ、「五輪でいい演技をしたら考える」という答えをもらったという。

見事な演技で金メダルを獲得したザギトワに、「公益社団法人秋田犬保存会」(秋田県大館市)は、メスの子犬をプレゼントすることを決めた。

ザギトワが秋田犬をねだった大きな理由は、その”忠実さ”だった。ロシアではリチャード・ギアの主演で、忠犬ハチ公を描いたアメリカ映画「HACHI 約束の犬」(2009年)が公開されて以来、秋田犬は人気になっているそうである。

秋田犬はこれまでも、ヘレン・ケラーやプーチン大統領に贈呈されてきた。しかし、ザギトワが秋田犬を育てることができるのか、一抹の不安もつきまとう。だとすれば、まだ15歳の彼女には”日本犬”に馴れるために、アイボをプレゼントしてもよかったのではないか。

犬を”神”に祀る神社があった

ザギトワにはもしできることなら、日本における”犬の民俗”や”犬信仰”についても知ってもらいたいものである。

”日本の犬”は、人間と他界の境界にいる存在だった。犬自身もふたつの世界を自由に往来し、往来するものを助け、また妨げる能力をもつ両義的な動物だと観念されてきた。関東東部の「犬卒塔婆」「犬供養」も、こうした民俗のひとつである。

犬信仰については、日本には”忠犬”を”祭神”に祀る神社まである。愛知県岡崎市の「糟目犬頭(かすめけんとう)神社」がそれだ。社伝によるとこの神社は、701年に創建されたが、たびたびの洪水のため1190年に現在地に移った。珍しい社名は、次のような伝承に由来するものだという。

鎌倉から南北朝時代にこのあたりの城主だった宇都宮泰藤という武将が、神社の近くで鷹狩をし、境内の大杉の下で休憩していた。ところが大杉の上から大蛇が鎌首をもたげ、泰藤を襲おうとしたことに気づき、主人に知らせようと吠え続けたのが、泰藤が連れていた白い犬だ。しかし眠っていた泰藤は、犬がなんども吠えることに怒って、首をはねてしまった。すると犬の首は飛び上がって大蛇の喉に噛み付き、泰藤の命を救った。泰藤は犬に感謝し、その頭を手厚く葬り、「犬頭霊神」として神社の祭神として祀ったのだという。

ロシア人の少女はハチ公にまさるこんな話を聞いたら、どんな顔をするだろうか。

AIの墓場はどこにあるか



ところで、ソニーは新型アイボに、”犬の個性を死なせない”仕組みを取り入れているそうだ。インターネットと常時接続することで、飼い主とのコミュニケーションを蓄積・学習し、クラウド上に個体の個性を記録。すると買い替えても、その犬の個性を新しい機種に移すことができるのだという。つまりアイボの体が失われても”魂”は継承されるのだ。

AIの死、あるいはAIの魂について考えながら私は、やはり最近話題になった、ある”事件”思い浮べた。AIアシスタント「Alexa(アレクサ)」を搭載した「Amazon Echo(アマゾン・エコー)のデバイスが、なんの前触れもなく突然、魔女のような笑い声をあげたという事件である。

「アレクサ」は声をかけて指示すると、音楽の再生、天気やニュースの読み上げ、アラームの設定、オーディオブックの再生などをしてくれる”忠実な”AIのはずである。にもかかわらず、持ち主が近くにいないときでも、エコーが笑い声をあげるケースがSNSを通していくつも報告された。こうした”怪異現象”のほかにも、突然、近くの墓地や葬儀場をリストアップし始めたケースもあったというのだ。

呼びかけもしないのに”死後の慰霊”について、AIアシスタントが語り出す……。彼らはふと飼い主、持ち主があまり気にしてくれない、自分の慰霊や供養について思いをめぐらせていたのかもしれない。