諸岡なほ子の『おいしいのりもの旅』第9回
「東京さくらトラム」を降りて、秘密の下町歩き(前編)

みなさん、「東京さくらトラム」に乗ったことはありますか?…と聞かれると、私も一瞬考えてしまいますが、答えはイエス。昨年(2017年)この素敵な愛称を付けられたのりものといえば、そう都電荒川線。山手から下町を繋ぐこのかわいらしい電車に乗って、あなたの知らない東京都北区をご紹介。

さくらトラムとアスカルゴ? さくらの名所へゴー!

新宿区の早稲田停留所から荒川区の三ノ輪橋絵停留所まで30の停留所を繋ぐ、総延長12.2キロの都電荒川線。東京さくらトラムの愛称がついて、この4月でちょうど1年。正直、今のところ浸透しているという実感には乏しいですが、その名の通り、実は沿線に江戸時代から続く桜の名所があるのです。

車内は、東京23区内には珍しく外国人観光客の姿はあまり見られず、沿線に暮らす人達の足として活躍していることが実感できます。でも、むしろそれこそが旅感、旅の醍醐味のように思いません? 東京にいながらにしてそれを味わうことができるのが、私にとっての都電荒川線なのです。

降り立ったのは王子駅前停留所。JRと東京メトロ南北線の王子駅との接続も便利なちょっと大きな町なんですが、そこはかとなく鄙びた温泉街のような観光地感が漂います。その秘密については、また後ほど紹介するとして、まずは今日のおいしいものを調達しに、町へ繰り出します。

徒歩1分ほどで着いたのは、〈すし屋のやすけ〉。テイクアウト専門のお寿司屋さんです。圧巻のショーケース! お肉屋さんかケーキ屋さんでしか見かけない立派なガラスのケースに並んでいるのは、こちらも立派なサイズのお寿司たち。

はい、ドーン!ねぎとろ手巻き、1本税抜き260円。これはもう見るからにお腹にたまりそう。

一人では食べきれないから、というわけではないのですが、今回はおいしいのりもの旅にうれしい旅のお仲間が来てくれました。シンガーソングライターでモデル、さらに同じ福岡県出身で私の姉のような存在の、睦さん。二人でいくつかのお寿司を買って、目指すは花の名所、飛鳥山公園。

すし屋のやすけから、本日の目的地の飛鳥山公園の入口までは、王子駅前を再び通過して、目と鼻の先。この行動範囲のコンパクトさも今日の旅の魅力。飛鳥山公園の山頂へは、このカタツムリのような形ののりもの「あすかパークレール」車両名アスカルゴに乗って楽チンに上がれます。

アスカルゴは、総延長48メートル、標高差17.4メートル、片道2分。2009年から運行されていて、高齢者や障害者や子供も公園を利用しやすくするために設置されたそう。車内での案内のアナウンスは、地元北区出身で、出演されていた映画の中では「さくら」の役名で親しまれた倍賞千恵子さんが担当。ご、豪華。

こうして到着した飛鳥山公園。三月の下旬ということもあって、さくらの花はまだ咲き始めたばかりでしたが、お花見だけでなくピックニックの場所としても気持ちのいい場所。家族連れやおばあちゃんたちが気持ち良さそうに頭上を見上げていました。

こちらもまた、外国人の方がまだあまり訪れない場所のよう。それより何より、上野公園のようにブルーシートを広げる場所とり組や酔っ払ったサラリーマン集団もいないので、のんびりとお花見をしたい方にはオススメ。一人もいいかも。

ちなみに、飛鳥山という名の通りここはこんもりとした山の地形になっていますが、以前に紹介した東京一低い天然の山とされる愛宕山(25.7メートル)よりもさらに低い山なのではないかということで、アスカルゴが設置されるときに北区が測量をしたそう。すると、この碑にある通り25.4メートルとの結果。「やった!」と喜び勇んで国土地理院に地図への記載を申請したところ、残念ながら採用には至らなかったとか。その理由は明らかにはされていませんが、この小さな碑には、なんとなく、北区の職員の方たちの「でもさ!」という思いが込められている気がして、「うんうん、わかるわかる」と慰めてあげたくなってしまうのです。

そんな写真を撮っている間に、睦さんがテキパキとお花見の準備をしてくれていました。遠目に見ると、ちょっと野点をしているよう。さすが茶道を嗜む睦さん。

しかも、撮影慣れしているモデルさんでもあるだけに、ささっとおいしそう且つ無造作に食べ物たちをレウアイトし、ペットボトルのラベルもはがし、この場をフォトジェニックに仕上げてくれました。頼もしい。誘ってよかった。

では、いただきます!

すし屋のやすけで頂いてきたのは、卵の甘い香りがたまらない茶巾寿しをはじめ、ねぎとろ手巻き、うに手巻き、いなり寿司、わさびいなり寿司などなど。手巻きは尻尾の最後のところまでしかりとネタが入っていて大満足。

ところで、江戸の花の名所と言えば、上野の寛永寺、王子の飛鳥山、向島の隅田川の堤。寛永寺は三代家光が吉野の桜を移植させたもので、これが今の上野公園の賑わいにつながっているわけです。そして、あとの二つ、飛鳥山と墨堤はどちらも八代将軍吉宗による仕事なんだそう。墨堤は、隅田川の治水対策として、土手に桜の木を植えることで、そこをたくさんの花見客が歩き、自然と踏み固められていくだろうというもので、この発想の軽やかさにいつもポンと膝を叩きたくなります。すごい。

そして、飛鳥山はといえば、庶民のために桜の苗木を植えさせて花見の場を作ったのだそう。それまでは禁止されていた花を見ながらの酒宴や仮装(どんな?)などが容認されるようになり、この時代から花見というのが庶民の行楽として定着したのだそう。現代に生きる私たちまで、その恩恵に与かっているというわけです。なんて素敵なリーダー。

この飛鳥山をはじめ、王子神社や音無川など見所の多い王子という土地には、茶屋や料理屋が多く作られ、江戸から気軽に行ける行楽地としてたくさんの人が訪れたのだそう。そんな賑わいの残り香が、街のそこここに古い湯治場のような鄙びた雰囲気を醸し出しているのではないかと、私は思うのです。