サン=ローランやチャーチルが愛した モロッコの古都マラケシュの魅力とは
世界を旅する女性トラベルライターが、これまでデジカメのメモリーの奥に眠らせたままだった小ネタをお蔵出しするのがこのコラム。敏腕の4人が、交替で登板します。
第179回は、世界中の旅行者が憧れるモロッコの古都を、大沢さつきさんが巡ります。
イヴ・サン=ローラン美術館がオープン
抜けるような青空と赤い土壁、色彩の芸術のカーペット。これぞマラケシュの光景。
年々、モロッコを訪れる旅行者が増えているのだとか。日本人はもちろん、かつての宗主国であるフランスの人にとっても、彼の地は“エキゾチシズム”の象徴のような国。2017年の秋も終わりの頃、パリとほぼ同時期に、この国、マラケシュを愛したイヴ・サン=ローランの美術館がオープンした。
イヴ・サン=ローラン美術館のエントランス。さすがにスタイリッシュな建築。
19世紀半ばには、モロッコ王国への使節団に随行したドラクロワがいた。隣国アルジェリアで描いた『アルジェの女たち』は有名だが、ここモロッコでの傑作も多い。そしてその80年後にはマティスが、ドラクロワが“悪魔の太陽”と呼んだ陽射しと鮮烈な色彩を求めて、この国を訪れている。
シックな美術館と対照的なマジョレル庭園の個性。この色こそが、サン=ローランにとってのマラケシュだったのだろう。
そんな才能の系譜を感じさせる、イヴ・サン=ローラン。稀代のファッション・デザイナーもモロッコに来て、その“激しい色”と“予想外の配色”にインスパイアされて、多くのドレスを生み出した。
美術館はマラケシュの色である“赤”レンガで仕上げられた外観。4000平方メートルの敷地は、サン=ローランの世界で溢れている。残念ながら館内は撮影禁止。ただ、この美術館には彼のすべてを彷彿させるものが揃っている。
隣接する「マジョレル庭園」も、サン=ローランが愛し所有したところ。この庭園の“マジョレルブルー”から、何枚のドレスがデザインされたのかと思うとちょっとワクワクする。
美術館と庭園のある通りの名前は、当然、サン=ローラン通り。
ことほどさように、フランス人、ヨーロッパ人を魅了するモロッコ・マラケシュ。1000年もの歴史をもつこの街には、世界一ともいわれるメディナ(旧市街)に広がる幾種類ものスーク(市場)がある。網の目のように張り巡らされた小道は、さながら迷路。そんなラビリンスをさまよう体感が、世界中の旅行者を魅了するのだ。
メディナに氾濫する色は、ハーブ、花、スパイス……どの色が抜けても、成立しない混沌が、この街の魅力だ。
ガーデンサイドから見上げた「ラ・マムーニア」のメイン棟。青空とピンクの壁とグリーンの縁取り。
そして、もうひとつ。マラケシュいやモロッコを代表するホテル「ラ・マムーニア」が君臨している。世界中のホテルが統合を繰り返し、どんどんと個性が失われている中、未だ“物語のある”数少ないホテルだ。
ラ・マムーニアの美しいゲートは、かつてのマラケシュの城壁を模している。
物語のあるホテル「ラ・マムーニア」
入り口の扉に立つベルボーイは建物に応じて長身の若い男子だが、彼ら曰く、勤続20年、30年のベテランスタッフこそホテルの顔とか。
このホテルのゲストブックもご多分にもれず、著名人有名人で埋め尽くされている。中でも、ラ・マムーニアでの時間を慈しんだのが英国の元首相ウィンストン・チャーチルだ。
もっとも華やかなロビーラウンジのシャンデリア。
チャーチルの存在はホテルにとっても特別で、彼の名を冠したバーがあるほど。チャーチルはとくにテラスで物思いに耽るのがお好みだったようで、テラスからの風景を描いた絵が何枚も残っている。
バー・ル・チャーチルは、英国的な重厚感とフレンチ・アフリカンの洗練さが入り混じった空間。
ここラ・マムーニアは、数多くの映画が撮影されたホテルでもあり、数多のハリウッド俳優や女優が訪れたホテルでもある。そしてもちろんサン=ローランも、マジョレル庭園に居を構えた後も、しばしばラ・マムーニアに通っていた。
1923年に建てられたラ・マムーニアは、現在までに5度にわたる大きなリノベーションを行っている。最後の改装を手がけたのは、鬼才ジャック・ガルシア。パリのオテル・コストやモナコ・モンテカルロのオテル・メトロポールを手がけた才能は、ここラ・マムーニアでも濃厚に発揮されている。
モザイク装飾に対比させて、ステンドグラスはアールデコを感じさせる直線スタイル。ロビーラウンジは光の魔術師であるガルシアの腕の見せ所だ。
まばゆいまでの光と親密な闇。そして匂いやかな空間がガルシアの真骨頂だが、まさにラ・マムーニアは、そうした魅力に包まれたホテル。アラブな文化に魅了されたフランス人が思い描くエキゾティックな世界だ。
バンケットルームへと続く外廊下は、白いアラブの世界。
ダイニングはイタリアン、フレンチそしてモロカン。さらに朝食とサンデーブランチが楽しめるプールサイドでの地中海ビュッフェ。そして、アフリカ初となるピエール・エルメのブティックもオープンした。
まさに、食に関しても万端。
左:モロカン・レストランは本館とは別棟。広い庭を抜けて行く。
右:イタリアンはかなり水準高しで、うるさいグルメたちも満足できるはず。
溢れる光とここちよい闇を味わう客室
リビングスペースに射し込む光のまばゆいこと。観光ばかりに時間を取られず、このホテルでは部屋で過ごす時間も堪能しないと。
パブリックスペースの素晴らしさもさることながら、客室のヨーロッパ的完成度の高さもさすがだ。壁面いっぱいに採られた窓からの強烈な陽射しは、ここがアフリカであることを思い出させてくれる。
このホテルで過ごしていると……パリにいるような錯覚を覚えて、アフリカにいることを忘れてしまう……。
漆喰の白の清潔さが際立つベッドルームの演出も素敵。
南に面した客室のテラスでの時間も最高。明け方、コーランの響きに目を覚まして東を見れば、クトゥビーヤモスクが浮かび上がる。そしてはるか南の向こうには、アトラス山脈。アフリカの陽射しに日向ぼっこもいいし、もちろん昼寝も最高。
あのチャーチルが、テラスでの思索の時間を何より好んだというのが、ちょっと分かるような。
日替わりでサービスされるフルーツがまた洒落ていて、女子ごころをくすぐります。
モロッコといえばこのタッセル。スイーツの補充も十分にて、部屋で一日過ごしてもいい。
光の部屋を満喫すると、夕闇から夜にかけて変化する部屋のまったりとした感じもまた新鮮。カーテンを閉め切って生まれるダークな空間は、なんかこう“歴史は夜つくられる”みたいな意味深な雰囲気だ。
左:だいたい明け方5時前後に聞こえはじめるコーラン。まさしく異国の響き。
右:昼間の客室でも、光と闇のコントラストが演出されているガルシアの内装。
名門ホテルとはかくあるべきか
ホテルの敷地内には、3棟のリヤド(邸宅のようなしつらえで、モロッコにはリヤドの宿泊施設が多い)も用意されている。さらに、モロッコ的な空間を味わいたいというゲスト向き。
ラ・マムーニアには209の客室と上の写真のようなリヤドが3棟。800人のスタッフが働いている。客室が200室を越えると、どうしてもきめ細やかにとはいかないものだが。
かつて世界の7大ホテルのひとつに数えられ、数々の賞を受賞している名門ラ・マムーニアは、さすがだった。
用意されているしつらえからサービスまでが、気持ちよいほど徹底している。それも過不足なく、とってもクールに。そう、冷たい感じではなくて、このホテルで働いていることのプライドを感じさせるクールさとでもいうのかな。インティメートで感じいいのだけれど、でもベッタリじゃないサービス。それがとても居心地よくしてくれる。
ホテルの名前の由来になっている美しい庭園では、宿泊客用のフルーツやハーブもつくっている。ここで採れるオリーブオイルがまた、美味しい。
庭園の真ん中にはティールームがあって、もちろんモロッコ名物ミントティーがいただけます。
いろいろなホテルのジェネラル・マネージャーにインタビューする機会があると、会話がはずんだら必ずする質問がある。「世界でどこのホテルが好きですか?」。もちろんシティホテルやリゾートホテルの違いもあるので、これ、なかなかの難問なのだが、過去、ラ・マムーニアと答えた人多し。それだけホテリエにとっても素晴らしく価値のあるホテルなのだろう。
モロッコ、とくにマラケシュでは、ガイドの質が取り沙汰される。私も懲りた経験アリ。でも、ホテルで手配してくれたガイドは、キックバック狙いなど感じさせない良質な人だった。写真は、メディナ一大きいジャマ・エル・フナ広場。
メディナのハマムの釜焚き職人のモハメッド・スダニさんはミュージシャンでもある。この釜焚き場には、以前にも来たことがあるのだが、今回のガイドのおかげで演奏までしてもらえた。
コンシェルジュに頼むと、気球の手配もしてもらえる。1フライト250ユーロ。早朝、茫漠としたマラケシュ郊外で、アトラス山脈の向こうに見える日の出が素敵。
La Mamounia(ラ・マムーニア)
所在地 Avenue Bab Jdid،, Marrakech
電話番号 05-2438-8600
https://www.mamounia.com/
【日本での予約・問い合わせ先】
ザ・リーディングホテルズ・オブ・ザ・ワールド
フリーダイヤル 0120-086-230
世界一のビジネスクラス!
カタール航空
対面4人掛けのビジネスクラス・シートだなんて! 発想がすごすぎる。いずれ日本便にも導入されるかもしれない。写真提供=カタール航空
もっとも権威があるとされる航空サービスのランキングは、イギリスのスカイトラックス社のもの。最新2017年6月の発表で「ワールド・ベストエアライン賞」を受賞したのが、カタール航空だ。
つまり、世界一の航空会社。このカタール航空はビジネスクラス部門でも1位で、その快適さには定評がある。
他社に比べて幅もピッチも広いシートは快適至極。同じビジネスクラスでも古い機種であったり、デザインによっては、しっくりこなかったりするエアラインもけっこうある。写真提供=カタール航空
最近では驚くことに、座席がフルフラットになるだけでなく、完全な個室になる新しいデザインの採用もはじめた。中央の2席なら、ダブルベッドにすることもできるという「Qスイート」だ。さらには、対面する2席との仕切りをスライドさせると、4人掛けの個室になるという。
このダブルベッド仕様は、ハネムーンにもいいし、子ども連れにも最適。写真提供=カタール航空
今回は、羽田空港からカタールのドーハを経由してマラケシュまでの往復フライトを利用。カタール航空はマラケシュだけでなく、世界150都市以上に就航しているので、日本からの直行便がない場所への移動にとても便利だ。
例えば、ミコノス島へ、ドーハ乗り換えだけで行けるという具合。目的地へのアクセスの選択肢がかなり広がる。
さらには日本航空との提携で、大阪・名古屋・福岡など国内34都市からの乗り継ぎも図れるので、かなり使いやすい。
吹き抜けを利用した開放感のあるラウンジは、とにかく広い。そして何もかもがゴージャスだ。
就航都市が多いのも魅力だが、そこに至るまでのドーハ乗り継ぎでのお楽しみもある。ビジネスクラスを利用すると、素晴らしいアル・ムルジャン ビジネスクラス ラウンジが堪能できるのだ。広さといい、レストラン、料理とどれを取ってもどこの航空会社より格上といえるラウンジ。
往復のフライトもふくめて旅と考えると、至高のホテル、ラ・マムーニアに滞在するには最高のカタール航空で行くのがぴったりといえる。
文・撮影=大沢さつき