MOBの看板列車ゴールデンパス・パノラミック。運転席を屋根上に設け、前面展望を実現したデザインは、小田急ロマンスカーを想起させる(筆者撮影)

スイスの私鉄、モントルー・オーベルラン・ベルノワ鉄道(MOB)は3月12日、車両メーカーのシュタドラー社(スイス)との間で、線路幅が異なる路線同士を直通できる「軌間可変装置」付き客車20両を供給する契約を結んだと発表した。日本でいう「フリーゲージトレイン」だ。

軌間可変装置は、すでにスペインのタルゴ社によって実用化されているが、今回は同社製品ではなく、アルストム・ドイツ社で製造される台車を使用し、車体製造および組み立てをシュタドラー社で行う。

なぜ「軌間可変」が必要なのか

MOBは、スイス最大の湖、レマン湖のほとりにある高級リゾート地モントルーを起点として、ベルン州南西部に位置するツヴァイジンメンまでを結ぶ本線を中心に、総計75kmの路線を持つ。このうち、ゴールデンパスラインと銘打った62kmの風光明媚な本線に運行されるパノラマ客車を使用した列車「ゴールデンパス・パノラミック」が同鉄道最大の目玉で、年間通して多くの観光客が利用する人気列車となっている。


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ところが、この鉄道には一つだけ大きな悩みがあった。軌間(線路の幅)1000mmの狭軌路線である同鉄道は、スイス国鉄をはじめ多くの鉄道で一般的な「標準軌」、軌間1435mmの他路線へ乗り入れできない。ツヴァイジンメンは単なる田舎の村で、多くの旅行客はそのまま先へ旅を続けるが、ここから先は標準軌の私鉄ベルン・レッチュベルク・シンプロン鉄道(BLS)となっており、必ず乗り換えが必要となる。


美しい大自然の中を行くMOBの列車。有名な「氷河急行」などと同様にその車窓風景は乗客を魅了するが、乗り換えの不便さにより敬遠されているのか知名度はいま一つだ(筆者撮影)

この乗り換えが不便とみなされ、敬遠されているのか、スイス旅行の代名詞のようにも扱われる観光列車「氷河急行」と比較すると、ゴールデンパス・パノラミックはいまいち知名度が上がらない。MOBにとってツヴァイジンメンから先、リゾート地として人気が高いインターラーケンまでゴールデンパス・パノラミックの直通運転を実現させることは、いわば悲願でもあった。

MOBは過去10年以上にわたり、この直通運転に関してさまざまな検討を重ねてきた。標準軌の線路にもう1本の線路を敷いて、車輪を変えなくても直通運転できる「3線軌条」案も検討されたが、乗り入れ先のBLSの協力が不可欠なのと、複雑な線路構造でメンテナンスコストがかさむことなどから実現しなかった。今回、軌間可変装置の技術的なメドが立ったことで、ようやく実現する運びとなった。

2020年末には営業運転


軌間可変装置を作動させるための地上設備が建設されるツヴァイジンメン駅に停車中の列車。現在は乗客全員が乗り換えを余儀なくされている(筆者撮影)

軌間可変装置を作動させるための地上設備は、現在ツヴァイジンメン駅構内に建設中で、2018年8月頃には完成する予定だ。当初計画では2019年12月の冬ダイヤ改正から営業運転を始めたいとしていたが、計画の遅れから2020年12月へずれ込むことになるとアナウンスされている。なお、軌間可変装置を搭載するのは客車だけで、機関車はMOB、およびBLSがそれぞれの軌間のものを用意し、ツヴァイジンメンで軌間変更と同時に、機関車の交代も行う。

軌間可変装置付きの車両は、日本でもフリーゲージトレイン(FGT)として開発が進められてきた。だが、開発が思うように進んでいないことに加え、車両維持費が通常車両よりかなり高額となるため、長崎新幹線への導入を予定していたJR九州は運営が困難であると表明している。


イタリア・ミラノ中央駅に停車するスペインのタルゴ型車両。標準軌の高速新線がフランスとの国境に接したため、タルゴ型の活躍の場はスペイン国内が中心となったが、かつては写真のようにイタリアまで乗り入れていた(筆者撮影)

日本では一向に実用化のメドが立たない軌間可変車両だが、スペインでは「タルゴ」と呼ばれる客車によって何十年も前から実現している。欧州ではほかにも異なる方式の軌間可変車両が開発されており、今回MOBへ導入される車両はスペインの技術とは異なるものだ。日本と欧州の軌間可変車両にはどのような違いがあるのだろうか。

欧州で問題なく実用化されている理由の一つとして、そのほとんどが動力装置を持たない客車である点が挙げられる。日本のFGTは、各台車にモーターなどの駆動装置を搭載する電車方式の車両のため、モーターやギアなどを可変装置の中に組み込まなければならず、台車そのものが複雑な構造となる。各部の耐久性にも問題が生じてくることは想像に難くない。

また、装置が複雑になれば重量も増加し、路盤が弱い日本の在来線で運行した場合、インフラ側のメンテナンス費用にも影響が及ぶおそれがある。車両側、地上側双方に未解決の問題がある状態では、早期の営業運転実現は難しい。

日本に比べれば開発は容易

一方、欧州で採用されている軌間可変技術は、スペインの一部の車両を除いて動力装置を持たない客車に採用されており、構造を複雑にする動力装置を搭載しない分、日本のFGTに比べれば開発は難しくないといえる。

スペインでは動力装置を持った軌間可変車両もあるが、同国の場合は標準軌と、より線路幅の広い広軌(1668mm)との変換であるため、装置そのものの搭載スペースを十分確保することができる。日本や今回のスイス・MOBのように、標準軌と狭軌に対応させる場合はスペースに限りがあるため、設計は容易ではない。駆動装置を搭載する電車方式ならなおさらだ。

欧州の鉄道と日本の鉄道は、同じ鉄道ではあっても車両・インフラともに規格が異なるため、単純に比較することはできない。軌間可変車両も同様だ。欧州では一見簡単に成功しているようにも見えるが、日本のFGTは新幹線での高速運転を実現しながら在来線、それも路盤の弱いローカル区間へ直通運転させるという、現状では限りなく困難に近い高度な技術が求められており、それが実現の難しさに結び付いているのである。