楽天の三木谷浩史社長が強く望んでいた通信キャリア入りが実現することになるが、課題も山積する(撮影:大澤 誠)

日本に第4の通信キャリア(MNO:移動体通信事業者)が誕生することになる。総務大臣の諮問機関、電波監理審議会は4月6日、楽天が申請していた携帯電話の電波割り当てについて、条件付きで「適当」とする結論を出した。

MNOはNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクによる3社の寡占が続いてきたが、これで事実上、楽天の新規参入が決まった。2005年のイー・モバイル(現ソフトバンク)以来、実に13年ぶり。早ければ2019年10月にもサービスを始める予定だ。楽天はMNOになっても、現在手掛ける格安のMVNO(仮想移動体通信事業者)「楽天モバイル」と同じ料金でサービスを提供する計画を提出している。

ただ、この料金プランの安さとの関連は不明だが、楽天の設備投資の計画額は他キャリアと比べ圧倒的に少ない。多くの利用者を満足させられるだけの質のサービスを提供することは、本当に可能なのだろうか。

通信キャリア参入には4つの条件も

総務省が今回通信キャリア向けに募集した周波数の新規割り当てには、既存の3社も応募した。「いずれの申請者も絶対審査基準に適合している」。審議会後に会見を開いた吉田進会長(京都大学名誉教授)はそう述べたが、一方で楽天の開設計画認定にだけ、ほか3社にはない条件が4つも付いた。その内容は、「他の既存事業者のネットワークを利用する場合も、自らネットワークを構築して事業展開する原則に留意すること」「設備投資及び安定的なサービス提供の資金確保に留意すること」といったものだ。


4月6日に開かれた電波監理審議会では、楽天の携帯電話事業参入に際し、注文をつけた(記者撮影)

自前の通信網をまだ持たない楽天について、吉田会長は「最初は頑張っても電波が届かないところがあるだろう。ローミング(他キャリアの回線を借りること)をやるにしても、将来的には独自でやってほしい」と注文を付けた。

会見では、楽天が計画する人口カバー率96.0%についても、達成を懸念する質問が飛んだ。よそに頼る「甘え」が許されるのは初めのうちだけだ。楽天は今後、事業を軌道に乗せて収入のあてを確保し、自力で資金をつぎ込んで設備を広げていく必要がある。吉田会長は「ハードルは高い」とも述べ、楽観はしていない姿勢をにじませた。

仮に楽天がこうした課題をクリアできたとしても、それでほかの3社と同等の通信品質になる、と言えるわけでは決してない。審査の対象はあくまでも「最低限満たすべき基準」であって、それ以上やそれ以外のところで、大きな差がつくかもしれないからだ。


楽天は東京電力や中部電力が持つ鉄塔を活用することで、基地局整備にかかる設備投資額を圧縮する考えだ(撮影:今井康一)

携帯電話事業にはばく大な初期投資がかかるはずだが、楽天は2025年までに設備投資に充てるため、金融機関の借り入れなどで最大約6000億円の資金調達を計画する。これはドコモが1年間にかける設備投資の額とほぼ同じだ。外部からは「少なすぎる」という指摘が相次ぐが、楽天の三木谷浩史社長は「十分足りる。4Gは後発者メリットで安くなっており、お釣りがくるくらいだ」と強気だ。

これについて、通信事業に詳しい野村総合研究所の北俊一氏は「確かに、すごく安いインフラを調達すれば運営はできるだろう」と認めつつも、「有事の対応に問題がないかが気にかかる」と指摘する。

災害やサイバーテロに十分に備えられるか

MNOに移行して自前の通信網を持てば、平常時には利用者が問題なく使えるサービスレベルは確保できるだろう。だが、北氏が懸念するのは、例えば震災などに備えた設備投資をどこまでやっているかの差だ。最大手のドコモは、万が一の場合に備えて山の上にも頑丈なサブの基地局を用意する。東日本大震災のように津波で海外線の基地局がやられても、山の上から電波を送受信することで通信を保つためだ。

また、北氏は「ドコモの基地局は鉄柱を地中の奥深くに打ち込んでおり、大地震でも簡単には倒れない」と評価する。ドコモほどいかなくても、KDDIやソフトバンクもそれぞれ、有事のために莫大なコストをかけている。近年増加するサイバーテロに対しても、3社はコストや人手をかけて対策を打つ。

楽天の設備投資計画の細かい内容は不明だが、こうした部分にかけるコストを低くしていれば、災害時に基地局が軒並み倒れたり、復旧までに時間がかかったりすることにもなりかねない。災害時は家族や知人の安否確認や情報収集で、通信の重要性が最も高まるタイミングだ。北氏は、「新規参入の楽天にそこまで求めるのは無理がある」と理解を示しつつ、「既存3社がそこにどれくらいお金をかけているかに比べれば、楽天のキャリアはどう考えても差が出てしまうのではないか」とみる。


楽天は、現在ドコモから通信回線を借りてMVNOの「楽天モバイル」を展開している。自社の通信キャリアが立ち上がり次第、楽天モバイルの会員は自社回線に移行される予定だ(撮影:風間仁一郎)

他方で、事業面でも通信キャリア参入は楽天にとって「諸刃の剣」のリスクをはらむという見方もある。「楽天経済圏」の拡大を狙う楽天では、楽天モバイルの利用者向けに、グループ内の各サービスでの還元をアピールしている。例えば楽天市場では、楽天モバイル利用者のポイント還元率は1%プラスされ、楽天モバイルでは利用料金100円につき1ポイントが付与されるといった具合だ。


楽天は提携先を増やすことで、「楽天経済圏」を拡大させてきた。2017年6月からはマクドナルドの店舗で楽天ポイントが使えるようになった。

楽天モバイルの利用者は現在約150万人だが、MNOに移行後に多くの利用者(将来的な目標は1500万人)を取り込むため、楽天関係者は「より大きなポイント還元をする可能性はあるだろう」と話す。考えられるのは、新規の加入者に数千ポイントを付与したり、楽天モバイルの時以上にポイント還元率を高めたりするようなやり方だ。

三木谷氏は常々、楽天モバイルを「通販や金融とシナジーが高い」と強調しているが、MNOでモバイル事業を拡大すれば、シナジーをより高める方向に動く可能性は高い。

ライバルのアマゾンを利する可能性も

だが、通販事業も手掛けるある大手企業の幹部は、「かえって(楽天のライバルでネット通販最大手の)米アマゾンを利することになるのではないか」と首をひねる。自社キャリアユーザーへの還元は、裏を返せば自社キャリアを使わないユーザーが相対的に損をすることになるからだ。

この幹部は、「アマゾンが絶対にアマゾンモバイルを作らないのは、全キャリアのユーザーが利用者の対象になるから。キャリアを本格的にやると、対象の客は狭まる」と見る。仮に、楽天がMNOで4分の1のシェアを取れても、楽天経済圏の中での循環を強めれば、他の3キャリアのユーザーにそっぽを向かれるかもしれない。楽天の通販事業にとっては、MNOの成長は必ずしも良い結果になるとは限らない。

ただ、懸念点を示した吉田会長や北氏も、楽天の参入によって業界の競争が活性化し、新しいサービスができたり、料金面が下がったりすることへの期待から「頑張ってほしい」とエールを送る。楽天が進む道は決して平坦ではないが、多くの期待を背負っていることも事実だ。楽天1社の命運を左右する以上に、通信キャリア参入の成否への注目度は高い。