共に発達障害を抱えた夫婦のリアルとは?(筆者撮影)

独特なこだわりを持っていたりコミュニケーションに問題があったりするASD(自閉症スペクトラム障害/アスペルガー症候群)、多動で落ち着きのないADHD(注意欠陥・多動性障害)、知的な遅れがないのに読み書きや計算が困難なLD(学習障害)、これらを発達障害と呼ぶ。
今までは単なる「ちょっと変わった人」と思われてきた発達障害だが、前頭葉からの司令がうまくいかない、脳の特性であることが少しずつ認知され始めた。子どもの頃に親が気づいて病院を受診させるケースもあるが、最近では大人になって発達障害であることに気づく人も多い。
そんな発達障害により生きづらさを抱えている人のリアルに迫る本連載。第7回は、発達障害当事者同士の夫婦、カズヤさん(28歳・IT系)とアユミさん(仮名・33歳・人材系事務)の夫婦。カズヤさんは多動性が優位のADHD、アユミさんは不注意優勢型のADHDとASDの混合型だ。結婚して1年半の新婚夫婦。発達障害同士の夫婦はどんな暮らしを送っているのか話を聞いた。

うつ病の原因がADHDだと判明

2人の出会いは、以前カズヤさんが働いていた会社だった。お互い障害者雇用枠での勤務。身体障害者は車いすに乗っていたり白い杖をついていたりなど見た目でわかるが、発達障害は精神障害者枠に入り、ぱっと見ただけでは具体的にどんな障害を持っているのかわからない。カズヤさんもアユミさんも、親しくなってから同じ障害を持っている者同士なのだと知った。


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カズヤさんがADHDの診断を受けたのは21歳のとき。専門学校を卒業し、舞台役者をしながらアルバイトをしている最中、うつ病を発症。不眠や焦燥感に悩まされた。そして、うつ病の診察をしてもらった病院でADHDだと判明。うつ病はADHDの二次障害だったのだ。ちなみに現在は、双極性障害2型の可能性も浮上し、その薬を飲んでいる。今まで取材をしてきたなかでも、先に精神疾患や自律神経失調症といった二次障害を発症し、よくよく検査をした結果、発達障害がそれらを引き起こしていたという例は少なくない。

「小学生の頃は授業中に落ち着きのない、典型的なADHDの特徴に当てはまるような子でした。衝動性のせいか気も短く、派手にモノを投げたり取っ組み合いをしたり、学校中しつこく相手を追いかけまわすなどのケンカもしていました」(カズヤさん)

カズヤさんはそれまで、自分は少しほかの人と違うという自覚はあったというが、役者をしていたので「役者は少し変わり者であるくらいがちょうどいい」と、特に気にはしていなかったという。アルバイトはコンビニやファストフード店など、接客が得意。マルチタスクが重なるとミスをしてしまうことはあったが、つねに動き回っているのが性に合っていた。

妻は診断に落ち込み、夫は診断に納得した

一方、アユミさんは29歳のときに不注意優勢型のADHDとASDとの診断を受けた。幼い頃は、風呂で「熱い湯に触るな」と言われているそばから触ってやけどをしたり、近所の小学校のウサギ小屋の網目に手を入れて餌をあげてはいけないと注意されているのに手を入れてウサギにかまれ、指を3針縫うケガをしたり、衝動的な行動からケガをすることが多かった。

また、車の往来が激しい通りで突然「目をつぶって歩いてみよう」と思いつき、目を開けたら車が行き交う道の真ん中にいた。あるときは走っている車に石をぶつける遊びを思いついて実行し通報され、警察官が家を訪れたこともあった。

「小学校での勉強は、国語や社会は得意でしたが算数が苦手で暗算ができませんでした。でも、小4から塾に通うようになると成績がアップ。学年でトップになりました。しかし、勘違いや漢字の書き間違いなどのケアレスミスが多く、親からは『本気を出していない』とよく怒られていました」(アユミさん)

高校在学中はアルバイトも経験した。しかし、お菓子工場での作業中、人の指示が聞き取れずにラインを止めてしまうこともあった。指示を出す人の声が小さいのではなく、ほかの人はきちんと聞き取れているようだった。ほかにもスーパーのレジ打ちを経験したが、ここでも仕事を覚えられず、唯一まともにできたのは郵便局での年賀状仕分けのバイトだった。一人で黙々と作業でき、ミスをしたとしても届ける前の段階で修正されるので安心して働けた。

高校卒業後、本来は4年制大学の心理学科に進みたいという希望があったが、親から経済的な理由で短大にしてほしいと言われた。結局、短大で将来役に立つ資格が取れるならと、短大の栄養科へ進んだ。

「短大時代は調理実習や実験など、私にとって苦手な作業ばかりでした。調理実習の班では、誰が何をどうするという具体的な指示が出ないと動けないし、忘れ物も多かったです。座学も眠くなってしまいノートが取れない、集中できないなど、挙げるときりがありません。

病院での栄養士実習では、新生児のミルクの哺乳瓶の先の部分を10個ずつ重ねて並べるという作業がどうしてもできませんでした。それで『なぜこんなこともできないのか、実習だと思ってふざけないで!』とものすごい剣幕で怒られてしまいました。同じ作業を行ったほかの実習生3人に『難しかったよね?』と聞いたら、『普通にできたよ?』と不思議そうな顔で言われ、このときから自分は何かほかの人と違うのではないかと思い始めました」(アユミさん)

栄養士は向いていないと、短大卒業後は一般企業に就職したもののまったく仕事ができず続かない。転職の回数は数え切れないほどで、10社は経験しているという。「みんなができることができない自分はおかしいのではないか」。そう思っていたとき、たまたまテレビでADHDについて放送しており、自分はこれかもしれないと病院を受診した。

しかし、最初にかかった病院では「ADHDは子どもの病気。あなたは学校も卒業しているし車の運転もできているのだからADHDじゃなくて抑うつ状態なだけ」と言われてしまった。その後、発達障害を専門とする病院でADHDとASDの混合型だと判明した。

「診断された時はすごく落ち込んでしまいました。しかも『障害者手帳取れますよ』と言われ、手帳を取るくらいひどいことなのかと」(アユミさん)

「反対に僕は診断を受けた時、今までなぜ自分がちょっと変わっていると言われていたのか、理由がわかって納得した感じでした。ショックよりは納得した部分が大きかったです」(カズヤさん)

お互い得意なこと/苦手なことを確認するために同棲

障害者雇用で働いていることからもわかるが、2人は障害者手帳を取得済みだ。以前、「手帳を取るには大量の書類と複雑な手続きが必要だと聞いたことがある」と記事に書いたところ、「そんなに複雑ではない」というご意見を読者からいただいた。2人に聞いてみたところ、手帳取得にはそれほどの労力はかからず3カ月ほどで取得できたという。ただ、この3カ月という期間を長いと感じ、転職活動の妨げになるからと取らない人もいた。


カズヤさん(28歳)は21歳のときにADHDだと診断された(筆者撮影)

一方で、大変だったのが障害年金の手続き。初診の病院での初診日での認定が必要であり、かなりの労力を要するので、「おカネを援助してくれる人がいるならば、行政書士などに依頼したほうがいい」とカズヤさん。また、アユミさんは経済的な理由で、国民年金を払っていない時期があったため年金受給の条件に入らなかった。カズヤさんも21歳の頃、収入が少なく国民年金を払う余裕がなかったが、若年者納付猶予の手続きをしていたため年金の条件から外れることはなく、現在はカズヤさんのみ年金を受給している。

【2018年2月11日11時追記】初出時、「障害者年金」とありましたが誤りでしたので上記のように修正しました。

「私たちはお互い真逆の夫婦なんです」とカズヤさんは語る。発達障害にはできることとできないことの差が激しいという特徴があるが、お互い真逆なおかげで、苦手な面を補い合って生活できているという。

「入籍する前、半年間ほど同棲をして、お互い何が得意で何が苦手なのかを見る機会を作りました。そして、お互い得意・不得意をよく知ったうえで、今は暮らしています。妻は業者とのやり取りが苦手なので、家に業者が来たときの対応は僕の担当です。また、結婚式のときも、妻の要望をヒアリングしつつ、僕が舞台の経験から考えた演出などをプランナーに伝えました。妻は、何かを作ることが得意なので、ウエルカムボードやマカロンタワーの飾り、メニュー表や席次表などを作ってくれました。

もちろん、2人とも共通して苦手なことはあります。片づけに関しては2人とも苦手ですが、僕は体調を崩しちゃうくらい苦手なんですよ。そこは、程度を見てどちらがやるか決めています」(カズヤさん)

「なるべく余計なものは家に持ち込まない、苦手なりに収納を工夫してみるなどしていますが、それでもまだ家の中はごちゃごちゃしていますね(笑)」(アユミさん)

「『あの大事な書類、どこにいった?』と、2人で家中を捜索することもよくあります」(カズヤさん)

障害者雇用は低賃金 出産後は経済的な問題が

また、現在妊娠8カ月のアユミさん。2人ともADHDの薬を服用中とのことだったので、ここで妊娠中の服用について疑問が湧いた。本来、妊娠中は風邪薬ですら服用を検討しなければならない。

「現在は精神科と産婦人科が提携を取れる大学病院に通っています。妊娠初期に薬をやめていたら体調を崩してしまったこともあり、飲んだほうがいいという医師の判断で現在は服用しています」(アユミさん)

「精神科の先生と産婦人科の先生、それぞれ考えがあります。精神科の先生は、『赤ちゃんが先天性の障害を抱えて生まれてくるリスクがあるから飲ませない』という論理。産婦人科の先生は逆で『赤ちゃんが生まれた後の心配よりも、母体の心身の安定が重要だから飲み続けたほうがいい』という論理でした。

妻の場合、薬を飲まないと仕事にも支障が出てしまうし、そうなると発達障害の人は妊娠できないという考えにもつながってしまいます。最終的には妻が決めることとして、飲み続けるという産婦人科医の判断を選択しました」(カズヤさん)

薬の服用のため、出産後は母乳ではなくミルクで育てることを決めている。そして、出産後の悩みも山積みだ。最初のうちは数時間おきにミルクを与えないといけないのでまとまった睡眠時間を確保するのが難しい。母乳ではなくミルクなので、カズヤさんも積極的に育児に参加できるのがメリットなのだが、カズヤさんは双極性障害のため、夜は睡眠導入剤を飲んでいる。そのため、夜中に赤ちゃんが泣いても起きることが難しい。夜のミルクはどうしてもアユミさんの負担になってしまうことが予想される。

子どもが生まれると仕事との両立も考えねばならない。アユミさんは出産後、時短勤務を希望している。ただ、もっと重大なのが経済的な問題だ。

「障害者雇用って通常の雇用と比べると賃金が低いんです。会社にもよると思いますが、月の手取りが20万円いけば多いほうです。極端な言い方をすると、僕と妻の年収両方合わせても、同年代の人の年収に届くか届かないくらいだと思います。アルバイトと同じような感覚ですね。

よくあるのが、15万〜35万円の振り幅のある月収の障害者雇用の求人。その15万あたりが精神障害の人で、30万円あたりの人は身体障害の人たちなんです。身体の人たちは、精神の人と違って突然会社を休むような体調不良に陥ることが少ないです。体の一部にだけ障害があり、ほかは普通の人と変わらないので、できる仕事も多いです。

今後は子どもが生まれると申請すればもらえるおカネを駆使して、なんとかギリギリやっていけるレベルなのかなと思っています」(カズヤさん)

発達障害の人の生き方をもっと発信し、知ってほしい

先述したようにアユミさんは数え切れないほど、カズヤさんも何度か転職をしている。そのたびに、「うちは身体障害者しか取っていない」「発達障害の人は取っていない」とエージェントを通して落ちた理由をフィードバックされたことがあるという。差別にあたるとも考えられる一方、会社側も戦力になれる人材を要している。

「私が障害者だと認定された7年前に比べれば、障害者の人への意識は高まったとは思います。身体や知的障害者の方に対する差別は減ってきたのかなと思う一方で、発達障害は新しい障害というと語弊がありますが、なじみの薄い障害です。発達障害は100人いたら100パターンあるんです。

発達障害は本来の性格にちょっと上乗せされたような状態です。だからこそ、どう接すればいいのかと言われると答えがないというところは確かにあります。受け入れる企業側も難しいと思います。なので、もっとメディアが発達障害の人がどう生きているのかを発信して、それを見た人たちがポジティブな感情でもネガティブな感情でも、それは受け取る側の自由なので、まずは知るきっかけの1つになればいいなと思っています」(カズヤさん)

今回の取材は「口下手なので、あらかじめ話す内容をまとめてきました」と、アユミさんはA4用紙10枚にも上る「自分史」を書いてきてくれた。その様子をカズヤさんは「当事者自身が自分の障害を正しく理解することは重要。妻はすごいと思う。自分で理解することが周りに理解してもらう近道なのでは」と語っていた。

カズヤさんは活発でおしゃべりなタイプ、アユミさんは口数は少ないものの芯のある方だという印象を受けた。「真逆の夫婦だからこそバランスが取れているけど、それは障害のある・なし関係ないかもしれない」と語るカズヤさん。

取材を終え、この夫婦と駅まで一緒に帰った。妊娠中のアユミさんを守るよう、階段ではなくエレベーターを利用する2人の姿は輝いて見えた。これからも試練が待ち受けているかもしれないが、2人で手を取り合って障害と向き合えば、新たな家族と一緒に歩んでいけそうだ。