NASA創設50周年式典で公演したスティーブン・ウィリアム・ホーキング博士(2008年4月21日撮影)。Photo by .


 イギリスの宇宙物理学者、スティーブン・ウィリアム・ホーキング元ケンブリッジ大教授(1942年1月8日〜2018年3月14日)が亡くなりました。ホーキング博士は、次第に筋力が低下する筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症し、病気と戦いながら研究に取り組みました。しばしば「車椅子の宇宙物理学者」などとセンセーショナルに取り上げられるホーキング博士ですが、では彼の物理学への貢献はどのようなものだったのでしょうか。(腰が抜けるほど凄い業績です。)

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ホーキング、ホーキング放射を発見する

 ブラックホールは、強い重力のために光さえも脱出できない「物体」です。重力の物理学理論である相対性理論から、その存在が予想されます。

 そんな奇妙な代物が、果たしてこの世に実在するのでしょうか。その性質は、他の物理法則と矛盾しないでしょうか。ブラックホールがまだ1個も見つかっていなかった1960年代から、ホーキング博士などのブラックホール研究者は、紙とペンを使ってブラックホールの性質を調べてきました。

 1972年、プリンストン大の大学院生だったヤコブ・デヴィッド・ベッケンシュタイン(1947年〜2015年)は、大量の紙とインクを消費した末に、ブラックホールが「エントロピー」を持つという珍説を博士論文として発表します*1。ブラックホールという奇妙な存在を受け入れた研究者にとってさえ、ベッケンシュタイン博士の主張は常識外れに思えました。

 エントロピーとは何かという詳しい説明は略しますが、それは熱と温度に関係する物理量だと述べておきます。もしもブラックホールがエントロピーを持つならば、必然的に温度も持つことになり、温度を持つ物体は温度に応じた光を放射(黒体放射)するはずです。そんな莫迦な、とホーキング博士も最初は考え、ベッケンシュタイン博士のアイディアを否定しようとしました。

*1:Jacob D. Bekenstein, 1973, “Black Holes and Entropy”, Physical Review D, vol. 7, no. 8, p2333.

 ホーキング博士は、「量子力学」をブラックホールのエントロピーに応用し、少々計算をしました。そして驚くべき結果を得ました。

 ベッケンシュタイン博士の言う通り、ブラックホールはエントロピーと温度を持つのです。そして、温度を持つブラックホールは微弱な光を放射するのです。

 世界を驚かせた「ホーキング放射」の発見です。

ホーキングとベッケンシュタイン、ブラックホール熱力学を創始する

 ブラックホールからのホーキング放射は、異常な性質を持っていました。通常の物体は、放射することによって温度が下がり、次第に放射が弱まります。そして周囲と同じ温度になったところで安定します。

 ところがブラックホールは放射することによって、かえって温度が上がるのです。ホーキング放射をするブラックホールはどんどん高温になり、それにつれて放射が強まり・・・しまいには強烈な光を放って消滅してしまう。これがホーキング放射から帰結されるブラックホールの最期です。

 1974年、ホーキング博士はこの研究結果を『ブラックホール爆発?』*2という、科学論文にしてはずいぶん刺激的な題の論文として発表しました。世間は驚愕しました。それまでの「なんでも吸い込む真っ黒なブラックホール」というイメージは塗り替えられました。

 世の研究者は、新しいおもちゃを与えられた子供のように、ブラックホールのエントロピーや温度や放射といった熱力学的性質に取り組みました。ホーキング博士とベッケンシュタイン博士(後にヘブライ大教授)による、「ブラックホール熱力学」という新しい学問分野の創始です。

 ちなみに、ブラックホールのエントロピーには「ベッケンシュタイン・ホーキング・エントロピー(Bekenstein-Hawking entropy)」と名前がついていますが、この略称「BHエントロピー」は、「ブラックホール(BH)・エントロピー」の洒落にもなっています。

*2:S. W. Hawking, 1974, “Black hole explosions?”, Nature, vol. 248, 30.

ホーキング、ビッグバンが計算不能であることを証明する

 相対性理論から導かれるブラックホールですが、このブラックホールの中心を、相対性理論にしたがって計算しようとすると、時間や空間のゆがみなどに無限大がでてきて計算不能になります。このような計算不能な箇所を「特異点」といいます。ブラックホールの中心は特異点なのです。

 一方、この宇宙は138億年前にビッグバンという大爆発で生まれたと考えられています。どうやって考えたかというと、これもやっぱり相対性理論を用いて考えられています。宇宙全体も、相対性理論の方程式の解なのです。

 そしてホーキング博士は、宇宙の始まりビッグバンの瞬間もやはり特異点であることを証明しました*3。ブラックホールもビッグバンも、相対性理論から導かれるにも関わらず、計算を進めていくと、あるところで相対性理論が使えなくなってしまうのです。

 どういうことかというと、相対性理論はまだ不完全な理論で、ブラックホールやビッグバンをきちんと計算するには、新しい完全な物理学理論が必要なのです。

 その新しい完全な物理学理論を見た人はまだいませんが、二つのことは分かっています。一つは、その理論は相対性理論と量子力学を組み合わせたものになるということ、もう一つは、それが「量子重力理論」という名前だということです。それ以外は、まあ、あまり分かってないと言っていいんじゃないですかね。(分かってる方がいらっしゃったら教えてください。)

 ホーキング博士が研究を始めたころには、ブラックホールが実在するかどうか誰も知りませんでした。「ブラックホール」という言葉さえありませんでした。そんなふざけたものがあるはずがない、机上の空論に過ぎないという研究者も大勢いました。

 現在では、ブラックホールから放射された「重力波」をはじめとするさまざまな証拠がそろっています。ブラックホールの実在を疑う人はほとんどいません。

 そしてホーキング博士は、1960年代から1970年代にブラックホール研究をリードした、世界最高の研究者だったのです。

*3:S. W. Hawking, R. Penrose, 1970, “The singularities of gravitational collapse and cosmology”, Proc. Roy. Soc. Lond. A., vol. 314, 529.

ホーキング、タイムマシンを否定する

 相対性理論は、ブラックホールやビッグバンを調べるための道具ですが、タイムマシンの研究にも応用できます。タイムマシンは(実現するとしたら)時間と空間をひん曲げるはずで、ひん曲げられた時間と空間は相対性理論で記述されるからです。

 ただし研究者は、タイムマシンという言葉は使わず、「閉じた時間的曲線」という一見なんのことだか分からない専門用語で呼びます。「我々は閉じた時間的曲線が存在する条件を調べました」という具合です。

 そういう隠語を使う理由はおそらく、タイムマシンの語感が気恥かしいためと、「素人」の耳目を惹きつけるのを防ぐためでしょう。カリフォルニア工科大のキップ・S・ソーン教授(1940年〜)は、論文*4に「タイムマシン」という言葉を使ったら、マスコミに騒がれてえらい目にあったので、以後「閉じた時間的曲線」と書くようにしたそうです。

 相対性理論の研究者はタイムマシンの専門家ともいえるのですが、タイムマシンに対する態度は人によって違います。ホーキング博士は強硬な否定派で、タイムマシンが不可能であることを証明する論文『時間順序保護仮説』を書いています*5。

『時間順序保護仮説』は、「高度に進んだ文明は時空を曲げて閉じた時間的曲線を作り、過去への時間旅行を可能にするかもしれないといわれている」という、SFのような書き出しで始まります。読者は、ホーキング博士がガチでタイムマシンの実現可能性を議論するものと期待しますが、論文の結論は、トポロジー的手法でも量子力学的手法でも、閉じた時間的曲線は実現できない、というものです。期待した読者はがっかりです。

 しかもこの恰好いい書き出しは、実は、タイムマシンの製作方法を提案している論文『ワームホール、タイムマシン、弱いエネルギー条件』*4の書き出しをそっくり真似たパロディーになっています。こんな洒落を盛り込んだ否定論文を出されたら、もうタイムマシン支援派は涙目です。

*4:Michael S. Morris, Kip S. Thorne, Ulvi Yurtsever, 1988, “Wormholes, Time Machines, and the Weak Energy Condition,” Physical Review Letters, vol. 61, no. 13, 1446.

*5:S. W. Hawking, 1992, “Chronology protection conjecture”, Physical Review D, vol. 46, no. 2, 603.

ホーキング、宇宙を語る

 このように、ホーキング博士は堅苦しい科学の記述にユーモアを紛れ込ませる希有(けう)な才能を持っていました。博士の論文には、こういうユーモアや言葉遊びが盛り込まれていて、思わず笑わされます。笑える科学論文を書ける人なんて他にはめったにいません。

 博士の文才は論文だけに発揮されたのではありません。博士は多くの一般向け科学解説書を執筆し、1988年の『ホーキング、宇宙を語る』は世界で2500万部も売り上げた超ベストセラーになりました。

 しかもこの目も眩むような才能を収めているのは、車椅子に乗ったか弱い肉体なのです。ここまで超人的な活躍をされると、まるで神話か伝説の人物のように思えてきます。

 ところで、ホーキング博士の初期からの共同研究者であり、相対性理論のもう一人の大家であるオックスフォード大のロジャー・ペンローズ教授(1931年〜)が、ガーディアン紙に追悼文を寄せています*6。ここにはホーキング博士の不屈の性格や素晴らしい業績と共に、人間的な欠陥についても述べられています。博士は学生にとってミステリアスで怖い師で、怒ると学生の足を車椅子で轢いたことなど、貴重なエピソードも記されています。

 博士は無神論者だったので、天国に行くことを祈られるのは不本意でしょう。一つの偉大な頭脳が失われたことを悼(いた)みます。

*6:https://www.theguardian.com/science/2018/mar/14/stephen-hawking-obituary

筆者:小谷 太郎