北朝鮮・金正恩氏が訪中 習主席と会談(KNS/KCNA/AFP/アフロ)

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 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が敢行した中国への電撃訪問。世界のメディア報道では、おおむね評価が高い。当面は成功とされた金氏の訪中だが、4月27日の南北首脳会談、さらに5月末までに開催予定の米朝首脳会談を成功に導くことができるのかどうか。大きな気がかりは、トランプ米大統領の発言が3月29日以降、やや怪しげなトーンに変化したことだ。

 たとえば筆者が取材したモスクワでのレーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連書記長の軍縮交渉(1988年)などでは、「悪魔は詳細に宿る」などと危惧されたことを思い出す。大枠の目標では容易に一致できても、詳細を詰める段階で交渉が暗礁に乗り上げることはしばしばあるのだ。

 朝鮮半島の「非核化」が最大のテーマとなる一連の首脳会談でも、まず大まかな議論が中心になると予想されていた。しかし、この段階で議論の紛糾を招く恐れがある「段階的な非核化」という条件を、なぜ北朝鮮が求めたのだろうか。

●情報収集で後れを取った米国
 
 金正恩訪中の情報は、米国が抱える巨大な情報コミュニティなら、いち早く探知できたはずだ。金委員長ら一行を乗せたお召し列車は3月25日平壌を出発し、26日未明にかけて中国国境を越えた。偵察衛星でその動きを追い、中国側鉄道沿線住民らによるSNS上の書き込みをフォローしていれば、ほぼ確実に金委員長訪中の事実をつかめただろう。

 2011年12月の金正日総書記死去の際は、平壌駅を出発した列車がすぐに引き返すという異常な動きを米国の偵察衛星が探知したことから判明した。しかし、今回の中朝首脳会談後の米国の情報収集はどうだっただろうか。3月27日の段階では、習近平中国国家主席からトランプ大統領にあてた、金委員長訪中に関するメッセージが届き、中国当局からホワイトハウスへの説明も行われた。

 この段階でトランプ大統領はツイッターで、「(金委員長は)自国民および人類にとって正しいことをするいいチャンス」と書き込んでいた。サラ・サンダース大統領報道官も「意義ある前進と感じる」などと前向きな動きととらえていた。

 しかし、3月28日に新華社電などで中朝首脳会談の内容が伝えられたあと、トランプ大統領は同29日のオハイオ州での演説で、米韓自由貿易協定(FTA)の見直しに関する大筋合意についておかしな発言をして注目された。FTA見直し合意は「北朝鮮と合意できるまで保留するかもしれない。それは非常に強力なカードだからだ」と述べ、米韓FTAと米朝核合意を絡ませて取引する構えを示したと受け取れる発言をしたというのだ。

 トランプ大統領がこうした態度を示したのは、中国が中朝首脳会談の内容を公表した後、とみていい。米国は、中朝首脳会談の内容に関して独自の内部情報が得られず、中国からの報道を受けて、トランプ大統領の態度が変化した、ということになる。

●主導権狙う中国
 
 新華社電のなかで、トランプ大統領がもっとも懸念したのは、次の部分だったに違いない。

「韓国と米国が(中略)平和実現のために段階的で同時並行的な措置を取るならば、朝鮮半島の非核化問題は解決が可能となるだろう」

 この部分、具体的な言及ではないのでやや理解しにくいが、次のような意味とみられる。

「韓国と米国が北朝鮮に対する『体制の保障』や段階的制裁解除、経済援助などの同時並行的な措置を取れば、朝鮮半島の非核化問題は解決が可能となるだろう」

 しかしトランプ大統領としては、米大統領として初めてといえるような成果を挙げることを狙っている、とみられる。クリントン氏以降の歴代大統領が取ったこうした段階的解決策をトランプ大統領は繰り返したくないはずだ。段階的で同時並行的な解決策に乗れば、北朝鮮による核廃棄に応じて日米韓側が(1)制裁解除や(2)経済援助―といった措置をとることになる。そうなれば、また過去の失敗を繰り返してしまうことになる、とトランプ大統領は考えるだろう。

 ではなぜ、このようなことが中朝首脳会談後に公表されたのか。

 実は、「段階的で同時並行的な解決策」という部分は北朝鮮の朝鮮中央通信ではなく、中国国営新華社が発表した。恐らく北朝鮮は、こうした非核化の具体的腹案を米朝首脳会談に先立って発表することが不適切なことくらい理解していたに違いない。特に、相手は短気なトランプ大統領だ。

 中国はこれを公表した理由を明らかにしていない。ただ中国側が交渉への参加をにらんで、あえてこの部分を公表した可能性は十分考えられる。米朝首脳会談の主要課題とみられるこうした問題の具体案を公表することによって、中国自身が交渉に加わり、その主導権を握ることを企図した、とみることもできる。

 そもそも中朝首脳会談を先に呼び掛けたのはどちらだろうか。米国の専門家らの間では、中国説も取りざたされている。これまで北朝鮮と韓国、そして米国の3カ国を中心に進められてきた協議のカヤの外に置かれてきた中国が、中朝首脳会談を計画したとの見方もされているのだ。
(文=春名幹男/国際ジャーナリスト)