東海道新幹線車両(「wikipedia」より)

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 昨年12月、JR西日本の博多発東京行きの新幹線のぞみの台車で亀裂が見つかった。脱線など大惨事につながりかねない「重大インシデント」(国の運輸安全委員会が認定)の原因は、メーカーの川崎重工業の製造過程の手抜きにあった。

 川崎重工は2月28日、台車枠の製造過程で底部を不正に削り、鋼材の板厚がもっとも薄い箇所では、標準の7ミリメートルを下回る4.7ミリメートルで、さらに溶接不良もあったと発表した。社内規定では、台車枠の鋼材は削る加工を原則禁じているが、川崎重工の品質管理部門がこのルールを徹底させず、実際に製造を担当していた40人の従業員は社内規定を知らなかった。

 JR西日本は2007〜10年に川崎重工から台車303台を購入したが、このうち基準を下回る台車が100台あった。またJR東海が05〜12年に130台購入したもののうち、46台が基準を満たしていなかった。

 JR東海は、不備のあった川崎重工製の台車46台について、JR東海の子会社である日本車輌製造で代替することを決めた。JR東海は08年、日本車輌製造の株式の50.1%を取得して子会社に組み入れている。一方、JR西日本は今後も川崎重工との取引を続ける方針だ。

●中国への新幹線技術の供与をめぐり対立

 1964年に営業を開始した東海道新幹線の車両は、川崎重工、日立製作所、日本車輌製造、近畿車輌など、当時の大手車両メーカーが均等に製造を担っていた。

 鉄道車両では川崎重工と日立が抜きん出ているが、こと新幹線の製造実績に限っては様相が異なる。業界3位の日本車輌製造がトップなのだ。

「2000〜2014年の15年間に製造された新幹線車両の本数は4543両。1位の日本車輌製造は1587両。次いで日立1419両、川崎重工業1227両、近畿車輌194両、総合車両製作所116両と続く。各年度を見ると日本車輌製造は15年間でシェア1位を8回獲得している」(16年6月4日付「東洋経済オンライン」)

 かつて川崎重工とJR東海との関係は深かったにもかかわらず、なぜ川崎重工は3位に転落したのか。JR東海が“新幹線ファミリー”と位置付けている台湾新幹線(台湾高速鉄道)にも川崎重工製の車両が採用されている。

「あの事件をきっかけに縁が切れた」と、業界関係者が指摘する出来事が04年に起きた。JR東日本や川崎重工など日本の企業連合は、中国で高速鉄道車両プロジェクトを受注した。川崎重工は中国鉄道省と東北新幹線「はやて」型車両の技術供与契約を結んだ。

 川崎重工による中国への新幹線技術の売り込みに反対してきたのが、“国鉄改革3人組”のひとりでJR東海現名誉会長の葛西敬之氏だった。葛西氏は「中国に新幹線のような最先端技術を売ることは、国を売るようなものだ」とまで言って猛反対した。

 しかし、川崎重工は耳を貸さなかった。契約総額は1400億円で、川崎重工だけでも800億円という大型案件は魅力的だった。葛西氏の予言は的中した。11年、中国は川崎重工から技術提供を受けて開発した中国版の新幹線を「独自開発」と主張し、米国など複数の国で特許申請をした。

 この事件以来、JR東海は川崎重工との取引を縮小。日本車輌製造へ優先的に仕事を回し、子会社に組み入れた。一方、JR東海との関係が悪化した川崎重工はJR西日本の山陽新幹線の車両の製造にシフトした。そのJR西日本の新幹線で、川崎重工製の台車に亀裂が発生した。

●社長追放のクーデター

 不十分なガバナンス(企業統治)と信頼性の低下。多くの投資家が思い起こすのは、5年近く前に起きた川崎重工のクーデター事件だ。三井造船との経営統合交渉をめぐって経営陣が対立した。

 川崎重工は13年6月13日、臨時取締役会を開き、三井造船との経営統合に積極的だった長谷川聡社長ら3人の役員を解任。三井造船との経営統合交渉の打ち切りを決定した。3人を解任する緊急動議に取締役会の議長を務める大橋忠晴会長をはじめ、3人を除く残り10人の取締役全員が賛成した。後任の社長には村山滋常務が就任した。

 このクーデターは、中国への新幹線車両への技術供与と通底するものがある。カンパニー制の弊害が出たという点で同じなのだ。市場原理を導入し、各事業部を独立会社により近づけた形態がカンパニー制だ。川崎重工は田崎雅元社長が01年、カンパニー制を導入した。

 川崎重工の経営の特徴は、7つのカンパニーの集合体ということだ。売上高がもっとも大きい航空宇宙事業から、赤字の船舶海洋事業まで7つの事業が並んでいる。しかし、屋台骨を支えるような事業はない。

 中国への車両技術の供与でカンパニー制の弊害がモロに出たといわれている。車両カンパニーは自分の部署の受注を何よりも優先して、契約書で特許のガード(保護)を怠り、新幹線技術をみすみす中国に盗まれてしまった。

 取締役会はカンパニーのプレジデント(代表)で構成される。かつて川崎重工には社長・会長を務めた大庭浩氏(03年に78歳で死去)というワンマン経営者がおり、トップダウンで事を決めていたが、現在はカンパニーのプレジデントたちの合議制だ。カンパニーのトップの多数決で決まる。社長がトップダウンで事を進めることは封じられている。

 三井造船との統合の動きを、カンパニーの役員たちは「取締役会を軽視した」と糾弾し、多数決で合併推進派の社長を解任したのだ。

●車両部門のトップを昇格させようとした脳天気ぶり

 経営陣(ボード)の一員になっても、その意識は出身母体の利益の代弁者にすぎない。新幹線台車の亀裂問題でも、それが如実に現れた。16年6月社長に就任した金花芳則氏は車両カンパニーの出身だ。

 今年1月、ニューヨーク市交通局は最大で1612両の新型車両を川崎重工に発注することを決めた。川崎重工は1982年以来、2200両超を納入。すでにニューヨーク市営地下鉄の車両の3分の1を川崎重工製が占めている。

 受注総額は約4000億円で、同社にとって過去最大規模となる。その功績で、小笠原誠常務取締役車両カンパニープレジデントが4月1日付で代表取締役専務に昇格することになった。この時点で、亀裂が生じた新幹線の台車が自社製で、台車の板枠が薄かったこともわかっていた。鉄道車両出身の金花社長なら、これがどれほど重大な意味を持つかわかっていたはずだ。ニューヨーク地下鉄の快挙に舞い上がって亀裂問題を無視して昇格させることにした。

 さすがに、この人事は2月28日、台車亀裂の不正の発表と同時に撤回された。金花社長は月額報酬50%、小笠原常務は同30%を返上。いずれも期間は3月から3カ月だ。

 鉄道向けが中心である川崎重工の車両事業は、18年3月期の売上高が1450億円、営業利益が30億円の見通しだったが3月30日、下方修正した。JR東海との取引は少ないが、他の鉄道会社で川崎重工製の台車が忌避されるようになれば、打撃は大きいはずだ。

 新幹線台車の亀裂問題で、川崎重工のガバナンスが機能していないことが浮き彫りになった。まるで、「あれは車両カンパニーの不始末。他のカンパニーは我関せず」といった態度だった。危機感が乏しいことは、これまでとまったく変わっていない。
(文=編集部)