写真1:尾崎章彦医師と山本佳奈医師、東大医科学研究所で筆者が主宰していた研究室にて

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 2月7日、中央社会保険医療協議会(中医協)は、加藤勝信厚生労働大臣に対して、2018年度の診療報酬改定を答申した。

 中医協は、さまざまな医療行為の価格(診療報酬)を決める場だ。物価や人件費は大きな国内格差があるのに、我が国の診療報酬は中医協で全国一律に決められる。神ならぬ人間が価格を適正に決めることができるはずがない。さまざまな利権が生じる。2004年に発覚した日歯連事件をはじめ、中医協には不祥事・汚職がつきものだ。

 では、今年の診療報酬改訂の目玉はなんだろう。

 まずは、医師の技術料に相当する診療報酬本体が増えたことだ。今回の答申に先立ち、昨年末の予算編成で0.55%増で決着した。横倉義武・日本医師会(日医)会長は「一定の評価」とコメントした。我が国の財政状態を考えれば、日医の大勝利だ。

 今回の中医協の答申では、メディアは在宅医療やテレビ電話を用いた遠隔診療を推進するため、その診療報酬を増やすことを強調した。ただ、このような論調を真に受ける医療関係者はいない。年末に決まった診療報酬本体の増額は、あくまで予算であって、決算ではない。予算さえ増額すれば、マスコミが大きく報じ、安倍政権の有力支持者である横倉・日医会長の面子は保てるが、予算執行は別次元の問題というわけだ。

 現実には、中医協での議論を通じ、算定できない加算をつくることで診療報酬の増額が骨抜きにされる。たとえば、パソコンやスマートフォン(スマホ)を用いたオンライン診療が解禁されるが、対象は慢性疾患で継続的な治療を受けており、状態が安定している患者に限定される。初診は対象外で、3カ月に1回は対面診療が義務づけられる。診療報酬は、医療機関は「オンライン診療料」として月に700円、オンライン医学管理料として月に1000円を請求できるだけだ。

 これでは多忙で医療機関を受診できない若年世代になんの恩恵もないし、こんなに診療報酬が安ければ、オンライン診療を推進する医療機関はごく少数だろう。加算の条件付けを通じた典型的な「空集合」だ。

 厚労省が誰に気を使ったのかは明らかだ。今回の改定では、身近な「かかりつけ医」の役割を強化するため、夜間・休日対応などの「かかりつけ医」として患者を診療した場合、初診料に800円を加算できる「機能強化加算」が新設された。これで利益を得るのは開業医で、患者や保険者にとっては負担が増える結果となった。

 中医協は医療費というパイの分捕り合いを行う場だ。強い奴が勝つ。現状でもっとも強いのは日医だ。開業医の利益を代弁する。急性期、慢性期を問わず、病院が割を食うことになる。知人の病院経営者は「今回の改訂でも病院は大幅なコストダウンを求められるでしょう」という。

●総合病院の経営は悪化

 私は、我が国の財政状況を考えれば、診療報酬を抑制するのはやむを得ない。ただ、このまま規制を緩和することなく、全国一律に診療報酬を引き下げれば、やがて「倒産」する病院が出てくる。まっさきに倒産するのは、物価の高い都心部の病院だ。

 都市部の病院はコスト削減のため、さまざまな努力を積み重ねてきた。その代表が「選択と集中」だ。たとえば、首都圏の場合、がんではがん研有明病院、心臓病では榊原記念病院、甲状腺疾患では伊藤病院のような専門病院に患者が集中し、このような病院の経営は概して良好だ。

 一方、「選択と集中」が困難な総合病院の経営は悪化している。学生教育のため、患者が激減している産婦人科や小児科を閉鎖できない東京女子医大、日本医科大学などの大学病院の経営難は、すでに多くのメディアで報じられている。最近、三井記念病院が債務超過に陥ったという報道まであった。このままの状態が続けば、都心部の病院の再編は避けられそうにない。

 では、地方都市の医療機関はどうなるだろう。こちらも診療報酬抑制に合わせて、その在り方が変わりつつある。

「これからの地方病院経営の肝はコストダウン」と内科医で相馬市長(福島県)を務める立谷秀清氏は言う。立谷氏は、この地域の医療の「責任者」だ。公立相馬総合病院の管理者、自らが設立した医療法人社団茶畑会の理事長、さらに経営難に陥った地元病院の理事も務める。

 感心するのは、地域内で医師の配置をうまく誘導していることだ。その基準は患者のニーズと病院の経営状況だ。相双地域には4つの公立病院と8つの民間病院が存在する。人口減が続くこの地域で、将来的には集約化されるだろうが、現状では、いずれも地域に必要不可欠だ。赤字が補助金で穴埋めされる公立病院はともかく、民間病院は稼がなければならない。

 ところが、これが難しい。どう対応しているのだろうか。私は民間病院が内科・透析・整形外科、公立病院が外科・救急・産科、開業医が眼科・皮膚科と棲み分けが進みつつあるように感じる。もちろん、棲み分けの理由は経済性だ。整形外科や透析施設の収益性が高いことはいうまでもない。意外なのは内科だ。内視鏡などの技能がない「普通の内科医」の売上は少ないと考えられている。

●地方でも「選択と集中」

 では、なぜ相双地域の病院は収益が上がるのだろうか。それは、相双地区は医師不足のため、1人当たりの患者受持数が多いからだ。今年1月、南相馬市立総合病院の尾崎章彦医師(写真1)が、同じく南相馬市内の民間病院である大町病院に移籍した。


 彼が大町病院に赴任したのは、南相馬市立総合病院の後輩の内科医で、昨年9月に大町病院に出向した山本佳奈医師をサポートするためだ(http://japan-indepth.jp/?p=37556)。山本医師は常勤内科医が退職し、誰も内科医がいなくなった大町病院の惨状を見かねて、自ら出向することを立候補した。ところが、その仕事は彼女ひとりでカバーできるボリュームではなかった。彼女を助けたのが尾崎医師だ。

 尾崎医師は東大医学部を卒業し、「外科」専門医資格を有する人物だ。相双地区の地域医療に従事しながら、46報の英文論文を発表している。将来の日本の医学界を担う逸材だ。ところが、大町病院での尾崎医師の肩書きは「内科医」だ。

 彼が「内科医」を名乗った、あるいは名乗らざるを得なかった理由には、大町病院に外科医を派遣している大学医局との関係がある。必ずしも、尾崎医師自ら「内科医」と名乗ることを希望したわけではない。私も浜通りの医療を目の当たりにして、被災地の医療は綺麗事だけではすまないことを実感する。ご興味のある方は、『選択』(3月号)の以下の記事をお読み頂きたい。大町病院が取り上げられている。一読し、私も衝撃を受けた。ただ、経緯はどうであれ、結果的に尾崎医師の経験は、今後の地方病院の外科医の在り方を考える上で示唆に富む。

 彼は15名程度の入院患者と週8コマの外来を担当する。さまざまな疾病を有する患者を、自分の判断で治療している。もちろん、外科のスキルを有すため、外科的処置は対応できる。彼は大町病院で働くことで、外科以外の多くの臨床経験を積むことができる。将来リーダーになることを嘱望されている医師には貴重な経験だ。

 尾崎医師は、今年半ばにはいわき市内の病院に移籍し、本来の専門である乳腺外科に従事する。人口34万人のいわき市内には、乳腺外科の専門医は1人しかいない。尾崎医師にとって、いわき市は多くの臨床経験を積める理想的な環境だ。仕事を求めて、移籍するのは合理的だ。

 話を大町病院に戻そう。大町病院のような地方病院が外科を維持するのは容易ではない。外科は病棟以外に手術室を維持しなければならない。人件費・固定費が高い。ところが、患者は多くない。特にがんなどの待機手術だ。その理由は、患者がハイレベルの専門病院を選ぶからだ。冒頭にご紹介したように、都心部の病院は生き残るために、「選択と集中」を進めている。東北地方も例外ではない。

 たとえば、仙台厚生病院だ。目黒泰一郎理事長のもと、徹底した「選択と集中」を掲げてきた。循環器・消化器・呼吸器では全国屈指の病院に成長した。胃がんの内視鏡手術は236件(2016年度)で、東北地方で1位、全国10位だ。

 相双地区は歴史的に仙台との交流が深い。南相馬市立総合病院の藤岡将医師(消化器科)は「がんと診断された患者の多くが仙台厚生病院を希望します」という。この結果、同院で手術を受けるのは、仙台厚生病院がやっていない診療科や、緊急対応が必要になる患者だ。症例数も少ない。大町病院の手術数は週に1〜2件という。これでは、どうしてもコスト高になる。地元の病院経営者は「外科は赤字を垂れ流す。このままでは維持できない」という。この地域で外科を維持するためには、赤字を補助金で穴埋めできる公立病院で、救急医療と一緒にやるしかない。

●変わる外科医の在り方

 今後、ますます外科手術は集約化されるだろう。相双地区のような都市近郊の地方都市でがんと診断されれば、専門病院を受診するようになるだろう。この結果、がんを扱う病院の数は減少する。

 これは外科を志す若者、特に臓器別の従来型の外科医を志望する若者にとっては、就職が難しくなることを意味する。大学や専門病院で先端技術を学んでも、専門施設には就職できないし、多くの民間病院は外科専門医を抱える余裕がない。雇用できるとすれば公立病院だろうが、彼らが期待するのは救急医療と外科の一般診療だ。肺がんの名医として有名な土屋了介・前神奈川県立病院機構理事長は「肺や大腸などを専門とする従来型の臓器別外科医の時代は終わった。地域のニーズを汲み取り、変化できる外科医だけが生き残れる」という。その典型が尾崎医師だ。彼は乳がんという専門性と、何でも屋の内科医の役割を担っている。まさに地域のニーズに応える「総合医」だ。

 高齢化、財政難が進むわが国で、医療の在り方は変わる。従来型の外科医のニーズは激減している。外科を志す若手医師は変わらねばならない。社会のニーズを捉え、適応することだ。狭い専門領域に閉じこもることなく、自分の頭で考えるしかない。尾崎医師は、その格好の事例である。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)