「本格的な投資を受けて、お金をたくさん集めて事業に使い始めたのは、(臨床試験などの道筋が見えてきた)この数年のこと。それまではコツコツと、人も増やさず分相応にやってきたのが、ここまでもった理由では」と辻さんは振り返る。

健康長寿を応援
 もともと辻さんは、中外製薬在職時からMSCの可能性に目を付けて、再生医療へ応用する研究をやりたいと思っていたという。
96年、55歳の時には胃がんが見つかり、すでに末期で他の臓器にも転移していた。「余命半年と言われたが、医療の研究に携わってきたせいか、ああそうかと意外と冷静に受け止めた。会社も手厚く治療を支援してくれて、自分が開発に携わった『ピシバニール』という抗がん剤を使ったところ、うまく効いた」(辻さん)。定年退職後に会社に残る道もあったが、一歩引いたアドバイザー的な立場になるのを断り、ツーセルを起業して研究開発の最前線にいる道を選んだ。

 今は、臨床試験に進んだ外傷性軟骨損傷だけでなく、五つくらいの疾患の治療にMSCを活かせるのではないかと研究を進めているという。第2段となる、脳梗塞やアルツハイマー病など中枢神経疾患(脊髄損傷を除く)のMSCを用いた治療では、17年5月に大塚製薬と提携し事業化へと踏み出している。
また、14年にはMSCを培養する拠点「gMSCセンター」を広島市南区に整備した。広島県などが運営するベンチャーファンドから出資を受けていることもあり、地元の産業振興にもつなげる狙いがある。

 「若い頃は、体の中にたくさんあるMSCがいろいろな機能を修復してくれている。それが年を取ってだんだんできなくなってくる。いろいろな生活習慣病を、MSCを使って直したいというのが私の思いです」と辻さんは力を込める。アルツハイマー病や膝軟骨損傷など、同じ時代を生きてきた同世代の人の健康長寿を応援したいという思いもあるようだ。率直で穏やかな語り口からは、末期ガンからよみがえって夢を追い続ける人の強さがうかがえる。