膝軟骨損傷の治療に使う『gMSC1』

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 人体のさまざまな器官や組織に分化する能力を持った細胞、幹細胞。中でも間葉系幹細胞(MSC)は、骨髄や脂肪など、間葉と呼ばれる組織から形作られる器官の中に一定の割合で存在し、軟骨や骨、心筋などに分化する能力を持つ。最近では神経や腎臓、膵臓などにも分化できることがわかってきており、「生体の中の自然修復機能をMSCが担っているという思いが強くなった」(辻さん)という。注目を集めるiPS細胞(人工多能性幹細胞)やES細胞(胚性幹細胞)と比べると、ガン化の危険が少なく、医療に用いても倫理的な問題がないのが長所で、さまざまな研究が進められている。

2020年をめどに市販
 ツーセル(広島市南区)は、そんなMSCを用いた再生医療の産業化に取り組んできたベンチャー企業だ。中外製薬で開発研究所安全性センター長やメディカル事業部部長などを歴任した辻紘一郎さんが、定年退職した後の2003年に設立。採取し増殖したMSCを他人にも移植できるようにする「他家移植」により、あたかも薬のように使える治療法の実用化に向けて粘り強く取り組んできた。2016年に中外製薬との間で、滑膜(関節を包む膜)から取ったMSCを使った外傷性軟骨損傷の再生治療でライセンス契約を締結。17年11月にはこの治療法が、臨床試験の最終段階である第形衄羈嗄彎音邯海蚤茖盈稾椶亮蟒僂鮟えた。順調にいけば20年には治療用のMSCが市販される見通しだという。

 現在行われているこの臨床試験は、大阪大学の発表資料を読むと実に多くの「本邦初」の文字が並んでいる。他家移植による再生医療の治験で本邦初、幹細胞バンク(この場合は大阪大学未来医療センター)を商業利用に用いるのは本邦初、(中外製薬のような)大手製薬会社が再生医療の企業治験に参加するのは本邦初…といった具合だ。画期的であることが伝わってくるが、その中心にいるのはツーセルと辻紘一郎さんだ。会社設立から14年という期間を経て、これまでの努力がようやく花開こうとしている。

柱となった二つの技術
 まず気になるのが、志半ばで事業化をあきらめるベンチャー企業も多い中で、どうやってここまでこぎ着けてこられたのかだ。

 今回の軟骨再生医療の柱になっている技術は二つある。まずは血清を使わずにMSCを培養できる無血清培地「STK」。そして、細胞増殖の足場となる人工的な組織(担体=スキャフォールド)を使うことなく軟骨のような立体的な組織を形成できる技術だ。

 前者は、現在ツーセルの副社長になっている広島大学歯学部の加藤幸夫名誉教授の技術を元に08年から10年にかけてツーセルが製品化した。MSCはそのままでは成人の骨髄細胞の1万-10万分の1個とわずかな割合でしか存在せず、再生医療に使うには増やす必要がある。このSTKは血清を使わずに高い増殖能力を持っており、患者の体から血清を採取する必要がないため負担が減るほか、動物由来の成分なども含まず、拒絶反応やアレルギー反応を起こしにくい。

 後者には、12年11月に共同研究契約を結んだ大阪大学医学部の技術が活かされた。通常、軟骨のような組織を再生するには、コラーゲンやハイドロキシアパタイトといった成分で担体を作って埋め込まないと、細胞が遊離してしまう。それがこの技術では、MSCをある方法で刺激することでMSC自体が接着因子を出し、立体的な組織を形作れるようになる。人工的な担体を埋め込まずに済むため、患者の負担が減る。
 
 二つの柱となった技術以外にも、ツーセルは幹細胞の自動培養装置を発売したり、歯周病治療製品の開発を手がけたりと「食いつなぐためにいろいろやってきた。あきらめずにコツコツやってきた」(辻さん)。