父親と母親がペーパー離婚していたら・・・?松浦将也さんのケースを取り上げます(写真:筆者撮影)

お父さんが「松浦さん」なら、お母さんも子どもも当然「松浦さん」でしょ?


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なんの気なしに、そう思っている人が多いと思いますが、妻と夫が別の苗字という家族は、実はけっこういます。

よく夫婦別姓の議論では「家族の中で苗字がバラバラだと、一体感がなくなるのでは?」とか「子どもがつらいはず、かわいそうだ」という声を聞きますが、それは本当でしょうか? 実際のところ、子ども自身はどう感じているのか。

今回は、物心がついたときから苗字が異なる両親の下で育ってきた松浦将也さん(22)にお話を聞かせてもらいました。

一緒に暮らしていることが家族

将也さんとお父さんは「松浦」さんで、お母さんは「百瀬」さん。小さい頃から将也さんにとっては、それが「当たり前」でした。

ふたりは、将也さんが1歳のときにペーパー離婚しています。ペーパー離婚というのは、婚姻(法律的に結婚)した夫婦が、法的には離婚するものの、実生活ではそれまでどおりの結婚生活を継続するという、書類上だけの手続きです。

いまの日本の制度では、婚姻するときは必ず夫婦どちらかの姓を選ばなければならないため、もしふたりとも旧姓を望んだ場合には、婚姻をあきらめて事実婚にするか、あるいは一度婚姻したあとにペーパー離婚することが多いのです。

昔と比べると、いまは通称使用が認められる場面が広がったこともあり、婚姻で戸籍の苗字を変えた側(大半は女性)が、通称として旧姓を使用する、というケースが増えています。ですが、公的な場面ではまだ通称が認められないことも多いため、不便さや違和感、つらさを感じている人も少なくありません。

将也さんの両親が結婚したのは、いまから約25年前ですから、旧姓を使いたい人にとっては、いまよりもっと不便が多かったでしょう。事実婚やペーパー離婚をする人もまだ少なく、家族のなかで苗字が異なるのは、いま以上に珍しいことでした。

でも将也さんにとってはずっと、その状態こそが「ふつう」だったのです。

「僕は『一緒に暮らしていることが家族だ』と思っていたから、苗字が別であることに関して、抵抗も、違和感もなかったです。

でも、それならそれで言ってほしかったな、とは思います。僕はペーパー離婚のことを知らず、両親が結婚していると思い込んでいて、親の苗字が違う理由をほかの子から聞かれても、『うちの親は結婚してるよ』って答えていたので。

小4のとき、女の子から『結婚するには苗字が一緒じゃないといけないんじゃない?』みたいに言われて、『えっ!?』ってなりました(苦笑)。それまで間違ったことを言ってしまっていたのが恥ずかしかった。親もいつか教えようとは思っていたんでしょうけれど『遅いよ』という感じです(笑)」

いつ子どもに伝えるか?

子どもにいつ「家庭の事情」を伝えるか? これは、いわゆる「定形外家族」(「ふつうの家族」以外)で必ず話題になる、共通テーマのひとつです。

離婚家庭や再婚家庭、里親家庭等々では、「ふつうの家族」と異なる点や、その理由について、子どもに説明する必要が出てくるのですが、そのタイミングが意外と難しいのです。

隠すつもりはないものの、「あまり幼いときに話しても、わからないかも」などと思っているうちに伝えそびれ、子どもが大きくなり、言う機会を逃してしまった……、というパターンをよく聞きますが、子どもたちはしばしばそれを不満に感じています。

そのため最近は「理解できないかもしれないけれど、小さいうちから繰り返し伝える」という人が、わたしの知る範囲では増えてきたように思います。将也さんの場合も、そんなふうだとよかったのかもしれません。

将也さんは、友だちに指摘されて初めて、両親が婚姻関係にない可能性に気づきました。そこでさっそく親に「離婚してないよね?」と尋ねたところ、返ってきたのは「離婚してるよ」との答え。

「それはショックでした。それこそ固定観念ですけれど、当時は離婚イコール、マイナスのイメージだったので。よく『行列のできる法律相談所』(テレビ番組)とかを見ていると離婚の話をやっていて、離婚というのは不幸なものだ、と思っていたんです」

わたしも離婚を経験していますが、そのイメージはよくわかります。離婚(ペーパーも含む)をする本人は、婚姻を継続するよりそのほうが良い人生を送れると思って離婚を選択している(ことが多い)のですが、一般的に離婚は不幸のイメージ一色です。特に法律相談の番組は、離婚のトラブルだけ取り上げるので、ネガティブな印象がより強まります。

「でも、ショックを受けていたのは数十分です。親がそこで誠実に説明してくれたので。

『お母さんもお父さんも自分の元の苗字を使いたいから、書類上は離婚したけれど、実際にこうして仲良く暮らしているじゃないか』と言われて、確かに仲は悪くないなと。それで安心しました」

「離婚」という単語を耳にしたときは、「もしかして本当は、両親は仲が悪いのか?」と心配になり、本当に別れることまで想像してしまったそうですが、そういう状況ではないことがわかり、不安はすぐに解消されたのだそうです。

「ふつう」でありたいから制度が欲しい

現在、将也さんはW大学法学部の4年生です(取材は2018年1月)。母親の勧めもあり、ゼミは家族法を選択しました。

両親の苗字が異なることで子どもが困ることがあるかと尋ねると、「少なくとも僕の場合はゼロですね」とのこと。でも、「他人から事情を聞かれたときに、説明するのが厄介だな、と感じることはある」と言います。

「中学生の頃は、興味本位で、ちょっと悪意のある質問をしてくるやつもいたので、それは煩わしかったです。『聞いてくるんじゃねえよ』と思っていました。うちの母親は、保護者会とかで『松浦将也の母の、百瀬です』って自己紹介するから、そういう話を家で聞いていたんでしょうね」

事情の説明を求められるのは、「ふつう」ではない家族の宿命でしょうか。

みんな、頭のなかに「ふつうの家族」が色濃くあるため、そうじゃない家族を見ると、なぜそうなのか理由を聞きたくなってしまうのです。その気持ちもわかるのですが、繰り返し聞かれるほうがうんざりするのもよくわかります。

「だから僕は、夫婦別姓を選べる制度が早くできてほしいです。両親の苗字が違っても『ふつう』でありたいから。周りと差がないこと、マジョリティであることのほうが、心が落ち着く性格なので。僕はやっぱり『ふつうであること』に安心するんです」

ふつうでありたい――。ストレートな言葉に、内心ちょっとひるんでしまいました。わたし自身は「ふつうの家族じゃなくてもいい」と考えており、それはこの連載のテーマのひとつでもあります。

わたしも夫婦別姓を選べる制度ができることには賛成ですが、でもそれは夫婦別姓を「ふつう」にするためではなく、旧姓を使い続けたい夫婦にも婚姻という選択肢があっていいと考えるからです。

おそらく、その「ふつうになりたい」という気持ちは、将也さんだけでなく多くの人が、さまざまな物事について、内心抱いているものでしょう。いまの日本社会は、少数派でいるよりもマジョリティでいるほうがずっと居心地がいいことは確かです。

でも、あらゆる人が、あらゆる面でマジョリティになるという状況は、どんな制度を作ったところで、実現し得ないのでは? だったら「みんながふつうの社会」を目指すよりも、「ふつうじゃなくても大丈夫な社会、マイノリティでも居心地が悪くない社会」を目指すほうが現実的だし、汎用性が高いのでは?と思うのです。

これは一見、将也さんの考えとは反対に見えるかもしれません。でもたぶん、目指すところはほとんど変わらない気がします。将也さんも「ふつうじゃない」のを居心地悪く感じる社会だから、「ふつうになりたい」と思うのでしょう。

自分が結婚するときは同姓でも別姓でもOK

将也さんのお母さんは、選択的夫婦別姓の実現を目指して、長年活動しています。そのため将也さんは、幼い頃からその様子を見て育ってきました。

ですが将也さん自身は、自分の苗字にあまりこだわりがありません。だからいつか結婚するときは「相手の苗字に変えてもいいし、松浦のままでもいいし、そのときに制度が整っていれば、別姓でもいい」と考えています。

「もし相手が『ダンナさんの苗字を名乗りたい』って思うならその考えを尊重しますし、変えたくないっていうなら、僕が変えるのにも抵抗はないですね。画数がすごく多いとか、カッコ悪い苗字だったらちょっと嫌なので、そのときは別姓が選べるといいですけれど(笑)」

自分の母親はなぜ、そこまで別姓であることにこだわったのか? 「百瀬」という苗字にどんな思い入れがあるのか? 「正直なところ、僕には想像しきれない」というものの、「でも『こだわるのはおかしい』って言うのはおかしいですよね」と将也さんは言います。

「僕は別に苗字にはこだわらないですけれど、人ってそれぞれこだわりがありますよね。そのこだわりは、封じ込めるよりも、どうやって認めていくかを考えていくほうが、大事じゃないですか。否定するんじゃなくて、どうすれば肯定できるか?という方向で考えるほうがいい。

『こうしたい』って言っている人がいて、その人がそうすることによって、他人に害を及ぼさないのであれば、ほかの人はそれを否定する権利はないですよね。

だからやっぱり、夫婦同姓でも別姓でも選べる制度ができてほしいと思います」

これは苗字に限らず、家族の形でも、なんにでもあてはまる話かもしれません。

あくまで誰にも迷惑がかからないかぎり、どんなことだって「自分がこうしたい」と思うやり方でできたほうがみんな幸せになりますし、人生のパフォーマンスも上がるでしょう。

社会全体がそうやって、いわゆる「多様な価値観」を認めるようになっていくと、ラクになる人や、力を発揮できる人が増えていくのでは?

昨今注目される夫婦同姓・別姓の選択制度は、そんないまの社会の流れの象徴のように思えます。