2017年12月、米シカゴ・オプション取引所はビットコインの先物取引を始めた。(AFLO=写真)

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ビットコインに代表される「仮想通貨」が注目され、話題を呼び続けている。

その価格の乱高下や、決済手段としての可能性、法的規制など、ニュースになることも多くなった仮想通貨。現在の人気が「バブル」なのかどうかを含めてさまざまな議論が行われている。

最近では数百億円に及ぶ仮想通貨の流出事件が報道され、そのセキュリティのあり方についても多方面で検討されるようになってきた。

脳科学、認知科学の立場から仮想通貨を見ると、その基礎技術、とりわけ「ブロックチェーン」にはとても興味深い点がいくつかある。

まずは、「分散型台帳技術」と訳されることも多くなってきたその情報管理のあり方。ネットワーク上に分散して記録が残っているという方法は画期的なものだと言える。

例えば、AさんがBさんに1000円貸したとして、その記録は、これまではAさんとBさんの間にしかなかった。「借用証」などの書類があったとしても、それをなくしてしまったら、おしまいだった。もし、Bさんが「Aさんから1000円借りたことなどない」と言い張ったら、それを証明する責任は、あくまでもAさんにあった。

ところが、ブロックチェーンでは、「AさんがBさんに1000円貸した」という記録は、ネットワーク上に分散して残っている。このため、たとえBさんが「借りていない」と白を切ったとしても、ネットワーク上の至るところに「証拠」があるので逃げられない。

もちろん、誰かが悪意でネットワーク上の記録を書き換えることもありうる。そこで、ブロックチェーンは、複雑な計算を実行しなければそのような攻撃ができないように設計することで、安全性を保っている。

このようなブロックチェーンの性質は、言語に似ている。一つひとつの言葉の「意味」は、人間の社会の中に分散して表現されている。1人が勝手に書き換えようとしても、他の記録が存在するから、そのような攻撃は不可能なのだ。

ビットコインなどの仮想通貨における「採掘」も認知科学的に見て興味深い。

分散型台帳としてのブロックチェーンの安定性を支えるためには、膨大な計算を実行し続けなければならない。そのような計算のために「資源」を提供する人は、いわば、ブロックチェーンという「公共」のシステムを維持するために努力している人たちである。

そのような努力(「プルーフ・オブ・ワーク」)を行っている人たちが、いわば「ご褒美」として、ビットコインなどの仮想通貨をもらう。これが「採掘」である。

金やプラチナなど、価値のある貴金属を「採掘」する場合には、それなりの人力、機械力、エネルギー、資金がいる。そのことが、もともとは自然界に誰のものでもなく存在した「価値」を自分のものとする「正当化」の理由になっている。

仮想通貨の採掘への報酬も、ブロックチェーンという公共のシステムを維持するために努力している人に与えられる報酬だと考えると納得できる。ご町内を掃除してくれた人に対して、町内会から寸志を渡すようなものである。

ブロックチェーンは、言語や公共性に関して人間が積み重ねてきた文化と似ている。だからこそ、今後多少の波乱や乱高下があっても、長期的には定着していくだろう。

(脳科学者 茂木 健一郎 写真=AFLO)