「Gettyimages」より

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「働き方改革」と「富の格差」という現代社会の2つの問題は、なぜ生まれたのだろう。この2つは一見、別々の問題であるが、ある一点で同じ根っこを持っている。私の世代がまだ学生の頃は、この2つともまだ社会問題ではなかった。その頃にヒットしたある映画の話から始めてみたい。

 私の学生時代にリチャード・ギア主演の『愛と青春の旅だち』という映画が大ヒットした。1982年にロードショー上映された映画で、海軍士官養成学校を舞台に主人公の青年の成長を描くヒューマンドラマである。

 ドラマの中心にあるのは、厳しい海軍士官学校の訓練である。教官は海兵隊出身の鬼軍曹で、そのあまりに厳しい教練を通じて士官候補生には脱落者が続出していく。最小限のネタバレだけさせていただくと、この「人間の血が通っていないのか」と思われた鬼軍曹は、映画を通じて実に温かい心をもった人物であることがわかってくる。

 映画のラストで、激しい訓練が終わり、士官学校を卒業することになったリチャード・ギアたちに対して、軍曹は一人ひとりに敬礼をする。その意味することは士官候補生たちがみな士官、つまり教官の軍曹よりも地位が上の上官に育ったということだった。

 映画のストーリーを離れて解説をさせていただくと、リチャード・ギアたちが目指していたのは合衆国海軍でもエリートである将校たち。一方で教官である軍曹の所属は海兵隊。これは、実はアメリカの軍隊のなかでも極めて死亡率が高い軍であることが知られている。

 海兵隊とは要は上陸部隊だ。敵が海岸線に陣をしいて雨あられのように砲弾を浴びせるなかで、上陸船に乗って突撃していく。一定数の人員が死ぬことがわかったうえで将校たちの手で立案された作戦にのって、最前線で戦っていくのが海兵隊である。

 この映画で士官候補生たちが非人間的とも思われる激しい訓練をひたすら繰り返していく理由は、将来、彼らが戦場の前線の兵士たちを指揮する作戦に携わることになるからだという意味がある。そして現場の血を吐く苦しみを知っている者が上に立っていないと、組織が生む苦しみや辛さは、人間の限度を超えるところまで増幅していく。

●労働の厳しさの中身が変化している

 日本企業でも1980年代当時は、当然のように幹部候補生たちは現場の苦しみを一定期間かけて体験していた。東京大学を出て設計技師になるべくトヨタに入社した新人が、工場とディーラーで6カ月勤務するのも同じ理屈だ。現場を知らない者が幹部になると会社の末端ではろくでもないことがおきてしまうのを経営者たちは知っているのだ。

 今、働き方改革が叫ばれるようになっている。過労死事件が起きたいくつかの企業の現場と、80年代当時の現場は何が違うのか? ひとつ起きている変化は、現在の経営幹部が20代だったときの苦労と、今の現場の苦労がまったく違ったものになっているということがある。

「自分が20代だった頃だって、ろくに自宅にも帰ることができずに仕事仕事で明け暮れていた」と上司が言うとする。確かにその通りだったのだろう。17時を過ぎてからが営業の仕事の本番だった時代が、80年代には存在した。

 営業の仕事は毎晩が接待だという職場もあった。夜になるとまずはバブリーなフレンチレストランでクライアントを接待した後、2次会は銀座のクラブに移動。3次会、4次会までつきあって、終電後のタクシーの争奪戦にも勝利してようやくクライアントを自宅へと送り出す。そこで上司から「もう一軒、反省会やるから」と言われて別のお店に出かけて、結局解放されるのは午前3時半だったりする。

 それでも翌朝9時には出勤して、半分眠りながら会議に出たり、合間の時間は今晩行く予定のお店に電話して予約を確認したり、お店から来た請求書を社内処理に回したりと、昼間もやることはたくさんある。

 とにかく若さと体力と笑顔で乗り切れたからこそ、20代の頃に仕事の厳しさとは何かを体感できたという当時の若手が今、50代の幹部になって会社を経営しているわけだ。そんな幹部の目には、毎日残業で家に帰ることができない20代社員がいると言われても、「昔と同じじゃないか」と思ってしまうわけだ。

 しかし本質的な問題は、その中身が昔とは同じではないという点にある。同じ営業の仕事でも、現在の営業の現場では、クライアントが購入したサービスの状況がどうなっているのか週次ベースでレポートを作成して、おもわしくないような状況があれば、それがなぜ起きているのか、どのような対策を打つべきかをパワーポイントの資料としてまとめていく。そんなクライアントを、ひとりの担当者が20社もかかえている。

 昼間は一日中、クライアント訪問か社内会議である。だからそのようなレポートの作成は、移動中のタクシーの中か深夜に行う必要がある。1日に飛んでくるメールの数も100件になるので、それに答えているだけでも仕事時間はどんどん過ぎていく。どこかで手を抜かないと全体の仕事は回らないのだが、まじめな社員ほどどこで手を抜いていいかがわからない。

 つまり働き方改革の問題は、現場で起きている労働の厳しさと、上の人間が現場にいたころの労働の厳しさの中身が変わってしまったために、上の人間が現場の厳しさを理解できていないことにある場合が結構あるのだ。

●現場の苦労を知る必要がない仕組み

 さらに仕事の変化とは別の変化も起きている。80年代とは違って、経営者候補が横から転職してやってくるようになった。さらにはそのような経営幹部が設計する仕事をこなすのは、下請けの別の会社という状況が増えてきた。

 ジャーナリストの横田増生さんが潜入して書いた『アマゾン・ドット・コムの光と影』(情報センター出版局)という本がある。アマゾンの宅配倉庫での仕事がどのように行われているのかを克明にレポートした、ビジネスドキュメンタリー本の名著である。

 その宅配倉庫での仕事がどれほど厳しいものなのかは、この本をお読みいただければわかるのだが、興味深い点は、この仕事を設計したのはアマゾンの幹部社員でありながら、仕事を実行しているのは下請けの運輸会社であるという点だ。

 しかも興味深いことに、アマゾンの幹部は日本の倉庫に関して一切の指揮権を発動していない。租税を回避するための手法として、アマゾンはあくまで「日本でこういう仕事をやってくれる会社はないですか?」とお願いをする。すると日本企業が手をあげて「うちの会社でそれをやります」と、クライアント企業の期待に応えるというのが形式的には現場で行われていることなのだ。

 この構造になると、現場の仕事量がどこまで厳しかろうが、委託するだけの側にはその痛みはわからないし、わかる必要がない仕組みになってしまう。しかも入札競争でよりコストを絞ってくれる協力会社に委託することになる。そうしてコストが絞られるのは、現場で働いている現場従業員からということになる。

●アイヒマンテスト

 さて、1963年に米イェール大学の心理学者が行ったミルグラム実験というものがある。普通の平凡な市民が、一定の条件下では冷酷で非人道的な行為を行うことを証明する実験である。要は中間管理者が上司から強要されると、思考停止をして非人道的な行為も行ってしまうことを証明した心理実験だ。別命をアイヒマンテストとも言うので、ご存知の方もいらっしゃるのではないか。

 このミルグラム実験のような環境状況が成立する条件は2つある。行為をする人が権威を持つ人間から非人道的な行為を強要されることと、そしてその行為がもたらす痛みを直接にはわかっていないことだ。

 このミルグラム実験的な社会構造が、働く現場で起きている問題の本質である。そしてこの構造を保ったままでは、働き方改革が富の格差を解消することはない。

 だから働き方改革がメスを入れるべきなのは、本当は経営者に現場の痛みを体験させる法律なのではないだろうか。
(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)