ブルー・オリジンはAmazon創業者・CEOのジェフ・ベゾス氏によって立ち上げられた宇宙企業である Image Credit: Blue Origin

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 衛星通信大手のスカパーJSATは2018年3月13日、Amazon創業者ジェフ・ベゾス氏が率いる宇宙企業ブルー・オリジンとの間で、将来の衛星打ち上げにおいて、同社が開発中の「ニュー・グレン」ロケットを利用することについて話し合いを進めることで合意したと発表した。

 スカパーJSATは日本、そしてアジアを代表する衛星通信会社で、数多くの衛星を保有、運用している。衛星を宇宙に打ち上げるには、さまざまな条件に照らし合わせ、数多くあるロケットの中から最適なものを選ぶ必要があるが、スカパーJSATは世界でもトップクラスの”目利き”として知られる。

 しかし、今回将来のロケット利用で合意したブルー・オリジンは、まだロケットは開発中の段階で、もちろん衛星を打ち上げたことも一度もない。にもかかわらず、なぜスカパーJSATは同社のロケットに興味を示したのだろうか。

◆ロケットの目利き、スカパーJSAT

 スポーツや映画などが見られる衛星放送でおなじみの「スカパー!」。スカパーJSATはこのスカパー! の放送事業を手がけると共に、他の衛星通信サービス、そしてその放送や通信を支える通信衛星の運用も行っている。衛星通信を担う企業としては、日本で唯一かつアジア最大でもある。

 同社は数多くの通信衛星を運用しているが、同社は――というより衛星通信会社のほとんどはロケットをもっていないため、打ち上げる際には別途、ロケット会社と契約を結ぶ必要がある。

 しかし、「どのロケットを使うか」という判断は、きわめて難しいといわれる。

 たとえば、当然ながら安価に打ち上げられるほうがいいから、価格は重要になる。そのいっぽうで、衛星は1機あたり数百億円もするため、ロケットの信頼性、成功率も重要になる。さらに、打ち上げのスケジュールや、投入する軌道などの要望に応えてくれる柔軟性も重要視される。

 もしロケットが失敗したり、打ち上げまでに時間がかかったりすれば、放送・通信サービスの遅延、あるいは中断という重大な事態にもなりかねない。だから衛星会社は厳しい目をもってロケットを選ぶ。そしてスカパーJSATは、世界の衛星会社の中でもとくに、ロケットを選ぶ目が保守的かつ、世界一厳しいといわれている。

◆ジェフ・ベゾス氏率いる宇宙企業「ブルー・オリジン」

 そんなスカパーJSATが新たに興味を示したのは、米国の宇宙企業ブルー・オリジンだった。ブルー・オリジンは、Amazonの創業者として、そして先ごろ世界一の大富豪になったことでも知られる、ジェフ・ベゾス氏が率いる企業である。

 3月13日、スカパーJSATはブルー・オリジンとの間で、将来の衛星打ち上げにおいて、同社が開発中の「ニュー・グレン」ロケットを利用することについて話し合いを進めることで合意したと発表した(なお、ブルー・オリジン側はすでに打ち上げ契約を結んだかのような表現で発表しているが、スカパーJSAT側の発表と照らし合わせると、これはやや勇み足だろう)。

 ブルー・オリジンはこれまでに小型ロケットを開発し、何度か打ち上げも行っている。しかし、ニュー・グレン――人工衛星を打ち上げられる大型ロケットは開発中で、まだ影も形もない。

 なぜ、ロケットを選ぶ基準が世界一厳しいといわれるスカパーJSATが、衛星を打ち上げた経験すらない企業の、それもまだ開発中のロケットに目をつけたのだろうか?

◆なぜ実績のないブルー・オリジンに目をつけたのか

 この合意の意図や今後の展望などについて聞くため、スカパーJSATに取材を申し込んだが、「現時点ではお答えすることが難しい」として、回答を得ることはできなかった。そのため以下は、同社の発表文や過去の実績などをもとにした、筆者の推測であることをあらかじめ断っておきたい。

 まずスカパーJSATは、今回の合意の理由として「今後の通信衛星の打ち上げ計画に幅広い選択肢と柔軟性を確保するため」と述べている。

 実際、2020年前後には、ニュー・グレンだけでなく衛星打ち上げで最大手の欧州や、米国、また日本でも新型ロケットが続々と登場することになっている。そのどれもが低コストかつ、より高頻度かつ柔軟に衛星を打ち上げられるようになると標榜している。ただ、その中でまず真っ先にニュー・グレンに目をつけたのは、それだけ期待が高いということを示している。

 実際のところ、ブルー・オリジンは世界一の大富豪であるベゾス氏が率いてるため、倒産することはまずない。そればかりか、ベゾス氏は毎年10億ドル相当のAmazonの株を売却し、ブルー・オリジンに投入すると表明しており、今後も成長を続けることはまず間違いない。

 また、新興企業とはいえ、他社から経営面、技術面で経験豊かな人材を引き抜いており、それもあってかニュー・グレンの開発も、比較的順調であることが伝えられている。

 つまり、ブルー・オリジンは信頼・安心できる要素が多く、それゆえにニュー・グレンが(多少の遅れなどはあったとしても)完成する可能性も高いと判断できる。

◆「我々は利潤を追求する民間企業」という姿勢

 スカパーJSATが実績のない新型ロケットを採用するのはこれが初めてではない。

 2013年には、イーロン・マスク氏率いるスペースXに提案要求書(「こういう衛星を、こういう条件で打ち上げたいが可能か?」といった問い合わせ)を送り、2014年には契約を締結。2016年には打ち上げに成功している。

 2013年の時点で、スペースXはまだ商用の通信衛星を打ち上げた実績がなかった。そのため、そんな企業に提案要求書を送ったことに対して、「あれほど保守的なスカパーJSATがなぜ?」という声も聞かれたという。

 これに対しスカパーJSATは、日本航空宇宙工業会の会報『航空と宇宙』に寄せた、この打ち上げの顛末について書いた文書の中で「我々は利潤を追求する民間企業です。新しいから、実績が無いからといって、彼らの破壊的価格にあえて背を向ける選択肢は、我々の頭の中にはありませんでした」と語っている。

 ブルー・オリジンもまた、スカパーJSATをはじめとする衛星会社にかなり安価な価格を提示していると考えられる。ニュー・グレンの価格は公表されていないが、ある関係者によると、同じ打ち上げ能力で比べた場合、スペースXよりも安価な金額を提示しているという。

 この価格が、打ち上げ初期ならではの割引価格なのか、それとも割引なしの価格なのかはわからないが、いずれにしても安価かつ魅力的であることは事実である。

◆情報のオープンさ、柔軟性も影響か

 また、スカパーJSATはスペースXとの契約締結までに、同社のロケット工場や試験場、発射場を視察し、評価した上で契約を交わしている。つまりそれだけスペースXも協力的だったということだが、ブルー・オリジンもまた、つまびらかに情報を開示しているか、する姿勢を示しているのだろう。

 もうひとつの要因として、価格的に競合するスペースXは、これまでに受けた打ち上げ受注が積み上がっており、またロケットの失敗もあって打ち上げ予定も遅れている。そのため、前述のロケットを選ぶ条件のひとつである、スケジュールの柔軟性が失われている。つまり今から「いついつまでに衛星を打ち上げたい」と注文を出しても、実際の打ち上げまでかなりの時間待たされるか、あるいは優先的に打ち上げてもらうためにオプション料金を支払わなくてはならない可能性がある。

 そのため、後追いとはいえ、ブルー・オリジンには現在、大きなチャンスが訪れている。

 スカパーJSATがブルー・オリジンと今回の合意に至った理由として「選択肢と柔軟性の確保」を挙げているのも、まさにこのことが影響しているのかもしれない。

 ブルー・オリジンはこれまでに、フランスの大手衛星通信会社ユーテルサットや、宇宙インターネットの展開を目指すワンウェブなどとも契約を結んでおり、今回スカパーJSATからも選ばれたことで、今後、さらに受注が加速するかもしれない。

◆なぜ日本のロケットは選ばれないのか?

 ところで、実はスカパーJSATは、日本企業でありながら、日本の三菱重工のロケットを使ったことがほとんどない、ということは書いておかねばならない。

 昨年、三菱重工のH-IIAロケットでスカパーJSATの衛星が打ち上げられてはいるが、これはPFI方式で防衛省から運用などを委託された防衛用通信衛星であり、官需衛星は日本のロケットを優先するという前提があるので、純粋な意味での商業衛星の商業打ち上げではなかった。これを除けば、スカパーJSATの衛星はこれまですべて、欧州や米国、ロシア、ウクライナのロケットで打ち上げられている。

 スカパーJSATがなぜ、打ち上げまでの調整や意思疎通がしやすいはずの、同じ日本の三菱重工のロケットを使わないのか。その理由を、同社は公には口にしたことはない。

 ただ、前述のように、衛星会社がロケットを選ぶ基準としては、価格と信頼性、そしてスケジュールの柔軟性が重要視される。このうち信頼性については、現時点で日本のロケットは世界的に高く評価されている。したがって、価格か柔軟性、もしくはその両方の点から選ばれることがなかったと考えることができる。

 実際のところ、H-IIAロケットが他の同性能のロケットより高価であることは三菱重工自身も認めており、とくにファルコン9や、(まだ登場していないが)ニュー・グレンと比べると大きく水をあけられている。また、発射場などの問題から、H-IIAロケットは2か月に1回程度の頻度でしか打ち上げられず、さらに情報収集衛星などの官需衛星の打ち上げ需要が多いこともあって、打ち上げ時期の柔軟性も低い。どれくらいの程度かはわからないが、スカパーJSATがかたくなにH-IIAを使わないということは、それだけ深刻なものと見ることができる。

 ただ、三菱重工は現在、JAXAと共同で新型ロケット「H3」を開発中で、ニュー・グレンと同じ2020年ごろのデビューを予定している。打ち上げ能力ではやや劣るものの、標準的な通信衛星なら十分に打ち上げられる能力をもち、価格も現行のH-IIAの約半額を目指すとされ、製造工程の見直しなどで打ち上げ頻度も高まる見通しである。

 はたしてその性能は、ロケットの目利きであるスカパーJSATの御眼鏡に適うものになるのだろうか。そしてブルー・オリジンなどと共に、同社の選択肢のひとつになることはできるのだろうか。

<取材・文/鳥嶋真也>
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行っている。著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイト: http://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info(https://twitter.com/Kosmograd_Info)

【参考】
・スカパーJSAT株式会社 - 宇宙開発企業ブルー・オリジン社との合意書締結について(http://www.jsat.net/common/pdf/news/news_2018_0313_jp.pdf)
・Blue Originさんのツイート: “We continue to fill our #NewGlenn order book - we are honored to sign an agreement w/ SKY Perfect JSAT to take their geostationary satellite to orbit.… https://t.co/oo6ZzHShyA”(https://twitter.com/blueorigin/status/973291389864890368)
・Blue Origin | New Glenn(https://www.blueorigin.com/new-glenn)
・スペースXでの衛星打ち上げに関して(http://www.sjac.or.jp/common/pdf/kaihou/201607/20160703.pdf)
・宇宙・衛星事業 | スカパーJSAT株式会社(https://www.sptvjsat.com/business/satellite/)