熟年パパたちが注意すべき点とは?(写真:Yagi-Studio / iStock)

育児する男性の称号として「イクメン」という言葉が登場したのは、2006年のこと。広告代理店の博報堂社員によるこの造語、「イクメンという言葉を社会に浸透させることで父親の子育てを活性化していこう」という取り組みから生まれました。
それから10年後、2016年に40歳以上の女性が産んだ子どもの数(出生数)は、5万4875人(厚生労働省の人口動態統計より)。2005年の2万0348人に比べて倍以上の出生数のため、おそらく熟年パパの数も増えているのはないでしょうか。
一方、少子化が進む時代の中でも、私立中学の生徒数・学校数は共に増加を続け、中高一貫教育を行う学校も昨年より10校も増えています。東京では中学生の4人に1人が国・私立校の生徒であり、2018年度に東京都教育委員会が公表した統計によると、都内の公立小学校卒業生の17%が国・私立中学に進学しています。子どもの教育熱が高まる今の時代、収入もキャリアも一定のものを築いている熟年パパたちが注意すべき点とは? 育児・教育ジャーナリストのおおたとしまささんに「熟年パパの子育てのメリット・デメリット」についてお話を伺いました。

人生経験もおカネもあるが…

子どもの習い事の最新事情や受験戦争、子育て中のパパたちの葛藤などを見つめてきたおおたさんは、「熟年パパたちの子育ては、どちらかというとメリットが大きいのでは」と話します。

「私の場合は28歳で第1子が生まれましたが、人生経験も浅く、自分のことで手一杯な時期でした。親になる全体像も見えず、現実味も当事者意識も薄かったように思います。逆に、マネジメントをはじめ、さまざまな仕事や人生の経験を積んだのちに子を授かれば、最初から親として高い視座を持つことができるでしょうし、精神面に加え、収入面にも余裕がある。子どものわがままや自己主張も、成長の証として、達観して見つめることができるはずです。そうした意味合いでは、マイナスは体力面のみだと感じますね」

感情のコントロールができるようになり、若い頃のように「遊びたい欲求」もなくなる時期。熟年パパ本人が落ち着いているため、落ち着きある子どもに育てることができるそうです。

「ただし、経済的にも余裕があることで、必要以上に甘やかし、おカネをかけ過ぎる点には注意が必要ですね。子どもの習い事にかける費用は、近年の平均値では減少していますが、おカネがある人たちにそれは当てはまりません。彼らの問題は、教育の選択肢がたくさんあることで、逆に、選び取ることへの真剣さが薄れていること。いろいろな機会を与えているように見えても、子どもの将来を考える機会を先延ばしにしているだけなのです。受容量を超えた教育を与えれば、子どもを追い詰める教育虐待にもつながりかねない。あれもこれもではなく、『子どものために必要なこと』をしっかり考え、選ぶことが大事です」

また、少ない収入でやりくりする若い夫婦と違い、「生活に追われる時期」を過ぎている状況なので、子どもにとっては、親の苦労を肌で感じることができず、生きていくことの大変さを実感しにくい環境とも言えます。

「熟年パパの家庭は、潜在的に『子どもに我慢を教えられない環境』がある可能性も高いですね。また、人生経験が豊富なことから、子どもが辛い思いや痛い思いをしないように先回りし、成長の機会を奪ってしまうケースも少なくはない。甘やかすのと甘えさせるのは違うので、どこで手を差し伸べるのかをコントロールしていくことが必要です」

一方、収入だけでなく、キャリアも一定のものを築いているのが40代です。自分の仕事さえこなせばいい若手とは違い、責任範囲そのものが大きくなるため、家庭と仕事の板挟みで葛藤する一面も。特に、共働きの場合、夫婦の危機に直面する可能性もあるそうです。

自分だけでなく、妻のキャリア問題も

働き盛りの40代には、管理職などのポジションについている人も多く、仕事より家庭の事情を優先することは難しい時期と言えるでしょう。

「出世競争における勝負時であり、今後の評価に大きくかかわるタイミングでもありますから、子育てに積極的に関与しようとするほど葛藤は強くなります。家庭と仕事の板挟みになる人も少なくはないですね。また、共働き夫婦にはさらなる問題が起きます。20代で出産した夫婦の場合には、妻が育休や退職で仕事を離れたとしても、失うキャリアはまだ小さいもの。一方、40代の共働き夫婦は、妻もそれなりのキャリアを築いていることが多く、失うものも大きい。特に高学歴同士の夫婦の場合、『なぜ自分だけがキャリアを手放さねばならないのか』となり、どちらが育休を取るかで揉めるケースが多く見られますね」

この年齢で休職や退職をすれば、復帰が難しいのは妻も同じ。保育園問題から、学童保育を探す小1問題、時短勤務から外れ、学童も終わる小4問題まで、一緒に乗り切る努力をせずに妻に任せきりにすれば、子育てがひと段落する頃に見放される可能性も高いそうです。

「今の40代は、昭和の働く親父を見てきたのち、男女平等や夫婦共働きが当たり前になる過渡期を過ごしてきました。そして、『イクメン』が推奨されるようになった最初の世代であり、ロールモデルがない中、草分けにならねばならなかった世代でもあります。周囲を見回せば、その時代に子育てを経験してきたパパたちも多くいると思うので、彼らに直接、どのようにしてきたかを聞くのもいいですね。いずれにしても、21世紀になってからは男性の子育てに対する考え方は大きく変化し、『手伝うよ』という言葉はすでにNGになっています。初めての子育てでは、誰もがわからないことだらけですが、40代には体力はなくても知恵がある。もっとも手がかかる幼少期の子育ての時期に、妻の気持ちをちゃんと汲み取り、主体的にコミットする意識を持って乗り切りましょう」

子育ては、仕事で言えば「新規事業の立ち上げ」のようなものだそう。これまでの業務と合わせ、両方を同時に回そうとすれば大変ですが、「30代までバリバリ働いてきた成果を“貯蓄”ととらえれば焦りもなくなるはず」と、おおたさんは話します。

「子育てで新たな視点を得れば、スキルアップやその後のキャリアアップにもつながるはずです。一定期間は、新規事業への資本投下と考え、時間も力も惜しまずに取り組むこと。自分自身の今後のためにもなりますよ」

また、熟年パパ世代にはもう1つの共通点があり、それが子どもの教育問題に影響を与えている面もあるそうです。

グローバル化、IT化のプレッシャー

熟年パパ世代は、第2次ベビーブーム前後に生まれた世代でもあります。学歴社会に揉まれ、就職でも苦労したのちに、リーマンショックも直撃。「いい大学に入れば一生が見えた時代」は終わり、自分もいつリストラされるのかわからない環境の中で働き続けてきました。

「学歴があるのは当たり前。そのうえ、世の中全体でグローバル化とIT化が進む中、英語が話せずにチャンスを逃して悔しい思いをしたり、業務の中で新たなツールを使いこなすことに苦労したり、プログラミングに対する知識がないことにプレッシャーを感じたり。彼らは、『英語もできて、ITも使いこなせて、コミュニケーション力もあって当然』という、実に多様なスキルが求められるようになる過渡期にも直面した世代なのです。一方、後ろからやってくる若い世代には、専門職でなくてもプログラミングができたり、英語が話せたりする人材も増えました。今現在も、上と下からプレッシャーを浴び続け、焦りを感じているために、子どもに対しても『あれもこれも将来に必要』と考えてしまうのでしょう」

自分が実社会で味わってきた経験から、子どもの身を案じ、勉強はもちろんのこと、習い事をどんどんプラスしていく傾向にある熟年パパ世代。しかし、おおたさんは、「“生きるスキル”と“生きる力”は違う」と話します。

「英語もプログラミングもただの“スキル”であり、求められるものは時代によって変化します。予測不能な世の中ですし、これから先には、スワヒリ語が必要になる未来もあるかもしれない。だからこそ、子ども自身が自分の目で先を見て、考え、実行していく力があることが重要なのです。スマホにアプリをインストールするような感覚で、スキルを付加しようという考えでは、本当の意味での“生きる力”は身に付きません」

そこで注目したいのが、ここ数年のアメリカの教育で重要視されている「グリット」。才能やIQの高さよりも必要な、“生きる力”なのだそうです。

“やり抜く力”が“生き抜く力”になる

「グリット」とは一体何なのでしょう。困難なことにチャレンジし、逆境にも打ち勝つ「度胸(Guts)」、挫折しても立ち直る「復元力(Resilience)」、自ら率先して行動する「自発性(Initiative)」、目的・目標に向かってやり抜く「執念(Tenacity)」。このすべての頭文字を合わせたものが「GRIT」です。つまりは、努力・根性・忍耐・情熱などを総合した、“やり抜く力”のことで、アメリカでは、“もっとも成功に必要な力”として注目されています。

これは、ペンシルベニア大学の心理学教授・アンジェラ・ダックワース氏が米国陸軍士官学校やグリーンベレーとの共同研究で出した結論であり、「人生で成功するには、IQの高さや天賦の才よりも、グリットのほうが重要であること」を科学的にも裏付けています。同氏はこの研究により、アメリカでノーベル賞と同等の位置付けにある「マッカーサー賞」も受賞しました。

「これからの時代、最低限の体力や知力は大前提ですが、そこにグリット、つまり、“やり抜く力”が必要だとされています。中学受験や習い事に必死になり、高い学歴やスキルを身に付けさせたところで、複雑な世の中を生き抜く力にはつながりません。サッカー教室でもプログラミング教室でもなんでもいいので、『何かに一生懸命に取り組み、壁を乗り越える経験』をさせることが大事です。小さな成功体験を積ませていけば、やがて子どもはグリットを得ることができるのです。また、私はこれに加えて、『自分にはできないこと』ができる人と仲良くする力も必要だと考えています。自分とは異なる性質を持つ人々と協働できれば、1人ではなく、チームの一員として一緒に生き抜くことができますから」

もちろん、親ができることは限られているもの。だからこそ、「親自らが手本を示してほしい」とおおたさんは話します。


育児・教育ジャーナリストのおおたとしまささん(筆者撮影)

「ハイリスクな世の中を生きることが前提だとするなら、もっとも身近にいる親が表面的な学歴やスキルにとらわれ、安定志向の生き方を最善とすれば、悪いお手本にもなりかねません。『虫の目、鳥の目、魚の目』という言葉がありますが、これは『細部を見て、大局を俯瞰し、流れを読む力』のことであり、これこそが“学歴”では測ることができない“教養”であり、また、生き抜く力でもあると言えるでしょう。子どもにその力を身に付けさせるためには、『安全・無難』な環境を与えるより、手本となる親自身が勇気を持っていろんなチャレンジをしていくことが大事ですね」

多様な過渡期を経験してきた熟年パパたちは、現在、スキルも、知恵も、おカネも、社会的な立場も、ある程度のものを手にしているはずです。そうしたベースを強みとして生かしながら、子どもにとって必要なことを考え、与えるべき教育を選ぶことはもちろん、自らこの不安定な世の中を生き抜こうという意識を持つことも必要だと言えそうです。

(編集協力:ストーブ)