卵焼き。鶏卵をかき混ぜて味をつけたものを焼く。写真は『栄養と料理』1978(昭和53)年3月号表紙掲載のもの。


 1935(昭和10)年創刊の月刊誌『栄養と料理』(女子栄養大学出版部刊)の2号目から付録についたのが1枚の小さなカード「栄養と料理カード」。健康に留意したおいしい料理が誰でも作れるように、材料の分量や料理の手順、火加減、加熱時間、コツなど納得のいくまで試作を重ね、1枚のカードの表裏に表現。約10×13cmの使いやすい大きさ、集めて整理しやすい形にして発表した。
 この「栄養と料理カード」で紹介された料理を題材に、『栄養と料理』に約30年にわたり携わってきた元編集長が、時代の変遷をたどっていく。

「巨人・大鵬・卵焼き」は、戦後の高度経済成長期、昭和40年前後に子どもも含めた大衆に人気のあるものの代名詞として語られた流行語。養鶏技術の飛躍的な進歩によって安定供給がなされ、卵は物価の優等生になった。そして卵焼きはお弁当のおかずの定番に。

 当時は東京でも庭で鶏を飼っている家があり、生みたて卵を食べるのは珍しいことではなかった。私自身、池袋の隣町の板橋町で過ごしていたが、親にねだって縁日で買ってもらったひよこが成長して卵を産むようになり、それを卵かけごはんにして食べた。えさは、庭のハコベなどの雑草類と、八百屋さんからもらった葉っぱで、細かく刻んで与えた。東京はのどかだった。そのころ、卵は、乾物屋さんでもみ殻に入って売っていた。

 一口に卵焼きといっても、関東の甘味をきかせた厚焼き卵と、関西のだしの風味をきかせた甘味を加えないだし巻き卵では、加えるだしと調味料の分量が異なる。ふり返ると、東京で発行している『栄養と料理』では、厚焼き卵の登場回数が多く、基本調理でも厚焼き卵を取り上げている。

 東京生まれの私が作るのは、もちろん厚焼き卵。だしの代わりに牛乳を加え、味つけは砂糖としょうゆ。洋風卵料理には牛乳を使うが、和風にも合うと思ったからだ。これは20歳代のときから。実際にふっくらと仕上がる。中に青のり、シラス、青菜のみじん切りをそれぞれ入れれば“変わり厚焼き卵”の完成。お弁当のおかずにも彩りを添え、変化が出る。

「卵焼き」は総称で、雑誌では複数の卵料理を紹介している。

「栄養と料理カード」にまず登場するのは戦中の1944(昭和19)年。戦時下の食糧配給制で、卵も砂糖も入手しにくかったはず・・・。

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戦時中は乾燥卵を温湯で戻して――昭和19年

『栄養と料理』1944(昭和19)年2月号の表紙と「栄養と料理カード」。乾燥卵は40〜60℃の温湯を加えて15〜20分おいて戻してから使う。


 乾燥卵を戻して作る卵焼き。乾燥卵は、日本では1936(昭和11)年以降の特許公報で確認できる。世界的にも軍隊用の携帯食として重宝されていた。卵は栄養価が高く、料理の用途も広いが、携行も保存も困難。それを乾燥させれば汎用性が高い。食品加工技術は軍用目的を機に発達したともいえる。

 単位の表記は尺貫法とメートル法が混在して分かりにくいが、当時の乾燥卵は8gで生卵1個分に相当する。分量の温湯を加えて15〜20分放置して戻し、泡立て器で攪拌してから調味する。

 このようにして作る厚焼き卵は、卵の弾力性や風味など生卵となんら遜色がないのだろうか。しっとりと味わいよく仕上がるのだろうか。味わってみたいものだ。乾燥卵は、戦後はふりかけや即席卵スープ、卵粉末、サプリメントなどに発展し、私たちの口にも入っている。

実はすり身の入った伊達巻き――昭和30年

1955(昭和30)年4月号。絵から巻きすで巻いて仕上げているのが分かる。味の素の広告も。


「卵やき」と称して紹介しているが、卵液に白身魚のすり身を合わせ混ぜて焼いた「伊達巻き」といえる。今ではお正月にならないとあまり登場しないが、4月号なので花見のお弁当におすすめのものとして紹介したのだろう。当時は、手間のかかる伊達巻きも家庭で作る余裕も腕前もあったのだろう。が、抜け道として、「すり身は入れなくてもよいが卵1個に対して大匙1が適量」と明記してありホッとする。

 表面の材料表に水と味の素が併記してあるが、裏面の作り方で「だし(叉は水と味の素)」とあり、わざわざだしをとらなくても水と味の素で代用できると簡便な方法を示す。味の素がよく使われていた時代だ。

 調味は、卵1個(50g)にだし大匙1(15g)、しょうゆ小匙1/2(3g)。これはこの後にも紹介する厚焼き卵の基本割合。だしは卵の30%、しょうゆは塩分で卵の1%見当。

 注意書きに卵焼き器の“油ならし”は「卵焼き器を火にかけ、たっぷりの油を入れて充分に熱し、油をもとに戻し、余分の油をふきとって熱し」とある。この“油ならし”は、銅製や鉄製の卵焼き器やフライパンを使うときのポイントになる。油のふき取りには古布を用意しておく。たっぷりの油を入れて熱し、それを空けて余分の油は古布で拭き取り卵液を流す。次の卵液を流すときも、油布で拭いてから流して焼き上げる。

 現在は、フッ素樹脂加工などで表面をコーティングした卵焼き器やフライパンが広く普及し、“油ならし”の調理工程も必要がなくなった。耳慣れない言葉になった。

厚焼き卵と具入りのふくさ卵――昭和45年

1970(昭和45)年12月号。卵は流動性があり、加える材料によって形を変えることができる。


 切り分けて断面を上にした厚焼き卵と、せん切りにして味つけした野菜や肉を加えて四角く焼いて切り分けた「ふくさ卵」を紹介している。

 厚焼き卵の味つけはしょうゆと塩の2種を使い、合わせて卵の1%にあたる塩分で仕上げている。ふくさ卵は野菜や豚肉をせん切りにして炒めて味つけし、卵液に加えて卵焼き器に流し、ふたを使って上下を返して焼いたもの。ほかに鶏ひき肉や豆腐、にんじん、干ししいたけ、さやえんどうなどで作る「千草焼き」、ウナギのかば焼きを芯にして巻いた「う巻き卵」などもある。

 具の入った卵焼きはボリュームもあり主菜にもなるので、経済料理ともいえる。

甘味を加えないだし巻き卵、「甘い」「やや甘い」厚焼き卵2種――昭和47年

1972(昭和47)年12月号。だし巻きは焼き色を付けない。厚焼き卵はおいしそうな焼き色が付いている。


 だし巻き卵と甘味の異なる厚焼き卵2種を紹介している。砂糖には卵焼きをしっとりとさせ、つやよく仕上げる役割があるほか、保存性を高める役割もある。甘味の強い厚焼き卵は日持ちし、おすしやお正月の重詰め用にも向く。ここでは砂糖とみりんの両方を使う方法を紹介している。

 だし巻き卵は卵に対してだしが40〜50%も入り、しょうゆは色づかないようにうす口しょうゆを使う。だしのうま味が濃く、あっさりとした味わいとなる。

 いずれにしても卵に加える液体量が多くなるほど、卵液が薄まるので巻きにくくなり形がとりにくくなる。料理の技術力が必要。作り慣れるに限る。

シンプルな料理だけあって出来栄えに差も

 昭和の終わりから平成に入ると、だしの代わりに牛乳を使う方法、フライパンで作る方法、また2人分を卵2個で作る厚焼き卵も紹介される。だしあるいは牛乳の分量は卵の30%と同様だが、砂糖は卵の5〜10%、塩は卵の0.3%、しょうゆは数滴と風味程度になり、甘味とともに塩分も減っている。

 卵焼きは身近な材料で手軽に作れるが、シンプルな料理だけに出来不出来が一目瞭然。

 混ぜ方は、ボールに卵を割り入れ、菜箸で卵白を切るようにして箸先をボールの底につけて泡立てないようにときほぐす。調味料はだしにとかしてから混ぜると均一に混ざりやすい。

 焼き方は、(1)卵液の3分の1の量を入れ、半熟状になったら箸でくるくると巻き、手前に寄せる (2)空いたところに油を塗り、卵液の残りの半量を流して同様に半熟状になったら巻く (3)残りの卵液を流し入れて焼く (4)巻き簀で巻いて形を整える、というもの。この手順によって、卵が均一に混ざり、内側は流れない程度に火が通っていて、外側はうっすらと焼き色がついた厚焼き卵ができる。

 切り口を見て、層が1枚ずつ離れているのは焼きすぎ。卵が半熟状のときに巻かないとなめらかな層にならない。一方、部分的に生のところがあるのは焼き方が足りなく、卵液がやわらかいと形もくずれやすく、卵臭さも残る。卵焼き器を充分に熱さないで卵液を流し入れると、卵液がくっついて剥がれにくい。火が強すぎると焦げて、口当たりもよくない。

 最後に、肝心なのは、卵は余熱でも凝固することを忘れないこと。卵焼きでもオムレツでもスクランブルエッグでも、あと一歩というところで鍋を火から下ろすと、食べるときにはちょうどよい火の通りになっている。外側は焼けていて、中はやっと固まっているくらいの軟らかさのほうが、しっとりしておいしい。

鍋の進歩で卵焼きも作りやすくなり・・・

 わが家はフッ素樹脂加工の卵焼き器を愛用している。そのおかげで油の使用量も少なく、料理技術のない家族でも、卵液を焦げつかせることなく、厚焼き卵を作ることができる。卵液を半熟状ですべらせ、箸で巻くことができ、形よく仕上げられるのだ。

 多少は形は整っていなくても、完全に火が通る一歩手前でアルミ箔(巻き簀の代用)の上にとり出す。そのアルミ箔をきっちり巻いて形を整え、余熱で形が整う。そして冷めたころに好みに切り分ければ厚焼き卵の出来上がり。じつにありがたい鍋だ。

 みなさんのご家庭にあるのはプロが愛用している銅製の卵焼き器だろうか。それとも表面がコーティングしてある卵焼き器だろうか。料理ビギナーでも形よくできる道具で、料理を作る楽しさを味わってはいかがだろうか。

筆者:三保谷 智子