長野県が推進する「出生率1.84作戦」とは? 阿部守一知事(左)は、豊かな自然を生かした「信州力」を強調する(編集部撮影)

少子化の最大の原因は、長年にわたって地方の若者が減り続けてきたことにある。とりわけ東京圏への一極集中の度合いは高まるばかりだ。東京圏では転入数が転出数を上回る「社会増」が22年も続く(2017年時点)。一方、大阪圏や名古屋圏では「社会減」が5年間も続く(同)。東京圏が他の大都市圏からも若者を吸い上げる現状が浮き彫りになっている。
だが東京圏では生活コストが高いうえ、企業活動が活発なために長時間労働が当たり前だ。子育て環境の整備もなお遅れている。その結果として東京圏に吸い上げられた若者の未婚化・晩婚化がいっそう進み、少子化に歯止めがかからない。安倍晋三首相は少子化を「国難」といっているが、その認識は正しい。日本は今、少子化という危機のなかで「ゆでガエル」の状況にある。こうした日本の未来を考えるうえでどうすればいいのか。少子化対策で先進的な取り組みをしている自治体の1つ、長野県知事・阿部守一氏との対談を、2回に分けてお届けする。

国も地方も人口減少社会を前提にした制度設計が必要

中原:私は自分の子どもたちの世代が少しでもマシな世の中を生きてほしいと思い、少子化対策をライフワークの1つにしています。2017年に世界的な建機メーカーであるコマツの坂根正弘相談役と少子化問題についてインタビューをしたとき(当コラムで2回にわたり掲載「日本が少子高齢化を止める唯一の方法とは?」「『田植え』はこれから不要になるかもしれない」)に、坂根さんは「コマツは少子化に対して頑張っている地方自治体を応援する。長野県や北九州市などは頑張っているよね」という話をされていました。まず、東京圏への一極集中と少子化の現状をどのように認識しているのかお伺いします。


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阿部:長野県に限らず、日本全国では長い間、地方から東京へ若者が出ていく状況が続いてきました。そのため、過疎地域の問題や学校の統廃合など、地方ではすでにその影響が目に見えるようになり、少子化への危機感は相当高まっています。そうしたなか、「政府が地方創生に取り組むという旗を立てて、石破茂・元地方創生担当大臣のもとで地方の人口減少と少子化は憂慮すべき問題だ」と示していただいたのは、大変ありがたいことだと思っています。

以前はさまざまな計画が人口は右肩上がりで増えていくという前提で進められていたので、政府が示した問題提起のおかげで地方全体がそのような考えは間違っていると認識できた効果は大きかったと思います。

私たちは、少子化やそれに伴う人口減少が何十年にもわたって続くことは避けられないだろうと覚悟しています。日本人の出生数は統計データの残る1899年以降、2016年に初めて100万人を下回りましたが、2017年以降も出生数の減少傾向が止まらない見通しにあるからです。出生数の減少要因は出産適齢期の20代〜30代の女性人口の減少が大きな要因ですから、今から数年で出生率が奇跡的に2.0や2.1に上がったとしても、30年〜40年以上は人口が減り続けるという状況は変わらないのです。ですから私たちは、国も地方も含めて人口減少社会を前提にした制度設計をしていかなければいけないと考えています。

中原:政府は出生率を1.8程度にまで回復させることを目標に掲げているのですが、残念なことに、政府がこの目標値を達成したとしても、出生数は意外なほどに増えませんからね。たしかに、30年後、40年後に少子化をピタリと止められるような「魔法の杖」はありません。とはいっても、たとえば出生率を1.6や1.7に上昇させたまま維持することができれば、将来の成年人口は数百万人単位で上振れさせることができます。現時点で新生児が年70万人台になるといった推計に対して、今から出生率を上げることで80万人〜90万人台を維持することは十分に可能であると思います。

さらには、30年後、40年後の年齢別の人口構成比を変えることもできます。状況が劇的に改善するわけではありませんが、悪くなる度合いをできるだけ緩和する方法を考える必要があるわけです。日本社会は「少子化がさらなる少子化をもたらす悪循環」に陥っていますが、このまま何もせずに放置していたら、もっとひどいことになってしまいます。今からでも、少子化のスピードを少しでも緩めることはできるはずなので、一つひとつできることからやっていくしかないのです。何しろ、少子化のスパイラルを止めなければ、日本には極めて悲惨な未来しか待っていないのですから。

長野県の「出生率1.84作戦」とは?

阿部:おっしゃるとおりです。ただ座して成り行きを見守るのではなく、積極的に少子化に歯止めをかけていく取り組みをしていくことが非常に重要であると考えています。そういう観点から、結婚を希望する方は結婚してもらい、出産したい方には出産してもらえるようにすれば、出生率は1.84までは上がるだろうという目標を設定して、いろいろな試みを進めているところです。


阿部守一(あべ しゅいち)/1960年生まれ。東京大学法学部卒業後、自治省(現総務省)入省。長野県副知事や横浜市副市長などを経て、2010年長野県知事に就任。2014年再選、現在2期目(編集部撮影)

まず、入り口である結婚支援ですが、市町村や民間団体、企業などと連携して「長野県婚活支援センター」を設置し、「オール信州」で婚姻件数を増加させる拠点としています。そして若者の婚活を応援する「婚活サポーター」として多くの県民のみなさまにボランティアで登録をしていただき、「今ではこんなことも行政がやるのか」というところまで踏み込んだ取り組みをしています。また、結婚希望者のプロフィールをデータとしてまとめ、居住地域・身長・体重・学歴・年収・親との同居など、自分の希望する結婚条件に合う異性を検索できるマッチングシステムも導入しています。

次に、子育て支援策ですが、子育て家庭の経済的負担をなるべく和らげるという目的で、医療費の助成対象は各都道府県と比較してもかなり充実させています。県では中学校卒業まで所得制限なしで医療費の支援をしていますし、市町村によっては高校卒業まで対象としています。

それから、これは少し角度が違うのですが、メディアを通じた報道では子育てについてネガティブな情報のほうが出てしまう傾向があります。そこで13県の若手知事で将来世代を応援するために結成した「日本創生のための将来世代応援知事同盟」において、子育ての楽しさとか家族の良さとかをもっとしっかり情報発信していったほうがいいと考え、長野県が提案して11月19日を「いい育児の日」と定め、記念日協会にも登録して、2017年からスタートさせています。

長野県の出生率は1.59(国全体は1.44)まで、わずかずつではあるものの上がってきていますが、社会全体で子育てを応援する環境づくりが重要ですので、これからはもっと上げていかなければならないと頑張っているところです。

中原:私は少子化の大きな流れを止めるためには、「大企業の本社機能の地方への分散」しかないだろうと考えています。本来は、大企業の本社そのものが地方へ移転することが理想ですが、落としどころとして地方への分散が現実的であるとの妥協点を見いだしているのです。大企業が地方で良質な雇用をつくる努力をすれば、それだけで効果的な少子化対策になるのに加えて、若者の地方からの流出が緩和されることも十分に期待できるわけです。

2011年にコマツが本社機能の地方への分散を進めていることを初めて知ったとき、少子化を緩和すると同時に地方の衰退を止めるには、コマツの取り組みを多くの大企業が見習う必要があると直感しました。現に、コマツの本社機能の地方への分散は、少子化対策としてはっきりとした数字を残しています。同社の30歳以上の女性社員のデータを取ると、東京本社の結婚率が50%であるのに対して石川県のオフィスが80%、結婚した女性社員の子どもの数が東京は0.9人であるのに対して石川は1.9人と、掛け合わせると子どもの数に3.4倍もの開きが出ているのです(東京0.5×0.9=0.45:石川0.8×1.9=1.52 ⇒ 1.52÷0.45=3.38)。石川は物価が東京よりもずっと安いし、子育てもしやすい環境にあるので、これは当然の結果といえるでしょう。

とりわけ私が大企業の経営者と話をするたびに実感しているのが、東京圏の大企業に勤める出産適齢期の20代〜30代の女性の結婚率の著しい低さです。企業によっては50%を割り込むところも珍しくはなく、大企業に勤める女性が東京圏全体の結婚率、ひいては出生率を大幅に引き下げている可能性が高いのです。結婚率が50%とすれば、出生率を2.0にするには子どもを4人産まなければならない計算になります。このような大企業に働く女性の状況を改善しないかぎり、出生率を大幅に引き上げるなんてとても無理な話なのです。

その点、長野県が行っている大企業の本社機能や工場の誘致は他県よりも進んでいると伺っていますが、どんな仕組みになっているのでしょうか。

23区から本社機能移転なら、法人事業税3年間95%減額

阿部:確かに、日本ほど首都に一極集中している国というのは世界に例がないわけですが、その弊害が少子化という問題として日本の将来をとても危うくしていると思っています。そういった意味では、長野県でも大企業の本社機能の移転について強力に支援する制度を設けています。本社機能には管理部門のほか、もちろん研究開発拠点なども含めています。

国が法人税の優遇制度をつくっていますが、長野県では東京23区から本社機能を移転した企業に対して、県税である法人事業税と不動産取得税について全国でトップレベルの減税制度を用意しています。とくに法人事業税については3年間にわたって95%を減額する措置を設けています。さらには、市町村にもご協力いただいて、固定資産税の減額措置も設けています。

国の法人税の優遇制度は大規模な移転しか対象にならないのですけれども、長野県は小規模な移転に対しても県独自の助成制度を創設し、大企業の場合は9人以下、中小企業の場合は4人以下の移転でも助成の対象にしていまして、長野県を選んでいただける企業も少しずつ増えてきているという状況にあります。

中原:大企業が自らの利益や効率性だけを考えていたら、本社機能の地方移転など、とても決断できません。だから、国や地方自治体が何としても少子化を食い止めようという気概を持って、地方移転にチャレンジする大企業を大胆に支援する、優遇税制などを講じなければ、大企業が地方に興味を示すことはなく、絶対に少子化の問題は解決に向かうことはないと思っています。

その一方で、地方自治体が単独で大企業の本社機能の誘致に熱心に取り組んでいく必要もあると考えています。ただし、地方自治体によって各々の強みや特色があるので、相乗効果が発揮できる大企業と地方自治体が協力するのであれば、大企業は何も創業地にこだわる必然性はないと思っています。長野県はどのような強みや特色を生かして、企業の本社機能の誘致に取り組んでいるのでしょうか。

企業の研究所立地は「全国5位」、移転企業の評判も上々

阿部:長野県の特色は自然が豊かだということです。その特色を生かして、とりわけ企業の研究所の誘致を積極的に進めています。研究者のみなさんがクリアな頭で試験研究に取り組んでもらえる環境は、大都会と比べると格段に優れていると思っています。そのようなわけで、過去10年間の研究所の立地件数は全国で5番目に多い状況であります。

たとえば、日本無線は東京の三鷹市に技術開発拠点があったのですが2014年に長野市に移転、従業員約900人のうち9割に東京から移住していただきました。同社の方々とお話をしてみると、当初は「人口減少社会のなかで長野に移転して、将来的に人材を確保できるのか」「従業員が長野の生活に満足できるのか」といった不安があったとのことですが、今ではそうした不安は払しょくされ、従業員のみなさんも生活環境が良くなって喜んでいらっしゃる方が多いということです。そういった意味では、今回のケースは良いモデルになるのではないかと思っています。

またLEDで有名な日亜化学工業にも下諏訪町に研究開発拠点をつくっていただきました。同社が長野県を選んだ理由は「自然環境が優れていて、研究員たちも環境としては望ましいのではないか」ということでした。そのうえ、長野県の諏訪地域は多くのモノづくり企業が集積しているので、技術連携をしやすいということで選んでいただいたという状況です。長野県は自然環境が豊かな地域であると同時に、東京や大都市圏にも比較的近いという地理的優位性があるので、そういったメリットを生かして、研究開発型の企業だけでなく多くの企業に是非目を向けていただけるように努力していきたいと思っています。

中原:実際に、本社機能の地方移転が少子化対策として本質的対策であることは、国も多くの自治体もわかってきているはずなのですが、なぜか国や自治体の動きは思いのほか鈍いように思っています。その意味では、長野県には少子化対策のトップランナーとして頑張っていただいて、日本の企業経営者に対して地方に目を向けた経営や雇用を考えるきっかけを与えてほしいと期待しています。

後編に続く。後編は3月31日に配信予定です。