日本を引っ張っていける本当のリーダーは現れるのか?(写真はイメージ)


 世論調査の数字を見るまでもなく、多くの国民が政権交代を望んでいるのは誰もが肌に感じるところだろう。そして次を担うべき人の名前もちらはらと挙がり始めている。しかし残念なことに、当の名指しされた人々からはそうした声に応えようという姿勢が少しもうかがえない。その時点でリーダーとして失格といってもいいだろう。いま自分が立つのだという決断力こそがリーダーとして求められる最大の資質であり、才能だからである。

 ビジネスの世界なら、経営において迅速な決断をしていくというのは、企業が生き残り、成長させていくためにトップに要求される最低限の資質である。

 ただ、日本企業においても残念ながら多くの大企業で事なかれ主義のリーダーが就いたせいで、この失われた20年という停滞の時代を招いた。

 今いちばん求められているのは、リーダーが世界の流れを読み、国内の流れを読んで、スピードある明確なトータル効果での決断をしていくということである。今こそ、この国も世界混乱の時期にあって、本当の意味でのリーダーシップが求められている。

 その資質は、いま日本国のリーダーにこそ問われているのではないだろうか。

 しかし、残念ながら我が首相はそういう資質に欠けていたようだ。森友学園をめぐる一連のゴタゴタでそれが白日のもとにさらされた。もはや逃げ道はない。にもかかわらず見え透いた言い逃ればかりする。「法に触れていないから問題ないだろう」というのは典型的な言い逃れである。

 教育勅語を園児に諳んじさせているような学校の理事長候補に夫人が持ち上げられ、祝い金を渡したことが噂されているが、そのことについて夫たる首相が「妻が勝手にやった」などと言い放つようでは呆れを通り越して哀しくすらある。

 どの世界のリーダーにもリーダーとして最低限守るべきモラルがある。家族がやったとか、私は聞いていないとか口にすること自体、リーダーとしての資質が疑われる。否、資質に欠けると言っていいだろう。世の子供たちまでがテレビを通じて眺めている中で、リーダーとしてこんなことが許されてはこの国の将来は危ない。

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声が小さすぎる次のリーダー候補たち

 本来ならこういうとき、野党が政権を覆して次のリーダーシップを取るのが筋だろう。しかし残念ながら今はそういう状況にない。ここ数年の野党の現状は縮小再生産の連続であって、どの党にも自らが政権を担うのだという真のリーダーシップが感じられない。今回の件でも、法に触れる触れないの手続き論や、忖度したとかしないとか、そんなちまちました所にばかり論点を持っていってしまう。これでは、次の政権を担う能力が欠如していることを自ら声高に叫んでいるようなものである。

 こういう現状に鑑みると、やはり与党内で次のリーダーをどう選ぶのかということが議院内閣制を頂く国民にとって唯一の現実的な選択になる。国民にとって次の首相の選択肢は自民党内のごく限られた人物しかない。そういう人々はこの国の次のリーダーとしての立場に立ち、早くしっかりと声を上げるべきであろう。

 にもかかわらず、そうやって名前の挙がった人々でさえ、障子の隙間からこっそりと外の様子を伺っているのが現状である。そんな尻込みした態度ではリーダーとしての資質を疑う。せっかく名を挙げてもらっている「候補者」たちはもっと自覚を強め、早々に国民に信を問うべきではないだろうか。

 現状、小さいながらもいちおう声を上げているのは石破茂氏ぐらいだろう。その石破氏にしても、その発言を聞く限りまだおっかなびっくりな感がある。障子の隙間から覗いている人間よりはまだマシではあるが、顔を出してはにかみながら挨拶しているという程度の印象を受ける。もっと毅然とした態度で、リーダーとしてどんな国づくりを目指すのかを国民に示してもらいたい。

 他の自民党各派閥のリーダーたちは何をしているのか。岸田文雄氏もしかりである。自らも含めた候補の中から次の日本のリーダーを選ぶのがあなた方の責務なのだ。そういう重責を担っているという自覚が足りなすぎる。早々に公然の場できちんと議論してもらいたい。何を恐れているのか。臆病者が国を率いていいことはない。国際環境は厳しい。強力なリーダーシップが必要な時だ。

メディアはもっと次元の高い議論を

 翻って、メディアにも苦言を呈しておきたい。モリカケも結構だが、今は日本という国のリーダーシップがどうあるべきかという、より次元の高い議論をすべきであるし、各社がそれぞれの論陣を張ってしかるべきだろう。

 また、メディアにもう一つ光を当ててもらいたいのは、諸悪の根源とされる「官邸独裁」のやり方の是非である。安倍首相だけのせいにして済ませてしまっては禍根を残す。ビジネス界なら結果が悪ければ修正するというのは当たり前のことである。

 高級官僚の人事権を一手に官邸に集め、官僚たちが怯えるようになったこの強権体制については、全面的に止めてしまってはまた官僚主導に逆戻りするだけであり、そこは議論が必要だが、少なくとも改善が必要であることは確かだ。

 官と政の主導権争いで今回は政主導の方に振れ過ぎてこういう問題が起こった。これを乗り越えて、新たな政官による国家経営の仕組みへとアウフヘーベン(止揚)していく必要がある。そういう観点から改革をしていかないと、またこういう問題が起こるだろう。

 メディアはそういうことにフォーカスして世論に訴えていかなくてはならない。

筆者:森 一造