3月27日、アップルの発表会は米イリノイ州シカゴ市北部にあるLane Tech College Prep High Schoolで行われた(筆者撮影)

速報記事(速報!アップル「新iPad」は何がスゴいのか)でお伝えしたように、アップルは米国時間3月27日、手書きデバイスApple Pencilに対応し、性能を強化した新しい9.7インチiPadを発表した。日本での価格は3万7800円〜。同時に教育機関向けに既存アプリの大幅なアップデートや新アプリのリリースを発表し、学校向けには3万5800円で提供する。Apple Pencilも一般価格の1万800円に対して学校向けは9800円と設定した。

グーグルが前日に教育向けタブレットを発表

グーグルは前日の3月26日に記者会見を行い、台湾エイサー製の教育向けタブレット端末を329ドルで発売すると発表したが、新型iPadの学校向け価格は299ドルとそれよりも安価に設定されている。

第6世代となる新しいiPadはiPhone 7シリーズに搭載されているA10 Fusionを採用。昨年発表され大幅な低価格化を果たした第5世代iPadが採用するA9(iPhone 6S相当)に比べ大きくパフォーマンスを向上させた。なお、厚みや重量は従来モデルとまったく同じだ。


(筆者撮影)

アップルはこの新製品と各種アプリを揃え、教育市場でiPadを普及させる足がかりとしようとしている。そのアプローチ手法は教育市場で65%前後の端末シェア(Chromebook)を誇るグーグルとは大きく異る。

グーグルが教育現場向けの教材作成、配布、授業時の管理などを「Google Classroom」というクラウド型サービスを基礎に整えているのに対して、アップルはiPad向けに提供しているアプリを磨き込み、また教育現場で使いやすくなるよう機能や管理機能を追加し、端末とアプリのレベルでニーズを満たそうとしている。

とりわけ大きく異なるのが情報の扱い方だ。

たとえば今回追加されたアプリに「スクールワーク」というものがある。スクールワークを用いることで、生徒に授業中の課題や宿題を与えたり、連絡事項の配布、生徒に与えた課題・宿題の進捗管理などが行えるが、アップルのソリューションは校内LANの中で閉じている。すなわち学校内にサーバーを置いて管理したり、あるいはクラウドに情報をアップロードするといったことが一切ない。

このことはプライバシーの面でも好ましいが、その後、実際に会場となった学校内でのデモンストレーション授業などでは、アップルが得意とする“アプリ体験レベルの高さ”を元に、より高い創造力を育てるかに着目している点が大きな違いと言える。


アップルは40年前から教育市場へのパーソナルコンピュータの導入に力を入れてきた(筆者撮影)

アップルは長年、教育市場に力を入れてきた企業だ。40年前、まだパーソナルコンピュータの黎明期の頃から、教育現場へのパーソナルコンピュータの導入に力を入れてきた。初期のアップルを支えた柱のひとつは教育市場だったと言える。

ところが、iPhoneの発売以降、圧倒的な成功を収めてきたアップルが、唯一、大きく負け越している市場が教育市場でもある。

1台のiPadを「複数の生徒」で共有可能に

今回の発表が米イリノイ州シカゴ市北部にあるLane Tech College Prep High School(名門大学を目指す進学私立準備校)で行われるとわかってから、同社がグーグルに対抗する何らかの発表を行うことは予想されていた。

ただしサービスが中心のグーグルに対し、今回発表されたサービス関連のニュースは、教育期間で教師、生徒(学生)に無料で与えられるiCloudの容量が通常の5ギガバイトから200ギガバイトへと大幅増量されるということだけだ。

それ以外はすべてiPad内で動作するアプリやiOSのアップデートだけで実現している。iOS側の改良でもっとも大きいのは、1台のiPadを複数の生徒で共有可能になったこと。生徒は授業で渡されたiPadでログインすると、その生徒向けの設定でiPadが利用可能になるため、生徒1人ひとりが1台ずつ自分のiPadを購入するのではなく、充電なども含め学校側が一括管理できるようになる。


macOS版「クラスルーム」アプリの画面(筆者撮影)

また、従来より提供されていた授業の進行管理などを行う“クラスルーム”アプリは、macOS版も提供されるようになり、iWorkに内包されるアプリ(文書作成アプリのPages、表計算アプリのNumbers、プレゼンテーションアプリのKeynote)および、音楽作成ソフトのGarageBand、アニメーション作成ソフトのClips、それに代表的な教育機関向けアプリがクラスルームとスクールワークと連動するためのClassKitというAPIに対応。サードパーティ製アプリを含め、教材の配布や進捗管理を行える。

またiWorkの各アプリには電子ブックを作る機能が追加されるなど、細かなアップデートも行われているが、さらにApple Pencilを用いた手書きアノテーション(添削)機能を加えるなど、実際の教育現場での使いやすさを重視した改良も施された。

新アプリや既存アプリの改良点に関しては今年秋のリリースのため、今後、さらなる詳細が明らかになっていくだろう。アップルはAR機能などiOS11で追加した機能やサードパーティ製を含むiPadアプリを用いた教育現場での活用例などを多数準備し、教師を積極的にサポートしていくが、その方向は従来からの電子教材の枠を超えたところに目標を据えている。

教師向けのプログラムも提供

アップルはアップルストアでのセミナーを通じて教師向けに「Everyone can create(すべての人に創造性を)」というプログラムを提供していく。これは写真、動画、音楽、絵画などのジャンルで、iPadを用いたさまざまな課題の作成方法や授業のアイデアを提供、学んでもらうことで、生徒たちに創造性を育もうという取り組みだ。

アップルはSwift Playgroundsを用いて誰もがプログラミングの基礎を学び、また本格的なプログラミングへの発展性も備えた授業手法を伝える「Everyone can code(すべての人にプログラミングを)」という活動も積極的に行っているが、これをプログラミングだけでなく、クリエイティビティにまで拡張する動きだ。

実際に“Everyone can create”で紹介する事例に沿った仮想授業を発表会後に受けたが、Clipsを用いて教材の写真を並べ、そこに動画で解説を入れるなどしたアニメーションを作ったり、歴史的出来事や発言を紹介するスライドのBGMをGarageBandで制作したり、あるいはプログラミングの基礎をSwift Playgroundsで学び、作成したプログラムでロボットを動かしたりといった授業体験を受けた。


iPadで教師が生徒の宿題の進捗を管理できるようになる(筆者撮影)

こうした新しいタイプの教材、授業へと一足飛びに行くことはできないかもしれないが、日本市場に目を向けると文部科学省が2020年にデジタル教科書の導入を目指しており、教育現場改革は待ったなしの状況だ。

今回の発表が日本における教科書のデジタル化の動きにどこまで影響するかは未知数だが、教育市場を攻略することで、その先に広がる市場を獲得できる可能性がある。

たとえば文書作成ツールとして業界標準となっているマイクロソフトのOfficeとその文書フォーマットだが、アップルの提供するソリューションではiWorkが文書作成の出発点だ。クリエイティビティに関する授業でも、使われるのはアップル製アプリとなる。

さらに、学校で学んだアプリ使いこなしノウハウのみならず、そこで作られた成果物を200Gバイトに増量したiCloudに保存しているならば、最終的に社会人になった際に、その成果物を引き継ぎたいと考える生徒・学生も少なくないだろう。

そうした間接的な利点、そしてアップルが大きく負け越している数少ない領域ということも考慮すれば、アップルにとって教育市場がいかに重要かが推し量れる。

グーグルとの決定的な違いとは?

グーグルが提供する教育ソリューションとのもっとも大きな違いを端的に言うと「両者の立ち位置によって生まれている“向いている方向の違い”」だ。

端末価格を引き下げ、複数生徒が1つの端末を共有し、サードパーティ製(ロジクール製)ではあるが、低価格なキーボードカバー付きの衝撃吸収ケースやスタイラスペンを用意するなどの対策で初期導入費用を抑えられるようになった。

一方、前述したようにクラウドを中心にしたグーグルの手法と、アプリ同士が通信を行うことで教材や配布物、進捗などの管理を行うアップルの手法はプライバシーに対する姿勢という意味で対照的だ。これは端末のハードウエアを販売するアップルと、教育現場における教師や子どもたちの動向をデータとして入手したいグーグルという、事業モデルの違いとも受け取れる。

それは、従来の教材や授業の手法をクラウドで実装しているグーグルに対して、それを各種メディア成果物の制作という得意分野で勝負したいアップルという対比で見ることもできる。そしてこれらは視点を変えると、ここ数年繰り返されてきたAndroid対iPhoneの構図にも似ている。

「宿題を出したり、遠足を案内するための案内を電子的に簡単に配布できます。生徒ごとに進捗管理や指示を出したりも、教師は一覧して見渡すことが可能です。しかし、これらの通信はプライベートな通信(校内のネットワークを通じたアプリ間の個別通信)であり、教師と生徒たちがどのようにやり取りをしたかは、アップルには一切送信されません。アップルは自社製品のユーザーが、どのような行動をするのか、そのプライバシーを完全に守ります」

あるいは、このメッセージこそが、この日のイベントでもっとも伝えたかったことなのかもしれない。