64軒を潰した失敗王 とんかつ屋で大成功

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サービスがチグハグな飲食店は少なくない。なぜ、店主やスタッフは自分たちの弱点に気づかないのか。「それは、良かれと思ってやっているからですよ」と、飲食チェーンにしはらグループ社長の西原宏夫さんは言う。自らも独りよがりの経営を繰り返してきたらしい――。

■成功の絵は、いつも完璧に描けていた

焼肉、すし、居酒屋、ラーメン、お好み焼き……。静岡県三島市を拠点に、これまで80軒以上の飲食店をオープンした。そのうち、64軒を潰してしまった。成功したのは、とんかつ屋だけと言ってもいいかもしれない。そのとんかつ屋も、はじめはパッとしなかった。

失敗するのがわかっているのに、なぜ、そんなに店を出すのかと思われるだろう。しかし、失敗すると思って店を出す人なんていない。誰もが成功すると思って、夢を見る。でも、失敗する。飲食店が10年持つのは1割と言われているが、実感に近い。

店を作る楽しさというのは、やった人にしかわからない。こういう空間で、こういう料理を出して、こういう制服で、こういうサービスをすれば、お客さまが喜んでくれる。いい店だ、と確信する。成功が完璧に見えている。でもやっぱり、失敗する。

■とんかつ屋は、なぜ成功したのか

とんかつ屋はとくに儲からないものの、安定はしていたので、3軒、4軒と増やした。店では、世の中のスタンダードに合わせて、ごはん、味噌汁、キャベツ、漬物をおかわり自由にしていた。私もときおり、店の応援に立つのだが、あるお客さまは、ごはんをおかわりしたのち、味噌汁をリクエストする。あるお客さまは、漬物ばかりを何度もおかわりし、直後にごはんをオーダーする。一緒に頼んでくれればよいのだが、バラバラに注文される。そういったズレが重なって、店のオペレーションは崩壊する。

店でアンケートを取ってみた。「最悪だ!」と書いてある。「なぜ、すぐに持ってこないんだ!」と、怒りの投書が数多くあった。「二度と来ない!」というのもある。こちらはすごいサービスだと思って提供していた。たっぷり原価をかけているのに、この言われようは何だろう。

そこまで言うなら、こちらにも考えがある! ということで、店のカウンターの一部を潰し、そこにごはんと味噌汁、キャベツや漬物をおいて、自分で取りに来てもらうことにした。4品では寂しいので、コーヒーやかんたんなデザートもおいた。すると、不思議なことが起きた。

■この店は、最高です! 絶対に、また来ます!

「おかわり自由」をセルフサービスに変えたら、お客さまが「この店は、最高です!」「絶対にまた来ます!」と言い出した。メニューも一緒、味も一緒、料理人も一緒、サービスをしている人も一緒だ。セルフに変えたのだから、むしろサービスは落ちたはずだ。ところがお客さまからの評価は一気に上がった。売り上げは50%増え、利益もバーンと増えた。これには、考えさせられた。

「ごはんを食べているまさに今、漬物がほしいんだ!」とか「ひとかけら残っているとんかつで、あと少しごはんを食べたいんだ!」とか、お客さまにしかわからないタイミングがある。漬物やごはんをタイムリーに提供できないことで、「もういらねぇよ!」という大きな不満足を作ってしまっていた。セルフサービスへの変更で、店に充満していた不満足が、すべて消えたかのようだった。

■客に叱られてたどりついた「商売の鉄則」

何年か前のクリスマス、小さなクリスマスツリーをプレゼントする企画を考え、広告に載せた。配布を始めると、お客さまが「なんだ、こんなにちっちゃいのかよ!」と怒り出した。「なんだよ、バカにするな!」と言って帰ってしまう方もいた。無料であげているのに……。このときは、落ち込んだ。

結局、期待感を高めすぎるとギャップが出てしまう。期待外れだったときのお客さまはとてつもなく厳しい。逆に、あまり期待していなかった店が、予想以上だったときのお客さまの喜びぶりはすごい。「ここいいじゃん!」となって、「好き」のスイッチが入る。

私は、むやみに期待を上げる「バイキング」だとか「食べ放題」だとか、一切言わないことにした。サービス磨きは一所懸命やるが、ひっそりとやるのがいい。派手に宣伝して、期待させたら終わり。自信があるものほど、宣伝しないほうがいい。これが「商売の鉄則」のように思う。

そして今、「1軒だけの実験」という形で、セルフコーナーをひそかにパワーアップさせようとしている。

■野菜なら、先にどんどん食べていい

セルフサービスを発展させて、野菜をたっぷりとれるコーナーを実験中だ。「先に野菜を食べれば太りにくい」とよく言われる。しかしエビデンスもなく効果をPRできないから、静岡県立大学に依頼して実証実験をやってもらった。効果ありという独自の研究成果が出た。「先に野菜を食べる」という意味で、このコーナーを「野菜ファースト」と名付けた。

野菜ファーストを始めたきっかけは、とんかつをオーダーする前に、セルフコーナーに行って、ごはんをよそい、キャベツを食べ始めるお客さまが増えたことだった。とんかつは要らないんじゃないか、と思うほど勢いよく食べる。ただ、先にセルフコーナーのものを食べることを遠慮しているお客さまも見受けられた。「先に食べたほうがいい」という理屈があれば、控えめな方にも堂々と食べてもらえると思った。

セルフコーナーを充実させたり、野菜ファーストをはじめたりで、女性客がかなり増えた。うちはとんかつ屋で全国一女性のお客さま比率が高いのではないだろうか。確かめる術はないのだが。

■大量出店は、今はできない

飲食業というのは、1軒優秀なモデルができたら、それと同じ店を出していけばいい。良い立地に出せれば、さらに成功の確率は高まる。つまり、「1軒目」を当てること、拡大するときの資金がポイントになる。私は新卒で、すかいらーくに入社した。全国に5軒しかなかったときだった。いろいろな経験、勉強をさせてもらい、多店舗展開の理論を少しはわかっているつもりだ。

野菜ファーストがうまくいけば、ほかの店舗に展開し、さらに一気に拡大するチャンスも出てくるだろう。しかし、それはかなわない。新たな借り入れができないからだ。今から10年前、2期連続で赤字決算になった。不採算の店舗が増え、返済能力が落ちた。いわゆる「バンクミーティング」が開かれ、メインバンクが他行も集めたところに、私も呼ばれた。

ある銀行の支店長は「社長個人はどう責任を取られるつもりですか?」と私に聞いた。「個人資産は出されますか?」「給料はこのままですか?」と畳み掛けた。そこまで答えなければ、許してもらえなかった。融資の返済を銀行に猶予してもらう代わりに、新規の借り入れは一切できなくなった。しかし、私にはそれよりもつらいことが待っていた。

■閉店ラッシュ! これまでのゲームが終わった

バンクミーティングのあと、6店舗を閉めた。箱は持ち物だったので、他社に貸した。毎月50万円以上の赤字を出していた店が、家賃50万円を稼ぎ始めた。「早く閉店しておけばよかったのに」と思われるだろうが、そう簡単ではない。閉店するとパート社員の職を奪うことになる。それに、店は自分の分身みたいなものだ。閉めるたびに涙が出る。閉店は本当に嫌いだ。閉めたあと、その近くに行くことすらできない。

銀行対応も含めた財務は、昔も今も実弟の仕事だ。いちばん資金繰りが厳しかったころ、弟は夜も眠れなかったと言う。私は眠れていた。売り上げが上がればいいのだろう、と考えていたからだ。バンクミーティングが開かれ、閉店もして、私はようやく観念した。もうこれまでのゲームは終わったのだと。

■そして、新しいゲームが始まった

今期の売り上げは約12億円で、ピーク時の半分以下だ。しかし、ここ3年は最高益、もしくはそのレベルを維持している。このままいけば、負債を返しながら、少しずつ投資も可能だろう。私は、仕事も、人生も、すべてはゲームのようなものだと思っている。銀行から借り入れができないというルール変更は、飲食チェーンのビジネスでは、まったく違うゲームを意味する。だったら、新しいゲームを楽しむしかない。そう割り切っている。

私の新しいゲームは、お金をかけずに稼ぐのがルールだ。新規事業として目をつけたのがパクチーだった。パクチーをたくさん食べた翌日、いつもなら妻から「お酒臭い」と言われる量を飲んだにもかかわらず、「まったくお酒臭くない」と言われたことがきっかけだった。調べてみると、パクチーには農薬や肥料、食品添加物に含まれる重金属を、体内から排出する作用があるというではないか。

これもエビデンスがないと効果をPRできないから、大学と共同研究をした。生産は外部委託、売るのもネットだから営業もいない。社員が1人で、半日メンテナンスしている程度だ。思い立ってから8年、年間2000万円の利益を出すようになった。

■見た目ピカピカより、中身ピカピカに

かつて、私は上場を目指していた。上場益を社員に還元したかった。有名になって、にしはらグループという名前がピカピカに輝き始め、誇りを持てるだろうと考えていた。しかし、今は会社を筋肉質にして、中身をピカピカにしたいと考えるようになった。社員が「いい会社に入ったな」と思えるようにしたい。人間は追い込まれてはじめて、変身できるのだ。

うちは時給が少し高めなので、比較的何とかなっているが、地方の人材不足は深刻だ。もちろん、うちも厳しいには厳しい。これから、さらに人材獲得競争は厳しくなってくるはずだ。時給を一律30円上げたら、年間1000万円以上も人件費が増える。でもやるしかない。そういうゲームが始まったのだから。そして不謹慎かもしれないが、このゲームを楽しみたいと思っている。外食産業としては長い66年目だが、「老舗」と呼ばれる域を目指すのも、また面白そうなゲームだ。

(にしはらグループ 代表取締役社長 西原 宏夫 構成=荒川 龍 撮影=小川 聡)