自分が自分らしくあるために(写真:recep-bg / iStock)

カウンセラーとして日々メンタルヘルスの相談を受ける中で、周囲の人や状況に自分を合わせすぎ、過剰適応に陥ってしまっているケースによく遭遇します。特に4月の新生活シーズンは生活環境や学習環境が大きく変化するため、思った以上に疲れやすい時期であると言えます。こうしたときに意識していただきたいのが「心のバウンダリー」です。

自分と「自分以外」との線引きが大事

バウンダリーとは自分と「自分以外の外界」とを区別するラインのことで、ここでは心の境界線のことを指します。別の言い方をすれば、自分という存在の輪郭を形成する垣根のような存在です。このバウンダリーが確立され「踏み込まない・踏み込まれない」人間関係が築けていれば、私たちの精神状態はすっきり正常に保たれます。しかしバウンダリーがあいまいだったりぼやけたりしていると、大きなストレスをまともに受けてしまい、苦しい気持ちに苛まれることになります。

たとえば、つねに不機嫌で人の悪口が大好きな同僚が職場の隣の席にいたとしましょう。あなたは彼の愚痴を毎日聞かされ辟易としている。彼が同意を求めてくると、それに合わせないといけないように感じてしまう、でもそうした後は決まってとても嫌な気分になる……こうした状態はあなたのバウンダリーが彼の言動に侵食されていると言えます。

ここまで読んで「まさに自分……」と落ち込む必要はありません。バウンダリーは状況や相手によって自由に変えることが可能です。

では自身のバウンダリーの状態を確認してみましょう。以下の項目にいくつ当てはまるものがありますか? まずは職場に関しての項目です。

_燭を頼まれると、断りたいのに断れないことがよくある。
⊃佑鵬燭を頼むとき、頼む自分が情けないなどと考えてしまう。
上司や同僚に「君も同じ意見だよね」と言われ、違う意見でも何も言えない。
さ抛も会社ケータイの電源をオフにできない。
ネ給休暇を取得する際、職場に申し訳ないとの気持ちがつねにある。
Δ修譴曚豹討靴ない人にも自分の内面を打ち明けてしまうことがよくある。
У抛出勤の際には怒りや虚しさを感じる。

次はプライベートについての項目です。

_搬欧簍Э佑竜〃が悪いと、自分のせいだと感じてしまう。
家族や友人が悩んでいると、自分も落ち込んでしまうことがある。
A蠎蠅鵬燭してあげると、その見返りを求めてしまうことがある。
ぜ分が我慢していると感じる。
ゼ分には価値がないと感じる。
μ仁瓠非難、無視、軽視されていると感じることがある。
Г靴燭ないことに対し、ノーと言えない。

それぞれの項目の中で3つ以上当てはまるものがあれば、自分自身のバウンダリーを見直す必要があるかもしれません。

バウンダリーの見直し方

バウンダリーを見直すうえでのポイントは2つあります。ひとつはそのときの感情がどうであるかを感じること。たとえば断りたいのに断れない、休みの日なのに会社ケータイの電源を切れずにいる……このような場合、いつものことだと自身を納得させつつも、徒労感やあきらめ、空しさといった、どこか割り切れない気持ちがくすぶり続けることがあります。

あるいは「自分は都合よく利用されている」と傷ついた気持ちや怒りの気持ちが心の奥底によどんでいるかもしれません。なぜこうした感情が湧き起こってくるのかを考えてみましょう。我慢することで大事なものを失っているような気持ちに気づくことができればしめたものです。逆に、こうした負の感情をそのままにし続けると、消化しきれない思いが自分自身の心をさらに傷つけ、不眠や食欲不振といった症状として現れることがあります。

Sさんのケースをご紹介しましょう。Sさんは40代前半のサラリーマン。部署移動をきっかけに上司から理不尽な扱いを受けるようになりました。どう考えても期限内に終わらない仕事を押しつけられる、また他の社員の前で非難、否定されることなどが続きましたが、Sさんは上司の気分を悪くさせまいと黙って耐えていました。

そのうちに夜帰宅すると、職場でのイライラを専業主婦の妻にぶつけるようになりました。「俺ばかりが外で苦労しているのに、お前は何をしている、どうして部屋がこんなに汚い、飯もまずい……」。妻はSさんに対し何も言い返せぬままうつむくばかりでした。しかし妻にもイライラが募ります。標的になったのは中学受験を控える一人息子のK君でした。模試で思うような結果が出ないK君は母親から「あなたのせいでママがずっとイライラするのよ」と言われ続け、混乱状態のまま受験、残念な結果に終わってしまいました。

このケースの場合、Sさんが理不尽に押しつけられたときのモヤモヤ感と向き合い、現実的な話し合いの場を持つことが必要でした。Sさんには上司のご機嫌を取る責任などありません。上司の事情を理解しつつ、自分の状況や気持ちを伝え、現実的な提案をして仕事を進めることができていれば、家で荒れることもなかったでしょうし、妻も息子をしっかりサポートできたかもしれません。

バウンダリーを見直すもうひとつのポイントは、自分と相手との関係を客観的に考えてみることです。いつも自分が損をしている、我慢している、自分がなくなっていく感じ……このような感覚があると、守られるべきバウンダリーが守れていない可能性があります。

Tさんのケースです。Tさんは同僚のIさんと休日によく遠出をしていました。でも車を出すのはつねにTさん。「Iさんは車がないので仕方がないし、ありがとうとは言ってくれるけれど、せめてガソリン代は負担してくれてもいいんじゃないの?」とTさんは悶々と思い悩むようになり、そのうち職場でもIさんを敬遠するようになってしまいました。

この場合、Tさんが「自分は車を出すから、Iさんにはガソリン代をお願いしたいんだけどどうだろう。ほかに何かいいアイデアあるかな」とサラリと伝えることができていれば、職場で気まずい思いをすることもありませんでした。この後TさんはIさんとの間でお互いのバウンダリーの妥協点を探し、それぞれが納得のいく形を見いだすことができ、2人の関係も改善したそうです。

「何かを犠牲にしていないか」が見直しのポイント

バウンダリーは公私、感情、身体、価値観、責任、持ち物などあらゆる領域に存在します。それぞれの分野におけるバウンダリーについて「私はここまで」と具体的に決めておくことが自分を守り、相手の尊重につながります。たとえば「残業は7時まで」「仕事のパソコンは休日には見ない」「LINEの返事は急がない」「パートナーから求められても、気乗りしなければ応じない」などです。

またバウンダリーは相手によってもその位置や高さが変化します。安心できる人との会話は特にバウンダリーを意識しなくても豊かな時間となりますが、距離を置きたい友人の場合は、相手から連絡が来ても必要なこと以外は話題にせず、早めに切り上げるなど具体的に行動することが大切です。「相手に良く思われたい」と思うより、「そこに心を砕くことで、大切なものを犠牲にしていないだろうか」と振り返り、自分なりのルールを設ける姿勢が自身の心を大切にすることにつながります。

そうは言っても、昔から「和」を重んじてきた日本の土壌では、「自分は他人の道具にされない」という個人的意識や感覚は受け入れにくいと感じる向きもあるでしょう。他者あっての自分、という考えも円滑な人間関係を構築するうえで必要なときもあります。しかし、自身の価値や尊厳を侵されないためのバウンダリーの大切さについて意識をしておくことは、自分が自分らしくあるためにとても大事であることを理解していただければと思います。