クムホタイヤ(同社のから)


 韓国GM(ゼネラル・モーターズ)の再建問題が大きな岐路に立っている韓国でもう1つの名門企業の行方にも関心が集まっている。

 タイヤ大手、錦湖(クムホ)タイヤの経営問題だ。政府系銀行は「中国企業への売却」を進めるが、これに労働組合などが反発しているのだ。

 韓国では、韓国GMと並んで、錦湖タイヤの経営再建問題が産業最大の懸案事項として大きな関心を集めている。

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中国企業へ売却と労組を圧迫

 韓国GMは、群山(グンサン)工場の閉鎖を決めたうえ、追加投資のために、政府や政府系銀行の支援を求めている。

 GMと韓国政府、政府系銀行の協議が合意に達しない場合、「韓国から撤退」というシナリオに進む可能性も依然として排除できない情勢だ。

 これに対して、錦湖タイヤの場合は、中国企業への売却が実現するかどうかのぎりぎりの事態になっているのだ。

 「3月30日までに労組が売却と賃金凍結などに合意しないのなら、法的処理に進まざるを得ない」

 韓国のタイヤ大手、錦湖タイヤの大株主で事実上の経験を握る国策銀行の韓国産業銀行(KDB)は、錦湖タイヤの労組に、こう通告し、説得作業を続けている。

 労組はなお、売却に反対の姿勢で、予断を許さない状況だ。

 錦湖タイヤの経営問題とはいったい何なのか。 韓国GMの経営問題とも類似点が多い、韓国の産業界が抱える構造問題の象徴でもある。

 錦湖タイヤは1960年設立で韓国で最も歴史が長いタイヤメーカーだ。2017年の売上高は2兆8000億ウォン(1円=10ウォン)。韓国タイヤに次ぐ韓国では業界2位の大手タイヤメーカーだ。

錦湖グループの優良企業が…

 社名を見て分かるように、もともとは大手財閥「錦湖グループ」の主力企業だった。韓国の自動車業界の拡大と合わせて順調に業績を伸ばしてきた。

 経営に異変が起きたのは、韓国独特の「財閥オーナーリスク」のせいだ。

 錦湖タイヤは優良企業だった。ところが、オーナーが、無理やりグループの拡大を図り、このあおりで資金繰りが一気に悪化してしまったのだ。

 2006年、錦湖グループは韓国の建設最大手の「大宇(デウ)建設」を6兆ウォン以上で買収した。さらに2年後、今度は、物流大手の「大韓通運」を4兆ウォンで買収した。

 これによって錦湖グループは、韓国財閥資産ランキングで悲願のトップ10入りを果たす。ちょうどこの頃、錦湖グループのオーナー会長は、実弟との経営権を巡る争いを抱えていた。

 経営者としての実績を見せつけて、実弟への経営権委譲を拒む。こんなことも考えていたという指摘もある。

 真偽は本人だけが知ることだが、この大きな賭けは、直後に起きたリーマンショックによる世界的な景気後退の影響などで見事に失敗する。

 錦湖グループは、2社の買収のためにグループ企業を総動員した。錦湖タイヤも巨額の借入金を背負うことになり、資金繰りが一気に悪化してしまった。

 錦湖グループは、錦湖タイヤの持ち株を手放し、2009年以降、錦湖タイヤは事実上、国策銀行であるKDBが経営権を握っている。錦湖グループのオーナーは一度は、錦湖タイヤの買い戻しを目指したが、買収資金を確保できず、断念した。

 このあたりから錦湖タイヤの迷走が始まる。

青島双竜への売却も迷走

 KDBは錦湖タイヤの売却を決め、2017年3月、中国のタイヤメーカー、青島双竜(ダブルスター)に株式42%を9550億ウォンで売却することで合意した。しかし、錦湖グループとKDBの間で「ブランド使用料」を巡る対立が起きて、売却作業は難航した。

 この間、錦湖タイヤの業績は悪化を続けた。ダブルスターは、業績悪化を理由に買収金額を2度にわたって8000億ウォン→7200億ウォンと引き下げることを求めた。

 その後、売却作業は仕切り直しになったが、さらに業績は悪化する。

 2014年に3兆4379億ウォンだった売上高は2017年に2兆8773億ウォンに、同じ期間に営業損益は3584億ウォンの黒字から886億ウォンの赤字になった。2017年の最終赤字は、1569億ウォンだった。

 結局、2018年3月初め、再びダブルスターに今度は45%の株式を6463億ウォンで売却することで合意した。

 錦湖グループとKDBの交渉がこじれる間に、1年間で売却金額が3000億ウォン以上も下がってしまったのだ。

 オーナーの無理な拡大戦略の破綻→国策銀行であるKDBが事実上の管理下に→売却交渉が難航→安値で売却、ということは、韓国GMの場合とそっくりだ。

 大宇自動車の場合も、グループの無理な拡大策が失敗して大宇グループが解体され、KDBの管理下で売却が決まった。

 一度は、米フォードが70億ドルを提示したが、売却交渉が難航した。この間、大宇自動車の業績も急速に悪化し、買い手が次々と消えて行った。結局、GMが4億ドルで買収することになった。10分の1以下になったのだ。

 では、6463億ウォンで売却に成功するのか。

売却に反対する労組の理由

 錦湖タイヤ労組は「中国企業への売却」に強く反発している。

 労組の主張にも一理はある。そもそも、自分たちとは関係ない、オーナーの拡大策から始まった経営迷走だ。

 「外資売却」には抵抗感もある。GMもそうだが、いつ本社の方針で韓国の事業が縮小・撤退するか分からない。

 韓国では今なお「双竜自動車事件」の記憶が新しい。

 2004年、上海汽車は経営難に陥っていた双竜自動車を買収した。しかし、わずか4年後に「経営改善が見られない」として法定管理(日本の会社更生法に相当)を申請し、事実上破綻した。

 この間、双竜から技術が流出したとも言われている。だから、錦湖タイヤの労組は、「雇用の10年間保証」などを求めて抵抗している。

 これに対して、ダブルスターとKDBは「3年間の雇用保証」までは認めた。3月に訪韓したダブルスター会長も、「技術を流出させることは考えていない。錦湖タイヤを再生させる」と語り、労組の直接説得を試みたが、面談自体を拒否されてしまった。

 ダブルスターは「最後まで説得する」としながらも、3月末を1つの期限としている。

 ぎりぎりになって、韓国のタイヤ流通会社、タイヤバンクが、「外資に売却するより、自分たちが買収したい」と名乗り出た。

 だが、タイヤバンクの売上高は3700億ウォン。6000億ウォン以上の買収資金をどう調達するのか。

 タイヤバンクは上場して資金を調達するというが、「どれだけ時間がかかるか。KDBは27日の時点では否定的だ」(韓国紙デスク)という。

 労組がダブルスターへの売却にあくまで反対すれば、どうなるのか。KDBは法定管理をするとの姿勢だ。裁判所に今後を委ねるという立場だ。

 だが、本当にそうできるのか?

 6月13日には統一地方選挙がある。政府としては、韓国GMと錦湖タイヤという知名度が高い企業を何とか「雇用維持」の方向で再建させたい意向だ。

 「法定管理」になれば、4500人の従業員のうち、2000人前後を整理する必要があるという。なかなか強行できない事情もある。

 オーナー経営の失敗、外資と労組の間に挟まれたKDB…。

 突然登場したタイヤバンクにも、思わぬ援軍がついて売却がさらに混戦する可能性も出てきた。

 今回も、先行きは不透明なままだ。

筆者:玉置 直司