旅客機の生産機数拡大を受け、材料メーカーも新たな技術が求められている。写真は米ボーイング社のエバレット工場(写真:BOEING)

「熱可塑樹脂を使ったテンカーテの複合材料の品質はピカイチ。これから市場がどんどん広がるので、何としても東レと一緒になって欲しいと思っていた」。3月中旬、東レが本社で開いた会見の席上、複合材料事業本部長を務める須賀康雄・常務取締役はこう力を込めた。

東レは柱の炭素繊維複合材料事業を強化するため、オランダに本社のあるテンカーテ・アドバンスト・コンポジット社(TCAC)を買収する。関係当局の承認を経て、2018年後半に全株式を取得し、傘下に収める。負債の肩代わりを含む総費用は1230億円で、東レとしては過去最大の買収案件だ。

売上高約270億円の小さな会社

TCACは樹脂に精通した複合材料メーカー。東レなどから調達した炭素繊維に樹脂を混ぜて複合材料(炭素繊維強化プラスチック=CFRP)にし、部品メーカーなどへ納めている。従業員数は約750人。2018年の売上高見通しは2.1億ユーロ(約270億円)で、企業規模はまだ小さい。

東レは炭素繊維の世界最大手。自社繊維を使った複合材料も手掛け、2016年度の事業売上高は1616億円に上る。特にハイスペックの旅客機分野で圧倒的に強く、米ボーイングの中大型旅客機の翼・胴体用CFRPは、東レが一手に供給を担っている。


その東レがなぜ巨費を投じ、欧州の小さな会社を買おうというのか。背景にあるのは、市場の急速な変化に対する強い危機感だ。

先端軽量素材のCFRPは、これまで炭素繊維にエポキシ樹脂など熱で硬化する樹脂を組み合わせたものが一般的だった。部品メーカーはこのシート状の熱硬化CFRPを切り貼り・積層して形を整えた後、専用釜で焼き固めて部品に成型する。

一方、最近注目されているのが、「熱可塑性」の樹脂を用いた新タイプのCFRPだ。熱可塑性樹脂は融点まで加熱すると軟化し、冷めると硬化する。これを使ったCFRPは加熱して軟らかくした後にプレス加工が可能なため、部品成型に要する時間が大幅に短縮できる。すでに実用化が進み、今後の採用拡大が確実視されている。

その最前線が旅客機の分野だ。世界的な輸送人員の増大で旅客機需要が膨らみ、2大旅客機メーカーのボーイングと欧エアバスは、合計で1・3万機もの受注残を抱えている。100席台から200席台前半の中小型機がその大半を占め、両社はそれらの機種の膨大な注文をさばくため、必死になって月産機数を増やしている状況だ。

これに伴って、機体の部品をより早く効率的に量産する必要性が増しており、短時間で成型可能な熱可塑タイプのニーズが増大。ボーイング、エアバスとも、これから本格的な開発を始める次世代機では、小さめの部品を中心に熱可塑CFRPの採用比率を大幅に高める考えだ。

熱可塑タイプで出遅れ

しかし、東レはこの熱可塑CFRPで大きく出遅れている。みずから市場を切り開き、高いシェアを有する熱硬化性のCFRPに研究開発を集中してきたたためで、熱可塑タイプではまだ航空機メーカーから材料認定すら取得できていない。


東レの須賀康雄・常務取締役は「買収費用はあっという間に取り戻せる」と自信をみせる(編集部撮影)

実は、現時点において、ハイスペックの用途で熱可塑CFRPを安定した品質で大量生産できる企業は世界でごく少数。熱可塑性の樹脂は粘りが強く、まんべんなく繊維に染み込ませるのが難しいからだ。均等に染み込ませないとムラができ、強度などの点で設計通りの品質が実現できない。また、粘着性なので空気が混ざり、内部に気泡ができやすい。

こうした課題をクリアし、先行するのがライバルの帝人だ。炭素繊維メーカーでもある帝人は、熱可塑性樹脂を使ったCFRPに力を注ぎ、2014年に業界の先陣を切ってエアバス旅客機の構造部の部品用に供給を開始。さらに自動車用途でも、米GMが今秋に発売するピックアップトラックの新モデルで荷台構造材として採用が決まっている。

出遅れを挽回するため、東レが是が非でも欲しかったのが、今回買収するTCACの技術だった。同社は早くから航空機用途で熱可塑性のCFRPを研究。すでにエアバスの最新鋭中大型機「A350XWB」のつなぎ留め部品に使われているほか、新規採用に向けた複数のプロジェクトが動いているという。

東レにとって、そのTCACを子会社化するメリットは大きい。剛性に優れ、胴体や主翼などの大型構造材として信頼性が高い熱硬化に加え、今回の買収で小型部品の大量生産に適した熱可塑CFRPの技術が加われば、航空機用途であらゆるニーズに対応できる。また、熱可塑のCFRPは、将来的に炭素繊維の本格採用が期待される自動車用途でも必須の技術だ。


当記事は「週刊東洋経済」3月31日号 <3月26日発売>掲載の記事に一部加筆したものです

問題は、EBITDA(利払い前・税引き前・償却前利益)の約20倍に及ぶ買収金額の高さだ。TCACはオランダ企業を中心とする投資集団の傘下にあり、今回は入札方式で売却先を決定。TCACの技術に目をつけた複数社が買い手として名乗りを挙げ、2度の入札を経て金額がつり上がった。

それでも須賀常務は、「まずは航空機、その次には自動車用途でも大きなシナジー効果が期待できる。大きなプロジェクトをいくつか取れれば、これぐらいの買収費用はあっという間に取り戻せる」といたって強気だ。はたしてもくろみどおり、大型買収は吉と出るか。