詐欺師起業家セラノスCEOが目をつけた「ヘルステック」の急所

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亡きスティーブ・ジョブズの再来とさえ囁かされた女性起業家、エリザベス・ホームズ(34)が、3月14日、米証券取引委員会(SEC)から、およそ7億ドル(約742億円)を不正に調達したとする詐欺罪などで提訴された

一時は保有資産が10億ドルを超える「ビリオネア」にもなったホームズの錬金術は次の通りだ。

まず、彼女は19歳でスタンフォード大学を去って、「セラノス」を起業した。そして、「指先から採取した、たった一滴の血液だけで200種もの疾病を検査できる」と公表。これ以上ない華々しいデビューであり、医療界とIT業界に鮮烈な印象を与えた。

スティーブ・ジョブズを真似た、黒いタートルネック。「パーソナル血液検査が医療に革命を起こす」という触れ込み。雑誌の表紙を飾り、会社の評価額は実に90億ドル(1000億円超)を記録。瞬く間にシリコンバレーの寵児となった彼女を、メディアは夢物語のヒロインとして賞賛した。

私もアメリカで彼女のシンデレラストーリーを横目で見ながら驚いた一人だ。

私は日本で眼科医として活動している1997年、緑内障の原因遺伝子「ミオシリン」を発見し、その後は2000年にシアトルに移住してワシントン大学医学部で教鞭をとり、02年に起業家として、Acucela Inc.(現・窪田製薬ホールディングス)を立ち上げた。「失明から人々を救うこと」が、私たちの使命である。

医薬品・医療機器でイノベーションを起こすことをミッションとする私の立場から見ても、最初にメディアでエリザベス・ホームズを知ったときは、「すごい人がいるものだ」と思った。ただ、数々の一流ビジネス誌の表紙を飾ったりする一方で、医学誌などで技術に関する論文を一切見なかった。これには私だけではなく、同じような仕事をしている者たちも、違和感を感じていた。

その後、セラノスの検査結果が疑わしいことが報じられ、彼女はいくつもの訴訟を起こされた。こうして呆気なく転落し、SEC証券取引委員会よる調査の対象になった。捜査していたSECが、エリザベス・ホームズと、元社長のラメシュ・サニー・バルワ二を詐欺の容疑で告発。結果的に、両人はSECの課す制裁に同意して和解したという。


エリザベス・ホームズ(2015年9月撮影、Photo by Getty Images)

CEOのホームズは50万ドルの制裁金の支払い、上場企業の取締役ないし幹部への就任の10年間禁止などと、同社の支配権を解消することに同意した(本人はこのSECの告発に対して否定も肯定もしていないが、裁判より示談を選んだわけだ)。

元社員がマスコミに語った記事によると、 ホームズが血液検査に利用していたのは、自社で開発したとされる新技術のものではなく、通常の医療検査用機材だったというものだった。ホームズを支援していたのは大物ぞろいだった。

元国務長官のヘンリー・キッシンジャーなどの著名な人物が取締役に名をつらね、ペイパルの創業者であり、著名な投資家のピーター・ティールも投資していた。しかし、ここで注目しなければならないのは、ヘルスケアに精通している人物がいないということだ。

ホームズの天才的な話術で信用してしまったのだろうか。いや、ホームズ自身も自分の夢で実現したいことと、現在実現可能なことが混同して、資金調達をしてしまったのではないかと思う。詐欺師本人が、嘘を本当だと思い込んでいる例は多い。このような人物に私も何度か遭遇したことがある。

そもそも、なぜバレるような嘘をつくのだろうか?

医薬品・医療機器を研究開発している上司の思い込みが激しく、絶対できるはずだと部下の研究者や技術者に圧力をかけすぎることがあるのだ。そのため、プレッシャーに耐えかねてデータを過大解釈したり、最悪の場合データを捏造してしまうのである。もとは小さな嘘が、その嘘を隠すためにどんどん上塗りされていったのだと思う。

医学生物学系の研究職というのは、いつ出るともわからない成果を目標にある意味単純作業である実験を繰り返さなければならない。地道な仕事であるため、アメリカでは海外からの移民のポスドク(博士研究員)に頼ることが多く、意外かもしれないが、「3Kの職場」と見られている。

よい成果がでなければ、ビザが切れて本国に送還されてしまうというプレッシャーの中で、多くの移民研究者は仕事している。

一方、アカデミアにおける研究者の上司にあたる教授は、年々獲得しにくくなる研究費を獲得しようと必死だ。一流の医学誌に発表できる、夢の成果を必要である。研究費獲得と成果を焦るという組み合わせが、時として負の連鎖を招いてしまう。焦りは良心の呵責を忘れさせ、ありもしないことを「ある」と、世の中に発表してしまうのである。

都合の悪いデータを無視してたまたま出た再現性のないデータをあたかもいつも起こる現象かのように報告したり、画像ソフトで写真を見やすく修正するつもりが、もとの写真とは似ても似つかない別の写真に改ざんしてしまったり……。

研究にはこのような様々なグレーゾーンがあるが、焦りで前のめりになっていると、気がついたときには真っ黒なゾーンにどっぷりと浸かっているのである。

もともと起業家は前人未到の未解決課題を革新的な技術で解決していくものだ。イノベーションを目指した研究開発のほとんどは失敗する。ごく一部が世界を変えるような技術として花開くのである。革新的な技術とはそんなものである。ただ、一部の研究者は自分自身がまるで自己催眠にかかったように、できないことを、「できる」と思い込んでしまうことがある。

例えば、夢中になってサッカーをしていたとしよう。すると、ゲームの最中に怪我をして出血していても、周りに指摘されるまで気がつかないことがある。普通なら出血をするような怪我をした瞬間に痛みを感じて、体は痛みをかばって不自然な動きになるのであるが、集中していたり、強く勝とうと思い込んでいたりすると、気がつかなくなるのだ。これが「自己催眠」である。

出血を指摘されたり、視覚的に血や腫れ上がった患部を見て、激痛が走ったり、痛みで動けなくなったりするのだ。

私の知っている数人の研究者もネーチャーサイエンスなどのトップ論文を連発したことがある。しかし、他の研究室で追試ができない。追試ができない研究室は、単に腕が悪くて再現できないのか、そもそもオリジナルデータが間違っているのか。どちらなのか判断するのは容易ではない。

そのうち噂が広がることになる。「あのラボから出てくる研究は信頼できない」という噂だ。

莫大な時間と労力をかけて、実際に調査することはよほどの場合だけである。不満をもった研究者や、正義感の強い研究者による内部告発が発端となり、調査委員会が調査する。ただ、告発した研究者自身の将来性が損なわれるリスクがあるので滅多に行われない。捏造であれ、過大解釈であれ、良い論文があると就職に有利だが、捏造をしていた研究室にいたとなると次の転職に不利に働くからである。

このような技術に投資をする場合は、結局は投資家の目利きに頼るしかない。

正直に研究開発していても、ほとんどの革新的だと思われる技術は実用化の日の目を見ない。革新的な技術のタネと、作り話を区別するのは容易ではないのだ。特にその研究者の思い入れが強ければ強いほど、難しい。

現在、私自身もアメリカで新薬の研究を行っている。そして、投資家とのコミュニケーションには過大な期待を持たせないように細心の注意を払っている。

医薬品の開発成功確率は1/30000であることを積極的に発信し、どんなに夢の技術であっても、ノーベル賞学者が発明した技術であっても、気が遠くなるほど多くの技術が失敗して、ごく少数だけが日の目を見るのである。成功した技術しか世の中に知られることがないので、どれだけ多くの失敗があるかを目の当たりにすることがないというバイアスもある。

ただ新しい治療法を渇望して苦しんでいる患者さんがいる限り、私たちはどれだけ失敗しようが研究開発を諦めない。なぜなら、継続する先にしか成功はないからである。