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著者は日本歴史ものを手がけてきた英国人作家

 NHK大河ドラマ「せごどん」の主人公、西郷隆盛を描いた英語版コミックが4月上旬、全米本土で一斉に発売される。日本でも「バイリンガル・コミックス」(日本語と英語併記)と銘打って発売されるという。

 著者(原作者)は英国人作家のショーン・マイケル・ウイルソン氏。現在熊本市在住だ。

 本書の日本語のタイトルは『西郷隆盛と西南戦争』。著者はこれまでの日本史に出てくる人物や出来事をコミックにしており、日本のメディアにもしばしば紹介されている。

 これまでに手がけたのは『忠臣蔵』『忍者の秘密』などで、後者は2016年の第10回日本国際マンガ賞で入賞している。

 英語版の作画はシモジマ・アキコ氏(日本語版の方は作画はアリス・フィッシャーとなっている。シモジマ氏の別名かどうかは不明)。これまで二人三脚で制作してきており、その作品は欧米のマンガファンの間で高い評価を受けている。

The Satsuma Rebellion: Illustrated Japanese History--The Last Stand of the Samurai by Sean Michael Wilson, Akiko Shimojima North Atlantic, 2018


 ウィリアム氏は、英スコットランド・エジンバラ市生まれ。グラスゴー・コレドニアン大学で社会学を専攻したのち、エジンバラ大学大学院で文化人類学で修士号を取得。その後、ロンドン大学大学院で大学教員資格を取っている。

 一時期、大学院の教鞭に立つが、若い頃からやりたかったコミックブックの執筆活動が捨てられず、デジタル・グラフィック分野に進出する。

 2014年にはスコットランドの「グラフィック小説創作家大賞」を受賞した。

 その間、日本や中国から渡英した作家たちと共同作業をするうちに日本のコミックや劇画に強い関心を示し、日本史の中の人物を取り上げた作家活動にのめり込んだ。そしていてもたってもいられなくなり、訪日し、日本に住みついている。

映画「ラスト・サムライ」の下敷きになった学術書1冊だけ

 これまでに英語圏で西郷隆盛を取り上げた本はそれほどなく、代表作になっているのが米南部エモリー大学のマーク・ラベナ教授が著した「The Last Samurai:The Life and Battles of Saigo Takamori」(2005年)だ。

 ラべナ氏は、1877年、西郷隆盛を「盟主」(薩軍最高指揮官)に九州各地で起こった士族による武力反乱(「西南戦争」)を興味本位ではなく、むしろ事実関係を膨大な文献から探り当て、客観的にとらえた学術的力作を書き上げた。

 ラベナ氏は、士族(武士)という軍事専門職の存在がこの戦争で完全に終焉し、それに代わる徴兵制による国民皆兵体制が日本に定着した点を指摘。

 西郷が率いる士族の特権確保という目的が武力によって鎮圧され、音を立てて崩れる一方で、巨額の国費を費やした戦争を契機にデフレ→インフレと激しく揺れ動く経済構造と資本集中により民間(官営企業の払い下げで資本を蓄積した財閥)の大規模な投資が可能になったとしている。

 多くの戦死者を出す「血みどろの戦い」を通じて、西南戦争が、明治政府が近代化に一気に突っ走る歴史的分岐点だったとみるわけだ。

渡辺謙が扮した「カツモト・モリツグ」は「西郷隆盛」

 このラベナ氏の本を参考にハリウッドで制作されたのが「ラストサムライ」だ。

 主演はトム・クルーズ。準主演の「西郷隆盛」をイメージした「カツモト・モリツグ」役には渡辺謙が選ばれ、好演している。

 映画は史実に倣って「西郷」の生きざまを描き、最終場面では「西郷」が部下の兵士がひざまずいて見守る中、跪座し、襟を正し、はるかに東方(皇居)を拝礼して切腹するシーンで、まさに去り行く「ラストサムライ」の尊厳さを謳い上げている。

 日本人にとっても異論のないほど「史実」を忠実に再現したノンフィクションだった。

 米国では「サムライ」を知らぬものはないほど定着した存在になっている。だが、西郷隆盛という人物がどれ知られているか。

 日本史にも詳しい元国務省の高官は西郷についてこう述べている。

 「アメリカ国民は本当に外のこと(外国のこと)は知らない。15年前、ジョージ・W・ブッシュ(第43代大統領)が大統領だった時のことだが、テキサス州の高校生のうち3分の2はテキサス州の南に位置する国の名前を言えなかったという世論調査が出ている」

 「そのアメリカ人が日本の内戦で敗れた敗軍の将の名前など知るすべもないよ(笑)。一部の日本史の専門家や日本問題を担当する外交官を除けば、西郷隆盛について知っているアメリカ人はおそらくほんのわずかだろう」

 「西郷を知っているアメリカ人は日本で勉強したか、住んでいたか、あるいは合気道や柔道、剣道を習ったことがあるくらいだろう」

 「確かにヒットした『ラストサムライ』はかなり知られているが、あの映画に出てくる『カツモト・モリツグ』が西郷隆盛をイメージした人物だと気づいているアメリカ人はほとんどいないと思う」

 「もっとも日本オタクは西郷が今NHKの大河ドラマで絶大なる人気を得ている話は無論、知っているはずだ」

「せごどん」が米若年層でバカ売れする予感も

 そんな中で発売されるコミック「西郷隆盛」。日本のアニメ、漫画は米国の若者の間で熱狂的な人気を集めている。だとすれば、早晩、若年層で「西郷隆盛」の名前は浸透する可能性は十分にある。

 近代史の専門家で、コミック本に精通する、サウスパサデナ在住の高校教師、ダニエル・キング氏は、こう述べている。

 「西郷隆盛はいわば、米近代史では南軍のロバート・リー将軍*1に匹敵する軍人。北軍の物量と戦力の前に最終的には敗北したが、その類まれな戦術指揮能力で北軍を苦しめた」

 「また内輪喧嘩が絶えなかった南部指導層では穏やかな人当たりのいい人格者だった。その点では西郷に似たところがある」

 「トランプ政権になってから南北戦争見直し論が出て、リー将軍が再び注目されている。このコミック本は意外と売れるんじゃないだろうか」

本文終わり

*1=ロバート・リー将軍は、独立戦争の英雄、ヘンリー・リーの息子。陸軍士官学校を優秀な成績で卒業、陸軍に入隊し、1838年には大尉にまでなっていた。

 南北戦争勃発と同時に南軍の大将に任命され、南軍を率いた。敗戦後はワシントン大学(現在ワシントン&リー大学)の学長として南部の復興と人材育成に尽力した。今でも南部州各地に銅像が置かれている。

筆者:高濱 賛