葵わかながヒロイン役を演じる「わろてんか」は3月31日が最終回となる (写真:NHK)

現在放送中のNHKの朝の連続テレビ小説「わろてんか」の放送もいよいよ3月31日までとなり、物語は佳境に向かっている。「人生には笑いが必要だ」という哲学のもと、ヒロインのてん(葵わかな)が日本で初めて”笑い”をビジネスにした女性と言われるまでを描き出している。
吉本興業の礎を作り上げた吉本せいがモデルとなったと言われている本ドラマ。このドラマに流れる思いとはどのようなものなのか。本ドラマの脚本を手がけた吉田智子氏、プロデューサーの後藤高久氏に話を聞いた。

​――吉本興業の歴史がうまく再構築されていて、非常に興味深く観たのですが。

後藤:これは吉本興業さんとは別の物語でして(笑)。ある種のモデルにはしておりますが、実際の吉本せいさんのエピソードもすべて使っているわけではなく、オリジナルの部分も多いです。ただし吉本せいさんのご親族の方には、「こういう形で作りますよ」と、お話に行きました。

吉本興業さんそのものを描いたドラマというわけではなく、あの時代に吉本せいさんがどのように生き、大阪を笑いの都と呼ばれるまでにしたのか、というエピソードは、このドラマでもいくつか使わせていただきました。それについてご納得をいただいたという感じです。

日本の芸能史をひもとく作業

――吉本興業の大粼洋社長は、お笑いの会社を朝ドラで扱ってもらったことに、時代の流れを感じるとおっしゃっていました。社内の方々もドラマに注目されているようです。

後藤:それは嬉しいですね。大阪の芸人さんにも多く出ていただきましたが、やはり自分たちがやっている演芸は、以前はこうだったんだと、その歴史に感激してもらっている。ある種の日本の芸能史のようなものを描くということに意味があるのかなと思っています。

吉田:そこは真摯に取り上げていったつもりです。

後藤:日本の演芸がどのようにして、最終的には漫才という形になったのか。そこはきちんと描いたつもりです。演芸の歴史を語る上では、吉本興業さんの話を外すことはできないのは確かです。しかし、わたしたちが描きたかったのは、あくまでも「家族」や「仲間」といった部分でした。


脚本を手がけた吉田智子氏(右)と、プロデューサーの後藤高久氏(左) (撮影:尾形文繁)

もちろん吉本興業さんの歴史を知っている人からすると興味深い点も多いと思います。先日も地元の方から「あのエピソードをようこっちに持ってきましたな。面白く作り替えましたな」と言っていただいた。大きく言えば、日本の演芸史をどう再構成し、それをドラマにどう生かしていくかに尽力しました。

――吉田さんはこの話が来た時はどのように思ったのでしょうか。

吉田:面白いなと思いました。ただ、この題材を、東京で生まれ育った私が書くということに不安を覚えたのも事実です。けれど後藤さんから、朝ドラというのは、あくまでも「全国の方に見ていただくもの」と言われて。

後藤さんは大阪出身ですし、本木一博監督は落語好き。そうした部分と、わたしが持つ、夫婦愛や家族愛、友情を描く感覚をミックスさせたドラマを作りたいと。人間ドラマを軸に、大阪の笑いの歴史や文化を描いてきたつもりです。

朝ドラは家族をしっかり描くことが大切

――朝ドラで大切なことは?

吉田:家族をしっかり描くということだと思います。このドラマで描いてきたのは、主人公らの家族だけではなく、芸人さん達を含めた「北村笑店」という大きな家族です。それによって、役者、スタッフが、ドラマの進行と共に、家族のように強い絆で結ばれていったように思います。登場人物全員を家族として描くことで、チーム「わろてんか」一丸となって、愛のある作品作りができたのだと思います。


家族をしっかり描くことが連続テレビ小説では大切だという(写真:NHK)

――「わろてんか」の企画が決まってからリサーチはどれぐらいされたのですか。

吉田:リサーチは相当やりましたね。最初に届いた資料だけでも相当な量でしたから。自分で集めたものも含め、まずはそれを読んでいった。ただ、それらの資料は昭和の頃に書かれたものが多く、資料によっては少々誇張されて描かれているものもありました。その辺りは時代考証の先生方に精査してもらい、バランスをとりながら進めていきました。

――その資料の中には芸人さんの資料も数多くあったのではないでしょうか。

吉田:横山エンタツさんや桂春団治さんなど、いろいろな芸人さんの資料を参考にさせて頂きました。また、お笑いだけではなく、エンターテインメント業界全体を描きたかったので、映画会社の東宝さん、松竹さんなどの資料も読みあさりました。

――つまり、大正から昭和にかけてのエンターテインメントの歴史をひもとくような作業だったと。

吉田:そうですね。それらを読んでまとめていくのは、面白い作業でした。


昭和21年までが舞台。空襲ですべてを失った中、「人間と笑い」をどう描くかが見どころだ (写真:NHK)

――「わろてんか」というのはどの辺りの時代まで描かれるものなのですか。

後藤:戦争が終わった直後、昭和21年までが舞台です。このドラマにおける一番のテーマは「人間にとって笑いとは何か」ということ。戦争ですべてを失った後に、人間はどのようにして立ち上がっていくのか。そこがクライマックスになると思っていました。「人間と笑い」を描くならそこだろうと。

吉田:それこそが、最初に構成を考えた時から描きたかったことでした。震災などもそうですが、どんなに厳しい事態に直面しても、「笑う」ことで人は前を向いていけると信じて。だから(主人公の)てんはどんな時でも笑って、すべてを失っても大丈夫だと言ってくれる。私自身、「幸せだから人間は笑う」のではなく、「笑うからこそ人間は幸せになれる」と信じています。このドラマが、皆さんの背中を押す力になってくれたらいいなと思います。

笑うからこそ人間は幸せになれる

――それが朝ドラの使命ということですね。

後藤:僕は若い頃、これからの時代に朝ドラは必要だろうかと思っていました(笑)。講演会に行くと、おじいちゃん、おばあちゃんが「時計代わりに見ています」と言ってくる。当時は「時計代わり」と言われると、非常に残念な気持ちになっていました。しかし、僕も歳を重ねていくうちに、それは決して悪い意味ではなく、すごい存在だと思うようになりました。


連続テレビ小説が、時計代わり、朝の生活の一部になっている家庭は少なくない (写真:NHK)

――朝ドラは人々の日常に入っているものであると。

後藤:そうです。時計代わりというのは、ものすごい褒め言葉だと感じています。そしてこの「わろてんか」というドラマを手掛けることができてよかったとも思います。死の悲劇から逃れるための唯一の救済が「笑い」なんだと。「つらいからこそ笑うんや」――。こんなストレートなセリフが言えるドラマは初めてです。これにはすごく感激しましたし、毎日時計代わりに観ていただいている方にその真意が届けば、こんなにうれしいことはない。朝ドラはいらないと思っていた昔の自分は本当に浅はかでした(笑)。

吉田:NHKのスタッフさんは、みなさん熱量が高い。それは朝ドラに対する視聴者の熱量に比例しているように思います。それを支えに、チーム一丸となって動く。それを目の当たりにできたのは嬉しかったですし、朝ドラの底力を見せつけられたような気がします。

――近年、大阪放送局が制作した朝ドラは実在の企業をモデルとした、ある種、経済ものの題材が続いている印象がります。

後藤:「マッサン」(2014年下半期放映)もそうですし、「あさが来た」(2015年下半期)、「べっぴんさん」(2016年下半期)もそう。今回の「わろてんか」もそうですし、次の「まんぷく」(2018年下半期)も即席麵が題材の一つですからね。大阪らしい一代記ということになると、どうしても商業的な題材がメインになってしまう側面はあります。


後藤高久(ごとうたかひさ)/1965年、大阪府生まれ。大阪外国語大学英語学科卒。1989年NHK入局。『春よ、来い』、『翔ぶ男』の演出を経て、『どんど晴れ』でプロデューサーに。『つばさ』、『四十九日のレシピ』、『新選組血風録』、『聖女』、『ボクの妻と結婚してください。』、『奇跡の人』など制作統括などをつとめる (撮影:尾形文繁)

吉田:今回の舞台をどこにするか、ということはいろいろと考えました。で、やはり商売を描くならば、始まりは(大阪の商業の中心地である)船場だろうと。今回、調べてみて面白いなと思ったのは、船場が「許す社会」だったということ。何度失敗を繰り返しても、また何度でも立ち上がり、それを許してくれる。資料を読んだ時は感動しました。

後藤:以前は、大阪放送局制作の朝ドラも、西日本を舞台にしていたこともありましたし、もう少し広がりがあったと思うんですが、最近は大阪に偏ってるところがあるかもしれません。また他府県に広がっていけば朝ドラのバリエーションが増えるかもしれないですね。一時期、朝ドラは現代を舞台とした等身大の作品が続いた時期があり、内容も自分探しが題材となることが多かった。朝ドラは社会を映す鏡のようなところがあるので、時代がそうした作品を求めていたのだと思います。今はそうではなく、むしろ家族愛がテーマになることが多くなったと見ています。

大阪のお笑い観がわかる最終回

吉田:東日本大震災の影響も大きかったと思います。


吉田智子(よしだともこ)/東京都出身。「美女か野獣」「全開ガール」など、軽快なタッチのドラマからヒューマン系ドラマ・映画まで幅広く執筆。近年は『僕等がいた 前編/後編』『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』『君の膵臓をたべたい』といった泣ける恋愛系映画が連続でヒットしている。日テレ学院やシナリオ講座等の講師も行っている。日本シナリオ作家協会会員 (撮影:尾形文繁)

後藤:そうした時代を反映した流れの中で、古き良き家族みたいなものを描くとなると、どうしても古い時代の話になってしまう。それがなんとなく大阪放送局では、女性一代記プラス経済という流れになっているのかもしれません。

――いよいよ「わろてんか」もクライマックスに向かっています。吉本興業を描いたドラマではないとのことでしたが、それでもよしもとが提唱する、われわれは笑いで人々の暮らしを豊かにする会社なんだ、という哲学は色濃く反映されていたように思うのですが。

後藤:大阪の人自身が持っているその哲学が一番現れるのが最終回じゃないかと思っています。

吉田:実は第一話の頭にもそのヒントがあったんですよね。

後藤:大阪人が持っているお笑い観に吉本興業さんが大きな影響を与えていることは間違いないと思います。大阪で生まれ育った人が最終回を見れば、小学生の時から馴れ親しんできたそのお笑い観を再認識できるかもしれません。大阪らしい笑いに、「こいつらアホやな」と、思いながら笑っていただけるエンディングになったと思います。