焦点:中国の「米国債カード」、貿易戦争を防ぐ切り札となるか

写真拡大

[東京 26日 ロイター] - 中国が「米国債カード」をちらつかせている。米通商法301条に基づく対中制裁への対抗措置として、購入減額に含みを持たせる作戦だ。米国債価格が急落すれば自らも損を被るため、大量売却はありえないとみられている。

しかし、米財政が悪化するなか、短期的な駆け引きの手段として使われる可能性もあるため、市場も気が気ではない。

<海外のマネーに頼る米国債市場>

中国が昨年12月時点で保有する米国債は1兆1849億ドル(約124兆円)と発行残高の約8%を占める。2位は日本で1兆0615億ドル。米国債の発行残高14兆4700億ドルのうち、外国政府の保有は4兆0300億ドルと29%近くに達する。

米国債市場は1500兆円を超える世界最大の市場であり、その器の大きさと流動性の高さから世界中のマネーを引き寄せている。米国は基軸通貨国であり、今のところ、ドルの需要に困ることはない。だが、経常赤字国でもあり、資金を海外から集めないとならないという構造的な「弱さ」も併せ持つ。

トランプ米大統領は22日、年間最大600億ドル相当の中国製品に追加関税を課すと発表した。ターゲットとなった中国は報復関税などに加え、その「弱点」を突いて対抗しようとしているようだ。

中国の崔天凱駐米大使は23日、米ブルームバーグ・テレビのインタビューで米国債の購入減額の可能性について「全ての選択肢を視野に入れている」と述べ、含みを持たせた。「減額についてであり、売却とは言っていないが、保有分の1割でも売り出せば、市場はパニックになるだろう」(エコノミスト)という。

市場では、中国が米国債を大量売却する可能性は低いとみられている。1)米国債を売って価格が下がれば、中国が保有する米国債に評価損が発生する、2)3兆ドルを超える巨大な外貨準備を運用できるマーケットは他にない、3)中国が買わなくても他国が買う(中国は外交手段を1つ失う)、というのが一般的な見方だ。

<余裕のない米財政、焦りない中国>

ただ、「米中貿易戦争への懸念が強まるなか、短期的に戦略上の手段として使われるかもしれない」(東海東京調査センターのストラテジスト、王申申氏)との警戒感もくすぶる。

米国の「弱点」ともいえる米国債をめぐる状況は今まで以上に悪化している。米国は昨年、トランプ大統領の主導で1兆5000億ドルの減税を含む税制改革を決定したが、成長による税収増につながらなければ、財政は悪化し、国債増発が必要になりかねない。

これまで米国債を大量に購入してきた米連邦準備理事会(FRB)は昨年9月から資産縮小に転じた。4兆2000億ドルあった資産を少なくとも3兆ドル程度まで減らすとみられており、もはや大きな買い主体としては期待しにくい。

しかしながら、日本を含む海外勢も、米国の短期金利の上昇でドル調達コストが上昇しており、米国債を買いにくくなっている。金利が上昇すれば利回りも高くなるが、ドル安傾向が続いている中、為替ヘッジなしのリスクは大きい。

一方、中国に焦りは乏しい。中国の外貨準備は為替介入をしなくなったこともあり、現在は3兆ドル付近で安定。全体でみれば減ってはいないが増えてもいない。貿易黒字も対米では大きいが、全体でみれば縮小方向にある。外貨準備を米国債で急いで運用するニーズはそれほど高くないとみられ、じっくりと「攻める」ことが可能だ。

<歴史の教訓>

米国債の売却示唆には教訓もある。1997年6月、日本の橋本龍太郎首相(当時)が米コロンビア大学での講演で質問に答える形で、「大量の米国債を売却しようとする誘惑にかられたことは幾度かある」と発言。これを受け、米金利は上昇、米国株は急落、円高も進んだ。

前週の世界的な株安の要因は、貿易戦争への懸念と言われているが、大きな背景は、米利上げにともなう米金利の上昇や、それによる世界経済減速への懸念との見方も多い。米国債という世界最大の市場を交渉の道具に使うのには相応のリスクも伴う。

「100キロで走ってた世界経済は60キロに減速。リセッションではないがスピードが落ち始めている」と、パインブリッジ・インベストメンツの債券運用部長、松川忠氏は指摘する。年初の景気過熱による長期金利上昇ストーリーが修正され始めてきたという。

「国債カード」が紛争解決の手段として使われた例もある。1956年のスエズ危機。エジプトによるスエズ運河の国有化に反発し、英国とフランスが軍事介入。米国は撤退しなければ、英国債を売ると脅し、英仏は手を引いたとされる。

中国の「米国債カード」は、貿易戦争を防ぐのか、それとも報復の応酬となるのか、市場も固唾を飲んで見守ることになりそうだ。

(伊賀大記 編集:石田仁志)