佐川宣寿氏に対して「上からの指示」はあったのだろうか(写真/REUTERS/Issei Kato)

森友学園の国有地取引をめぐる公文書改ざん問題について、3月27日に衆参両院で佐川宣寿前国税庁長官の証人喚問が行われる。

佐川氏は2016年6月から2017年7月まで、財務省理財局長を務めていたが、3月12日に財務省が明らかにしたところでは、公文書の改ざんは2017年2月の下旬から4月にかけて行われているので、佐川氏の任期中ということになる。

この改ざんに佐川氏が直接関わったのか。関わったとすれば、なぜ関わらなければならなかったのか。証人喚問ではその点が明らかにされなければならない。

明確な証言を避ける可能性も

もっとも佐川氏は、全てについて明確に回答するとは限らない。決裁文書の改ざんに関わっていれば、有印公文書偽造罪に該当する可能性もあるし、虚偽の公文書とわかっていたものを国会に提示したとすれば、虚偽公文書行使罪の責任も免れない。

よって明確な証言を避けることも十分にありうる。また佐川氏が財務省にとって都合の悪いことを証言するとは思えない。前文科省事務次官の前川喜平氏はテレビ番組で、「役人を辞めれば何でも言える」「本当のことを話した方が、これから生きやすい」と佐川氏にアドバイスしたが、官僚として破天荒な存在だった前川氏の“哲学”は、官僚の中の官僚として生きてきた佐川氏には参考にならないだろう。

しかも、そうした点を含めて真実を追及することこそ証人喚問を行う意義であり、野党の課題だ。では証人喚問では何を聞くべきか、論点を整理してみた。

焦点となるのが2017年2月17日の衆議院予算委員会での安倍首相の発言だ。安倍首相は民主党の福島伸享衆議院議員(当時)の質問に、「私と妻が関与していたら、総理も議員も辞める」と啖呵を切った。

佐川氏はどのように答弁をしていたのか

これ以降に安倍首相と昭恵夫人の“関与”を隠すような佐川氏の“虚偽”答弁がある。例えば2017年2月24日の衆議院予算委員会では、以下のように答えている。

「面会等の記録については、財務省の行政文書管理規則に基づいて保存期間は1年未満とされている。具体的な廃棄時期については、事案の終了ということで取扱させていただいた。よって本件については平成28年6月の売買契約締結をもって既に事案が終了しているので、記録が残っていない」

しかし2018年1月から2月にかけて、近畿財務局と森友学園との間の交渉記録が開示され、残っていたことが判明している。さらに佐川氏は「政治家の方々含めて様々な問い合わせはある。しかし記録は残っていない」(2017年3月2日の参議院予算委員会)としたものの、改ざん前の文書には政治家の名前が記載されていた。そして森友学園の理事長だった籠池泰典氏の発言の内容として昭恵夫人の名前もまた、改ざん前の文書に残っていた。

もし佐川氏が安倍首相の発言にわざわざ局長答弁をあわせたのではないのなら、全ての記録の存在を否定するのは奇妙だ。佐川氏は意図的に文書を隠蔽していたのか。あるいは何らかの“上”からの指示があったために、隠蔽せざるを得なかったのか。

国有地売買について森友学園と直接折衝していた近畿財務局で、佐川氏は1998年7月から翌年7月まで理財部長を務めている。この時、佐川氏は3月7日に自殺した職員と面識はあったのか。またこの件は「昭恵案件」と呼ばれており、本省の決裁を必要とするものだったが、この件について直接担当者に指示することがあったのか。

なお自殺した職員は「自分の常識が壊され、心と体がおかしくなった。汚い仕事をやらされた」とのメモを残していたとの報道があったが、近畿財務局がそのような職場環境にあったことについて、佐川氏はどのように感じたのか。

前任者・迫田氏の関与はあったのか

佐川氏の前任の理財局長であった迫田英典氏は、山口県下関市出身で、安倍首相と懇意であることは有名だ。森友学園の国有地取得交渉が行われている最中にも、何度も官邸に出入りしていた。売買契約が成立したのも、迫田氏が理財局長時代だ。

そこで迫田氏とその後任の佐川氏の間の「申し送り」の中に、「昭恵案件」が含まれていたかどうか問題となる。あるいは問題が発覚した後に、前任者から何らかの「伝達」があったのかどうか。

迫田氏は民間人だから証人喚問は困難という意見もあるが、すでに国税庁長官を退官して私人になった佐川氏が証人喚問されているため、召喚することについて区別する必要はないだろう。

籠池氏によれば森友学園問題が発覚した直後、財務省の「シマダ氏」から「10日ほど身を隠してほしい」と言われ、ホテルに隠れていたことになっている。これについて佐川氏は2017年3月15日の衆議院財政金融委員会で佐川氏自身の関与を否定したが、17日の衆議院外務委員会では「シマダ氏」が部下の嶋田賢和課長補佐であること、さらに「理財局の補佐として、森友学園と連絡し、協議することもあろうかと。いずれも事務的な連絡することはありうる」と答弁。微妙な含みを残した。

なお嶋田氏は東日本大震災を契機に2011年6月から岩手県釜石市に出向し、同じ頃に佐川氏は東日本大震災復興対策本部事務局次長を務めていたという関係がある。

以上、ざっと論点をひろってみた。27日の証人喚問は衆参あわせて4時間と非常に短いため、真相解明には至らないかもしれない。しかし一歩でも真実に近づくことこそ、次のステップに繋げる道ではないか。不正があるのなら、それを見逃してはならない。