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裁量労働制についての議論が活発になっている。その中には「定額働かせ放題」という厳しい批判もある。人事コンサルタントの新井健一氏は「裁量労働制は絶対悪ではなく、労使ともにメリットのある制度だが、このまま導入すればブラック企業を助長することになる」と指摘する。裁量労働制の問題点と改善策とは――。

■このままではブラック企業を助長するだけ

いま働き改革案、裁量労働制に関する国会の議論が世間をにぎわせている。

議論を紛糾させたのは、裁量労働制についての懸念、そして政府、省庁の説明のまずさだ。

そもそも裁量労働制の範囲が拡大すれば、ブラック経営者が“社員は自らの裁量で日々の労働時間をコントロールしながら、個人のライフスタイルに合わせて自由に働くことができる”と謳いながら、実は社員に残業代を払うことなく過重労働を強いることが可能となり、使用者がますます労働者を搾取することになりかねない。いわばブラック企業のブラックさを助長するという懸念は拭えないだろう。

政府は「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」と説明したが、このデータがデタラメで、火に油を注ぐ結果となった。厚生労働省が調査集計したデータであるが、比較の前提が間違っていた。

「1カ月で最も長く働いた日の残業時間(一般労働者)」と「1日の労働時間(裁量制の労働者)」という全く違う質問のデータを比較して、「(裁量性の労働者の)労働時間は一般労働者よりも短い」と言ってしまった。さらに、野党から集計データ自体もおかしいと指摘されたのだ。

1万件を超える調査であるから、調査対象企業のミスリードにより提出された不適切データも相当数あるだろうが、集計側(厚労省)が意図的にデータを改ざんしていたとすれば、これは国民を欺く非常にいまいましき問題だ。

■裁量労働制の「本質」とは何か

だが、いずれにせよ、国会における議論は、どうも本質から外れていってしまっていると思う。そこで、本稿では裁量労働制を正しくとらえた上で、どうして導入がうまく行かないのか、どうしたらうまく行くのかについて考えてみたい。

先に結論を言うと、裁量労働制は絶対悪ではない。しかし、国、そして経営者がしている身勝手な理解を見るに、今のままでは、彼らには扱いきれない制度だというしかない。働き方改革とともに、「仕事の与え方」改革が、まずこの国には必要なのである。

裁量労働制とはそもそも何であるか、確認しておきたい。裁量労働制とは、9時−17時など勤務時間の定めがあるような通常の雇用形態とは異なり、労働時間を実際に働いた時間ではなく一定時間働いたとみなす制度である。

例えば、会社の使用者と労働者が1日のみなし労働時間を8時間と設定した場合、たとえ半分の4時間しか働かなかったとしても8時間働いたとみなし、給料の減額などをしないことになる。逆に8時間以上働いたとしても8時間を超える労働時間分の残業代も支払わないということである。

しかしながら、このような働き方であっても、みなし労働時間8時間を超えて設定した場合は超える時間分の残業代、22時から5時までの深夜勤務や法定休日勤務にかかる割増賃金は支払われなければならない。

■会社が勝手に決めて導入することはできない

なお、裁量労働制は決められた業務にしか適用されない。

当該業務は「専門業務型」と「企画業務型」に分かれ、「専門業務型」は厚生労働省令で定めるか厚生労働大臣が指定する全19種類の業務以外は適用の対象にならない。

また「企画業務型」(今回、拡大の対象となった業務)にも裁量労働の適用対象とするためにはさまざまな要件を満たす必要があり、何より「企画専門型」は「専門業務型」と異なり、本人の同意も必要になるのである。

要は、どちらも会社が勝手に決めて導入することはできないのだ。

例えば「コンピューター会社『エーディーディー事件』(京都)」の裁判では、SEに本来業務のほか、プログラミングや営業活動をさせていたことで裁量労働制の違法が認められ、会社側に1140万円の支払いが命じられた。このように、裁量労働制の導入要件を満たしていない、逸脱している働かせ方などは問題外だ。このような事件になるものは異例かもしれない。しかし、裁量労働制の適正な運用を妨げ得る要因を、多くの「普通の」企業が抱えている現実がある。

人事コンサルタントとして気になるのが、管理職の要件ともからむ問題である。いわゆる「名ばかり管理職」の現状についてこそ、まず問題視すべきなのだ。

「管理職だから残業手当や休日出勤手当を支払う必要はない」、これは一般的に知られ、そしておよそどの企業でもそのように運用しているが、実際には会社内で管理職としての地位にある社員でも、労働基準法上の管理監督職に当てはまらないことがある。

いや、もっとはっきり言ってしまえば、どの企業の管理職も、少なくとも課長あたりは管理監督職には当たらないのが実情だ。なぜなら、管理監督職の要件を満たしていないからである。

管理監督者に当てはまるかどうかは、課長や部長などの役職名ではなく、その社員の職務内容、責任と権限、勤務態様、待遇を踏まえて実態により判断されなければならない。

具体的には、以下3つの要件に当てはまらない社員は、社内で管理職と言われる役職についていても残業手当や休日出勤手当を支払わなければならないのだ。

(1)経営者と一体的な立場で仕事をしている
(2)出社、退社や勤務時間について厳格な制限を受けていない
(3)その地位にふさわしい待遇がなされている

もしあなたが会社で「管理職」として働いているとして、これらは守られているだろうか。

■まずは「名ばかり管理職」問題の解決を

ここで多くの会社における課長職が管理監督者と言えないのは、おおよそ(2)の要件を満たしていないからだ。出退勤時間が厳密に定められ、遅刻や早退、欠勤などにより賃金を控除されるようではアウト、仮に勤怠管理はされていなくても、実質的に店舗の営業時間や職場の就業時間に拘束されていたら、まずはこの要件を満たさない。実際、出社、退社時間を自由に決められる課長職がどれほどいるだろうか。部長職でも難しいかもしれない。

現在、労働基準監督署に寄せられる相談件数のトップは「パワハラ」に関することだそうだが、労使双方がパワハラに関する理解を深め、その対応が成熟してくれば、次にスポットが当たるのは、この「名ばかり管理職」問題だろう、とある労基署職員が言っていた。

それほど、管理職と言われながら、実態としては労基法上の管理監督職に当てはまらず、本来であれば残業手当や休日出勤手当を支払わなければならない社員が多いのだ。

だが、一部の企業が法律的にはグレーもしくはブラックな役職を管理職と呼び、社員を当該役職に任命するのは、やはり残業手当や休日出勤手当を支払いたくないからと言わざるをえない。

話を裁量労働制に戻そう。

一部の企業がグレーゾーンで運用している「名ばかり管理職」。これと同じ理由で、企業が裁量労働制を採用しようとするのであれば、当該制度の導入は失敗する。そもそも裁量労働制において、会社から出勤時間を指示するのは違法行為であり、指示があって以降、裁量労働制は無効となるからだ。

■必要なのは経営者側の意識改革

残業手当を支払いたくないから社員を管理職と呼んだり、裁量労働制を採用しようとしたりする一部の経営者、そのくせ会社の利益のためだけに社員を使い倒そうとする経営者は、その考えを今すぐ改めなければならない。

それに今後は、そんな経営者のもとで働きたいと願う人材はますます減り、働き手としても消費者としても会社に寄り付かなくなるだろう。それほど経営者の真の意図は簡単に見ぬかれ、インターネットですぐに拡散してしまう時代なのである。

「名ばかり管理職」の問題を解決しないまま、現状の理解のまま裁量労働制を導入しようなどというのは、はっきりといって経営者側の身勝手で無謀な振る舞いだ。国が言っている理屈も――それもデータに根拠がないこと明らかになったが――現状への理解が著しく欠けている。「働かせる側」の意識改革、経営の刷新こそがまず必要なのだ。そこを乗り越えて初めて、裁量労働制を、われわれの社会は扱えるようになるのだろう。

■裁量労働制がメリットを与える5条件

では、法的な要件を満たしたうえで、使用者と労働者双方にとって裁量労働制が確かなメリットを提供するためには、どのような心構えやルールが必要だろうか。

筆者はこの5つを提言する。

(1)使用者は労働者を尊敬し、信頼するという前提に立つマネジメントをしている。
(2)使用者と労働者の間で、あらかじめ求める労働(役割)とその成果が定められている。
(3)使用者の側に「仕事の与え方」に関するルールや規制があり、遵守されている。
(4)労働者は労働の「成果」を実現するために必要な能力や経験をおおむね備えている。
(5)使用者は労働者が「成果」を実現するために必要とするサポートを行っている。

裁量労働制は、「性悪説」を前提としては成り立たない。労働者は使用者が目を光らせていないと仕事をサボるはずだ、手を抜くはずだ、だから常にそばで監視していなければならない――こんな性悪説の見地では、使用者は労働者に“裁量”を委ねることはできないのだ。

経営者が単に心を入れ替えるだけではダメで、全社的にこの前提を共有・徹底しておかなければ、職場はハラスメントの温床となる。

また、この制度下では、職場によっては上司と部下が顔を合わせる機会も減るだろうから、あらかじめ求める労働、役割とその成果を、双方が納得するレベルまですり合わせ、取り決めておく必要がある。これにあわせて、裁量労働に従事する社員のモチベーションを保つためにはフィードバックに関する取り決めも必要となるだろう。

■「働き方改革」は「仕事の与え方」改革とセット

昨今の「働き方改革」、その流れでの裁量労働制であるが、「働き方改革」は「仕事の与え方」改革とセットで考えなくてはならない。多すぎる定例会議、担当者が仕事を進める上で多すぎる承認行為(稟議)などの存在が、「働き方改革」を妨げているのだ。

「働き方改革」は「今まではやっていたけど、今後やらないと決めることはなにか」を「これまでの仕事の与え方にムリ、ムダ、ムラはないか」等を、全社をあげて検討するところから始めてしかるべきである。

裁量労働制下では、労働者は高い自己管理能力を発揮しなければならないのはもちろんのこと、求められる役割や成果に対して、自分の能力や経験は十分かを常に問いかけることが求められる。そして不十分という答えが出たのであれば、自己の責任において会社や上司にその旨を伝え、必要なサポートを求めなければならない。

なお、使用者および会社は、制度導入の趣旨に照らした適切な環境整備はもちろん、労働者から求めがあれば真摯に応じられるよう、サポート体制も整備しておくべきだ。

最後に、裁量労働制は本来であれば、企業にとっては存続、繁栄にかかわる試金石となり、社員個人にとってはキャリア自律、自立にかかる試金石となるはずである。

そうなるためには、労使双方がそれぞれの立場で、今から未来に向かうビジネス環境の著しい変化や、変化の中から生まれ出た当該制度を正しく捉えることが必要だ。

何より、まずは一部の近視眼的なトップこそが、グローバルスタンダードが求める労働への、社会への、そして制度への無理解を正してほしい。

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新井健一(あらい・けんいち)
経営コンサルタント/アジア・ひと・しくみ研究所代表取締役。1972年生まれ。早稲田大学卒業後、大手重機械メーカー、アーサーアンダーセン/朝日監査法人(現KPMG/あずさ監査法人)、同ビジネススクール責任者、医療・IT系ベンチャー企業役員を経て独立。大企業向けの経営人事コンサルティングから起業支援までコンサルティング・セミナーを展開。著書に、『いらない課長、すごい課長』『いらない部下、かわいい部下』『すごい上司』『儲けの極意はすべて「質屋」に詰まっている』など。

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(経営コンサルタント/株式会社アジア・ひと・しくみ研究所代表取締役 新井 健一 写真=iStock.com)