アリの世界にはなぜ働かない「働きアリ」がいるのか(写真はイメージ)


 物理学、生物学、化学など自然界に存在している様々な法則性、「理(ことわり)」を明らかにする自然科学。ガリレオ・ガリレイ、ニュートン、ダーウィン、アインシュタインなど誰もが名前を知っている偉人から名もなき科学者まで多くの先達の努力によって様々な知見が発見され、現代においても日進月歩で研究が進み続けています。

 この自然科学によって見出された知見から人と組織が織りなすマネジメントの世界を見てみることで、これまでには見えづらかった、しかし、本質的なマネジメントの「理(ことわり)」が見えてくることがあります。

「自然科学に学ぶマネジメントの『理(ことわり)』」では、物理学、生物学、大脳生理学などの自然科学の知見をご紹介しながら、マネジメントの「理(ことわり)」を探求していきます。

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働かない「働きアリ」がいる?

 今回のテーマは、「アリの生態学×ダイバーシティ」です。

 皆さんは「働きアリ」という言葉を聞いたことがあると思います。アリのコロニー(巣)の中で、餌を採取してきたり、卵の世話をしたりと、巣の外や中での様々な仕事をする種類のアリを働きアリと呼びます。

 働きアリという名前が付いているぐらいなので、さぞかし働き者なのだろうと思いますが、実は、アリのコロニーには働かない働きアリがたくさんいます。

 アリのコロニーを観察してみると7割の働きアリは、目的もなくフラフラしている、自分の体を舐めている、動かないなど、働いていません。また、1カ月間継続的に観察したとしてもほとんど何もしない働きアリが2割もいます。極め付けは、生まれてから死ぬまでほとんど働かない働きアリもいるそうです。もはや、さぼりアリですね。

 その一方で、9割の時間は働いている働きアリも存在します。

違いは“腰の重さ”にあった!

 同じアリにもかかわらず、なぜこのような違いが生まれるのでしょうか。

 アリは思考能力を持たないので、人間のように「バレなさそうだから手を抜いておこう」と考えているわけではなさそうです。北海道大学大学院農学研究院 准教授の長谷川英祐氏の研究によると、働くアリと働かないアリの違いは、ズバリ「腰の重さ」にあるそうです。例えば、餌が見つかったなどの特定の刺激に対して、反応しやすい(腰が軽い)、しにくい(腰が重い)、という違いをアリは遺伝的に持っているのです。これを専門的には「反応閾値(はんのういきち)」と呼んでいます。

 アリの前に何らかの仕事が現れた時には、まず最も反応閾値が低い(腰が軽い)アリが動き、次の仕事が現れた時には次に閾値が低いアリが動くというかたちで仕事の分担がなされています。そのため、一定量以上仕事が増えないかぎり、閾値が高い(腰が重い)アリはいつまでたってもふらふらしたり、自分の体を舐めていたりしているということが起きているのです。

働かない働きアリは、なぜいるのか?

 このようなアリの社会生態は、一見、非効率に見えるかと思います。全ての働きアリが一生懸命働いた方が、コロニーは繁栄しそうですよね。

 しかし、実際には、このような社会生態を持ったアリが滅びるのではなく、種として生き延びているということは「生存戦略としては、実は、適している」ということを意味します。逆に言うと、全員が“働き過ぎの働きアリ”だと、種が存続していく上では不都合なことがあるのです。

 例えば、全てのアリの反応閾値が同じだった場合、餌が発見されたら一斉にみんな出て行ってしまいますよね。すると次の餌が発見された時に誰も対応できなくなります。外敵が現れるなんてことがあったらもう大変ですよね。

 それから、アリにも「過労死」があると言われていて、全員が働き過ぎると一気に働き手が死んでいってしまうということが起きる可能性があります。

 もし、自分がそんな習性を持つアリの女王アリだったとしたら心細すぎて夜も眠れません。

 また、実は、反応しにくいアリも、全ての刺激に反応しにくいわけではなかったりします。「餌の発見!」という刺激には反応しにくいアリでも、「敵襲来!」という刺激や「巣壊れた!」「卵壊れた!」といった別の刺激には反応しやすかったりします。

 つまり、反応閾値の違いは優劣ではなく個性・個体差であり、多様な個性・個体差がある(ダイバーシティがある)からこそ、状況や環境の様々な変化に適応し、種として存続する確率を高めることができているのです。

 全体を見てこのような社会生態を計画をした存在がいるわけではありません。個々の遺伝子レベルでこうしたシステムが形づくられていることを考えると、長い年月を経ながら生物の生態に自然と備わっていった叡智の偉大さを改めて感じます。

組織には多様な価値基準が必要

 さて、アリの生態を見てきたところから、今度は私たちのフィールドであるビジネスの文脈に頭を切り替えていきたいと思います。働かない働きアリがいるというアリの社会生態から見えてくるマネジメントの「理(ことわり)」は何でしょうか。

 様々なことが言えますが、中でも大きなものは、「多様性は組織が生き残る確率を高める」ということでしょう。

 ダイバーシティ(多様性)のない組織は一時期的にとても繁栄することがあったとしても、劇的な環境変化が起こった際には一気に崩壊する危険性が高まります。

 私たちがマネジメントを行う際、業績へのプレッシャーからどうしても短期的な成果に結び付く特定の価値基準だけで人を評価判断しがちになります。しかし、そのことは組織に多様性が生まれる余地を徐々に奪い、長期的には生き残る確率が下がってしまう危険性を孕んでいます。

 もし、10年、20年、さらには100年と長く栄え続ける会社を創ろうとするのであれば、多様な価値基準を持ち、多様な人が活かされる組織にすることが重要なのです。

筆者:川本 裕二