Photo by Yoshihisa Wada

写真拡大

77歳でなお稲盛哲学の「利他」の実現を模索し続ける俺の株式会社の坂本孝社長。その事業家としての人生の本音を聞いた。(聞き手/「ダイヤモンド・オンライン」編集長 深澤 献)

失敗も2、3度繰り返せばリスクは怖くなくなる

――現在、御年77歳で、まさに事業家としての人生ですね。

坂本 人に使われたことがないのでこんなにわがままになってしまいました(笑)。振り返ると他の道はなかったように思います。

 同級生たちが大企業の常務や副社長になり、「俺は社長になれるかどうかの戦争をしているんだ」と息巻いているのを見ると、「すごいなぁ」と感心します。勤め人でも企業のあり方や内部抗争などに正面から挑んでいる。

 ただ、自分もそのような人生の方がよかったのか、それとも自分が思ったことをリスクを取ってやる今のような人生がよかったのか。それは分からないのです。それも人生、これも人生で、たまさか私はリスクを取ることを選んでいたということです。

――精麦会社、倉庫、飼料工場、高級オーディオショップ、中古ピアノ販売、不動産業、古本屋、そして飲食とたくさんの事業に取り組まれてきましたが、新しい事業のリスクを怖いと思われたことはないのですか。

坂本 私の特異な点かもしれませんが、怖いと思ったことはないのです。実家は町の小さな精麦工場で、大学を出るまでの間に親父やお袋から3回ぐらい「やばいなぁ、潰れてしまうかもしれない」と言われたことがあります。だから自分が社長になって立て直してあげようと思っていました。就職が内定していたものの、それを蹴って実家に戻ったのは、こんな思いがあったからです。

 私の息子は地方で小さな倉庫会社の社長をやっていますが、彼も会社勤めをしたことがない。坂本家の運命みたいなもんです。だから事業家として会社を経営していくことは極めて自然なことで、事業が古本から飲食に変わっても東京勤務から名古屋勤務に変わったぐらいの感覚なのです。良い意味でも悪い意味でも鈍感なんですよ(笑)。

――リスクを恐れるあまり日本では起業家が少ないと感じることがあるのですが。

坂本 そりゃね、1回目は怖いです。しかし2回、3回とやっていくと怖くなくなるのです。高飛び込みと同じです。お腹をベシャーンと打つときもあるだろうし、最初は怖いけれど、慣れればどうということはない。

 リスクに対するこういう慣れが良いことなのか悪いことなのかは分かりませんが、世の中の人の大半が「リスクなく」と生きているのだから、私のような者がいてもいいんじゃないですか。

続きはこちら(ダイヤモンド・オンラインへの会員登録が必要な場合があります)