「農林水産省 HP」より

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 TPP(環太平洋経済連携協定)の新協定に、米国を除く11カ国が署名したというニュースが流れた3月9日、農業がらみでひとつ気になる報道があった。

 静岡県と徳島県の伝統農法が世界農業遺産に認定されたというものだ。メディアが大騒ぎする世界文化遺産や世界自然遺産と違い、こちらの報道は二段見出し扱いの控えめなニュースにとどまった。おそらく、多くの人々は、このニュースも世界農業遺産の存在さえも知らないだろう。

 筆者がその存在を知ったのは、3年前に取材で大分を訪れたときだった。国東(くにさき)半島をドライブ中、「世界農業遺産」の看板が目にとまった。クヌギを利用した原木しいたけの栽培が盛んな国東半島宇佐地域では、降水量が少ないハンディを克服するため小規模のため池を連係させ、効率的な土地・水利用を行ってきた。クヌギ林とため池による循環型農林水産の伝統が評価され、2013年に世界農業遺産に認定された。直売所で購入した原木しいたけは肉厚で、都内のスーパーマーケットと比較すると3分の1の価格だった。

 今回、新たに認定されたのは静岡県わさび栽培地域と徳島県にし阿波地域の2カ所。静岡のわさび栽培は山間地の沢に階段状にわさび田をつくり、豊富な湧水の養分でわさびを栽培する伝統的な農法。

 徳島は、カヤのすき込みによる土壌流出防止や独自の農具を使用した耕作技術によって急傾斜地であるにもかかわらず、段々畑を築くことなく雑穀や野菜を栽培する独特な農法がそれぞれ評価された。

 静岡と徳島2地域の認定によって、日本国内の世界農業遺産は全部で11カ所となった。

●認定基準は、地域の伝統的な知識の体系や生物多様性など

 世界農業遺産とは、どのような基準で認定しているのだろうか。農林水産省のリーフレットにはこう記されている。

「世界農業遺産は、社会や環境に適応しながら何世代にもわたり形づくられてきた伝統的な農林水産業と、それに関わって育まれた文化、ランドスケープ、生物多様性などが一体となった世界的に重要な農林水産業システムを国連食糧農業機関(FAO)が認定する」

 認定にあたっては、食料及び生計の保証、農業生物多様性、地域の伝統的な知識システム、文化・価値観及び社会組織、ランドスケープ及びシースケープの特徴――という5つの基準と保全計画に基づき評価が下され、書類審査と現地調査を経てFAOが認定する。

 これまでに世界19カ国49地域が認定されている。このうち日本の認定地域は11ある。エリアと認定を受けたシステム、認定年は以下の通り。

(1)新潟県佐渡市(トキと共生する佐渡の里山:11年6月)
(2)石川県能登地域(能登の里山里海:11年6月)
(3)静岡県掛川周辺地域(静岡の茶草場農法:13年5月)
(4)熊本県阿蘇地域(阿蘇の草原の維持と持続的農業:13年5月)
(5)大分県国東半島宇佐地域(クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環:13年5月)
(6)岐阜県長良川上中流域(清流長良川の鮎:15年12月)
(7)和歌山県みなべ・田辺地域(みなべ・田辺の梅システム:15年12月)
(8)宮崎県高千穂郷・椎葉山地域(高千穂郷・椎葉山の山間地農林業複合システム:15年12月)
(9)宮城県大崎地区(大崎耕土の巧みな水管理による水田農業システム:17年12月)
(10)静岡県わさび栽培地域(静岡水わさびの伝統栽培:18年3月)
(11)徳島県にし阿波地域(にし阿波の傾斜地農耕システム:18年3月)

 11年から7年弱で11地域が認定されている。日本の農林水産業の伝統、技術、システム、文化が国際的に評価されているということだ。

●認定後、特産品の生産や企業誘致、観光客が増加

 国民の間で認知度、注目度が高いのは、ユネスコ(国連教育科学文化機関)が登録する世界自然遺産や世界文化遺産だ。日本では1993年の法隆寺、姫路城(ともに文化遺産)以降、20件が世界遺産として登録されている。内訳は文化遺産が16件、自然遺産が4件で、富士山は「信仰の対象と芸術の源泉」ということで文化遺産とされている。

 自然遺産や文化遺産の世界遺産に登録されると、日本のマスコミはノーベル賞並みの大騒ぎをするので観光客が殺到する。それに引き換え農業遺産は報道が地味なので、多くの国民は気付かないことが多い。

 同じ世界遺産なのに随分と格差があるが、農業遺産に認定された地域では、その後、どんな効果が表れたのだろうか。

 11年に佐渡市とともに日本で最初に認定された石川県能登地域では認定後、奥能登の4農協が同一の基準を設けた特別栽培米、能登棚田米づくりに乗り出した。13年からは能登全域を対象に能登米の取り組みを始めた。能登棚田米は化学肥料・農薬を5割削減した特別栽培、能登米は3割削減のエコ栽培でブランド化を図った。その結果、生産者の数、作付面積、出荷量ともに飛躍的に伸びたという。

 能登棚田米は13年に124トンだった出荷量が16年には270トンにまで拡大した。棚田保全活動の回数も増え、ある集落では保全活動がきっかけでボランティアにより祭りが復活するという、うれしい出来事もあった。また地域独自の一品認定制度を設け、能登の里山里海統一ロゴマークを使用した商品を販売中。能登棚田米、天然能登寒ぶり、奥能登揚げ浜塩など32品が選ばれている。

 地域のブランド力アップは企業誘致や観光客の増加にもつながった。

「能登の安心・安全を支持していただき、世界農業遺産認定後に27の企業や農業法人が進出してくれました。観光面では、奥能登の春蘭の里という地域で47軒の農家が展開している農家民宿(受け入れは1日1組)が好評で、年間に1万2000人ものご利用をいただいています。先日もイスラエルからの方がお見えになったそうで、外国人の方も増えています」(能登の里山里海 世界農業遺産活用実行員会事務局)

 決して派手ではないが、地域の活性化がゆるやかに進んでいることをうかがわせる。農業遺産に認定された後、価値を維持・向上させていくための保全活動やブランド化への地道な取り組みが功を奏しているケースといえそうだ。日本には各地に脈々と受け継がれてきた農林水産業の伝統と地域文化が残っている。世界農業遺産認定に限らず、国民の知恵、創意工夫で貴重な財産を継承し、地域の活性化につなげていきたいものだ。
(文=山田稔/ジャーナリスト)