私、清葉アキ子は現在44歳、絶賛婚活中。見た目はキレイなお姉さん系、都内出身、四年制大学を卒業後、編集兼ライターの仕事をしています。38歳から始めた婚活で体験したこと、わかってきたことを堅実女子の皆さんにお伝えできればと思い、ここで紹介します。婚活は、まさしくサバイバルなのです……。

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簡単に“好き”という気持ちになれない

恋愛低体温女子の私は、“一目惚れ”をしない。というか、できない。“一目惚れ”どころか、“好き”という気持ちが簡単に起こらないように抑え込む何かが常に発動している状態。だから、自分から“好き”になるということが難しい。

“好き”という感情をまったく持ち合わせていないわけではない。相手との距離が縮まっていけば“いいな”って感情を持つこともあるし、相手が好意を持ってくれているとわかれば、“好きになってもいいかも”モードは発動する。こんなだから、いつも相手から言われておつき合いが始まるのだけれど、おつき合いが始まれば相手のことを知っていくほど“好き”になっていく(たまに、そうならないこともあるけれど……笑)。

でも、婚活となると、こういう低体温女子の性質はいろいろと難しい。結婚相談所だろうが、マッチングサービスだろうが、婚活サイトだろうが、お見合いだろうが、まずは写真やスペックから「これは!」という人を見つける必要があるし、会ってすぐ、もしくは数回会ううちに、つき合うかどうかを決める必要がある。

“好き!”という直感で「これは!」を選び出せる“一目惚れ”体質なら、結論も早いだろう。しかし、「これは!」がない私は、そうやって選び出す能力がない。出会ってすぐ、もしくは会う前に“好き!”という思いが芽生えることはないし、そもそも、知らない人の前ではいつも以上に感情に蓋をしてしまうため、“好きになってもいいかも”モードにもならないのだ。

食後のデザートに、ショーケースに10個並んだスイーツから好きなものを1つ選ぶ感じと似ている。好き嫌いがないためどれもそれなりにおいしそうに見える。だから消去法もピックアップもできない感じ。心の奥底では「太っちゃうから、やめようかな」と食欲に蓋をして封じ込めているのだけど、まわりが続々と決めていくのに焦って、結局、何度もショーケースの中に視線を往復させたわりに、無難なものを1つ選び出す。私はいつもこんな感じだ。「私、イチゴに目がないの! だから絶対にショートケーキよ」と言う女子がうらやましいと何度も思った。そんな直感型の友人の横で、私はいつも「私も同じものを」と言ってしまう。受け身というわけでではない。すぐには選べない。それだけ。

そういえば、いつからこんな低体温女子になってしまったんだろう?

私が一目惚れをしない理由

10代までは、自分の感情に蓋をすることなく、もっと正直に生きていたように思う。“いいな”と思う人に自分から近づいて行ったし、気づくといつも目で追っていることもあった。自分でも気がつかないうちに特定の人の話ばかりしていたこともあったし、合コンなどで同席した人のなかに素敵な人がいたら、素直に“いいかも”と思うこともあった。

さすがに“一目惚れ”はなかったけど、同じクラス、同じ塾、同じサークル……と行動を一緒にしているなかで “いいな”と思うところから始まって、自分から好きになることはあったはず。

きっかけの1つは、おそらく中学生のときの出来ごと。中学1年のバレンタインデーに、仲がよかった同級生の男の子2人にチョコレートをあげた。どちらともプライベートで遊ぶほどめちゃくちゃ仲よしというわけではなかったけれど、遠足やら実験やらで男女混合のグループを作るときにはいつも彼らと一緒だったし、休み時間に他の女友達と同じようによく一緒に話をしていた。男女という性別の意識もさほどなくて、当時の私には「おつき合いしたい」とかそういう気持ち(というか考え)はまったくなくて、“大好きな友だちの男の子”という気持ち、ただそれだけでチョコレートをあげた。

でも、2人にチョコレートをあげたことで、学校中で「二股!」と言われ、長いことからかわれ続けた。それに、彼らに愛の告白をしたわけではないけれど、その二股の疑惑のせいもあって相手のほうが変に意識してしまい、その後、パタリと一緒にいることがなくなった。大好きな友人が目の前にいるのに話すことも近づくこともできなくなり、2人の友人を同時に失ってしまったことは寂しくて寂しくて仕方がなかった。

このことが、どんなに小さくても異性に対しての“好き”という気持ちをあからさまに表さないほうがいいんだ……と思い知ることになった最初だ。

高校生になったとき、同じクラスで席が近かった男の子がいて、彼とグループを組むことが多く、またそういう感じで彼を好きになったのだが、感情に蓋をしていたつもりができていなかったようで、すぐにそれがまわりにバレてしまった。私だけでなく、彼もおもしろおかしく噂されてからかわれてしまったことで、彼はそれ以降、私に近づかなくなった。こうやって、私の“好き”という感情のせいで、また、大好きな人と一緒にいることができなくなってしまった。

トラウマの結果、重い蓋ができた

私の“好き”という気持ちは、相手に迷惑をかけ、自分も悲しい境遇になってしまう……。こういうことが何度か重なったことで、私は自分自身を“惚れっぽい体質”であると思い込み、そんな自分を“悪”と感じるようになった。“好き”という感情は“悪”の感情のように思え、そんな感情で災いが起きることがないよう、心に重い重い蓋をするようになった。

もし相手からのアプローチがあったら、そのときだけ少し蓋をずらして気持ちを覗き込んでみる。だから、相手が自分に興味があると分かってからでないと、私は私の感情を知ることができない。たまに、タイプにドンピシャの男性に会って、いつも起きない感情が沸き上がりそうになるが、そういうときは無意識で彼から離れたり、蓋の上に大きな石を置いて感情があふれ出ないようにしたりしている。

人間、使わない機能は退化していくというが、長いこと感情に自由を与えていなかった私は、もう、自分から“好き”になることができなくなっている。そこに大人の臆病さや自己防衛本能などが重なって、もはや、「こじらせ女子」と言われてもいたしかたない状態だ。“好き”モードになるスイッチが自動で作動しないだけでなく、さびついて、もう力づくでないと動かない。

「婚活」は積極的にならなくては進まないとわかっている。積極的に会ってはいるものの、相手から好かれることも少なくないけれど、なかなかうまくいかないのは、やっぱり“好き”になれないこの低体温体質のせいかも!?

思春期ならではの男子の対応が今も影響する……。中学、高校の頃の多感な時期の嫌な思い出は、その後の人格形成に関わってくると思う。

“恋愛高体温女子”との出会いでわかった、“恋愛低体温女子”のままだとダメな理由とは……!?〜その2〜に続きます。