大坂夏の陣で散った真田幸村の遺言力

写真拡大

いま、遺言や相続で悩まれている方が増えています。人それぞれ、いろいろな問題を抱えていますが、遺言があった場合となかった場合では、どう違うのでしょうか。ユニークな遺言の書き方を提唱する『90分で遺言書』の著者・塩原匡浩氏に、遺言のポイントを聞く。

遺言から縁遠かった
戦国時代の武将や幕末の志士

 戦国時代や幕末の英傑たちは、なぜあんなにもキラキラしているのでしょうか? 今でも多くの日本人の心を捉えて離さない強烈な存在感を放っています。

 その理由のひとつは、自らの使命に気づき、命を燃やし尽くして生を駆け抜けたからではないでしょうか。

 戦国時代の武将や幕末の志士は「遺言」に最も縁遠い存在であったように思います。それは「武士道というは死ぬことと見つけたり」と『葉隠』にあるように、死と隣り合わせの日常を送り、覚悟を決めて生きていたこと、そして「何があっても自分だけは死なない」という強い思い込みがエネルギーに昇華していたためではないでしょうか。

 例えば、坂本龍馬が寺田屋襲撃事件で瀕死の傷を負いながらも、土佐藩邸や薩摩藩邸に匿われ身の安全を確保するようなことをよしとせず、近江屋で痛烈な最期を遂げたように、です。

 坂本龍馬はきっと「わしだけは死なんぜよ。なぜならやらにゃならん大仕事があるから、天がそれまで生かしてくれるきに」と思っていたのではないでしょうか。その意味で、死に直面した場合には「辞世の句」を遺すことはあっても、「遺言」遺すことはほとんどなかったのかもしれません。

 戦国武将や幕末の志士の中で、「遺言」を遺さなかったであろう英傑ベスト3を個人的にあげるとすれば、1位は織田信長、2位は坂本龍馬、3位は真田幸村(信繁)になります。

 この3人は前のみを見て敢然と突き進むタイプだと思うからです。私が調べた限りでは、織田信長も坂本龍馬も「遺言」らしきものを見つけることはできませんでした。

続きはこちら(ダイヤモンド・オンラインへの会員登録が必要な場合があります)