2019年度末をメドに、バニラブランドはピーチブランドに統合される(撮影:尾形文繁)

日本でLCC(格安航空会社)が生まれてから6年。本当にアジアで勝てるのか――。

ANAホールディングス(HD)は3月22日、傘下のLCCで関西国際空港を拠点とするピーチ・アビエーションと、成田空港が拠点のバニラエアについて、2019年度末までに統合することを発表した。ピーチがバニラの事業を譲り受け、ブランドもピーチに一本化する方針だ。

統合後の会社は2020年度に売上高1500億円、営業利益150億円を目指す。2016年度の両社の売上高は単純合算で約760億円。4年で2倍の水準に引き上げる計画だ。

ピーチ子会社化が統合へのアクセルに

「統合の検討はずっと前から続けていた。昨年ピーチを連結子会社化してから、その思いが強くなった。秋ごろに話をぶつけてみたら、皆で意気投合した」。ANAHDの片野坂真哉社長は統合発表の記者会見で、統合の経緯についてそう語った。


ANAホールディングスの片野坂真哉社長、ピーチ・アビエーションの井上慎一CEO、バニラエアの五島勝也社長は、統合発表会見で固い握手を交わした(撮影:風間仁一郎)

ピーチの井上慎一CEOも、その気持ちを強めていた。「海外のLCCが東京五輪に向けて盛り上がる需要を目指し、非常な勢いで日本へ乗り入れている。これからどうしますか、と秋ごろに片野坂社長に報告し、結集するのがベストということになった」。

ANAHDによるピーチの子会社化から、わずか1年。統合を急いだ背景には、井上氏が指摘した海外LCCとの競争激化がある。座席を目いっぱい載せた小型機の多頻度運航で利益を出すLCCの多くは、航続距離の関係で片道4時間程度の短距離路線を展開する。だがここ数年、アジア各国で新規参入が相次ぎ、価格競争に悩まされてきた。

そこで注目されたのが、中距離LCCだ。マレーシアのエアアジアXや、シンガポール航空傘下のスクートといった中長距離LCCが勢いづいた。両社は昨年、関空―ホノルル線を就航、日本市場での存在感も増している。

ANAHDは今年2月、すでにLCC事業の中距離路線への進出を発表していた。統合をにらんでの動きだった。2020年までに現行よりも航続距離の長い小型機を導入し、片道8時間前後の路線を始める。東南アジア全域やインド周辺までカバーできるようになる。「中距離LCCの展開をスピード感を持って実現していくことが、グループの将来の成長に必要だった」(片野坂氏)。


ANAホールディングスと傘下の2つのLCCのトップが一堂に会しての会見は、初めてとみられる(撮影:風間仁一郎)

当初ANAHDは中距離路線の担い手としてバニラを想定していた。だがバニラは2015年度に初めて黒字化したものの、2016年度は主力の台湾路線の競争激化で再び赤字に転落。累積損失も2017年3月末で120億円残ったままだ。

バニラはLCCになりきれなかった

設立当初からバニラの経営陣や管理職にはANAからの出向者が多かった。複数の関係者によれば、フルサービスキャリアの思考が抜けきらず、LCCモデルの追求が十分でなかった。路線構成は競争の激しい台湾市場に偏り、ダイヤ設定や1路線当たりの運航頻度を見ると、機材の稼働を十分に高められるものではなかったという。「フルサービスのコスト構造なのに、運賃はLCC。それでは利益は出ない」(LCC幹部)との声も聞かれる。


危機感を抱いたHD側は、路線戦略などに長けた人員を送り込んだ。2017年度は路線網拡張を抑え、競争の激しい成田―香港線を減便、収益性の低かった台北―ホーチミン線、関空―函館線を運休した。路線の運休は2013年の就航後初めてだ。ダイヤの見直しなども行い、再び黒字に転じるなど、改善は進みつつあった。だが、市場はもっと早く動いていた。

「そろそろ中距離LCCをやらないとまずい」。ピーチの井上氏も危機感を強めていた。10%超の営業利益率をたたき出し、累損もすでに一掃したLCCの“優等生”ですら、2017年度は減益着地が予想されるほど、環境は厳しい。

ピーチの幹部によれば、経営陣が描いていた長期的な事業計画に以前から中距離への進出は盛り込んでいたという。「2025年くらいにはやらないと、と思っていたが、激しい競争に生き残るためには間に合わない。航空機の性能が上がったうえ、統合も実現し、規模のメリットも生かせる。前倒しが可能になった」(井上氏)。


マレーシアの中長距離LCC、エアアジアXはワイドボディの「A330」型機を用い、すでに成田、関空、新千歳などに乗り入れている(撮影:尾形文繁)

前出のエアアジアXやスクートのような中長距離LCCは、欧エアバスの「A330」や米ボーイングの「787」といった、300席規模のワイドボディ機を用いることが多かった。だが、180席の小型単通路機「A320」のみを保有するピーチにとって、ワイドボディ機は「空席リスクを考えれば、今は現実的でない」(同社幹部)。

”遠くに飛べる小型機”で中距離路線へ

そんな中、航空機メーカーが航続距離を伸ばした単通路機を投入してきた。ボーイングは「737MAX」の納入を始め、エアバスは「A321LR(Long Range)」を現在開発中。両機とも席数はおおよそ200前後で、高い搭乗率を維持しながら、より長い距離を飛べるようになる。井上氏は「まだ機材は決めていない」というが、運航や整備の体制を考えれば、現状と同じエアバス機が有力とみられる。


ピーチの井上慎一CEOは、ピーチカラーのジャケットにハンカチーフで会見に臨んだ(撮影:風間仁一郎)

事業拡大にはパイロットや整備士など、人的資源の確保が不可欠だ。「ピーチがバニラとの統合を決めた最大の理由は、リソースを活用できること」(ANA関係者)。ピーチは来年以降、パイロットの自社養成を始める。それだけ人手不足は深刻であり、バニラと人員を融通できるのは”渡りに船”というわけだ。

数百機単位の航空機を抱える世界大手のLCCと比べると、両社の機材数は合計でわずか34にすぎない。アジアでは豪ジェットスターグループやマレーシアのエアアジアグループといった巨人たちがひしめく。激戦の市場で勝つために残された時間は多くない。