写真=iStock.com/FangXiaNuo

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サッカー日本代表の試合で、「課題はFWの得点力不足」という解説を聞いたことはないだろうか。試合中にゴール前でパスを出すFWを見て、「なぜシュートを打たないのか」といら立ちを覚えたファンもいるはずだ。海外サッカーに精通し、このほど小学校のサッカーチームを題材にした小説『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)を上梓した小宮良之氏は「日本と海外では育成年代の環境が違う」と指摘する――。

■言い古されているが解決されない問題

「日本人はなぜシュートを打たないのか?」

それは言い古された問題で、もはや飽き飽きするテーマでもあるのだが、いまだ根本的な解決はされていない。

昨シーズン、柏レイソルのブラジル人FWクリスティアーノは123本ものシュートを打っている。日本人では、得点王に輝いた小林悠が121本を打ったが、2位の杉本健勇は90本、3位の興梠慎三は71本。日本人のトップスコアラーは70本台が平均か。元イングランド代表のジェイは1000分未満の出場時間で(主力選手の3分の1以下)30本以上も打ち、10得点。シュート本数以上に、驚異的な得点率を叩き出した。

「サッカーの目的はボールをつなげることではない。シュートを打つことにある。打てるのだからもっと打つべきだ」

かつてセレッソ大阪に移籍してきた元ウルグアイ代表FWディエゴ・フォルランは、柿谷曜一朗らを厳しく叱咤した。外国人選手から見て、「打つのをためらっている」と映ったのだろう。ただ、多くの選手はこれに当惑し、サッカー観の溝が浮き彫りになった。

例えば大久保嘉人は日本人の中で、「ストライカーらしい荒々しさを持っている選手」というイメージがあるが、それは実像に近いだろう。たやすくは周囲と折り合わない。確たるエゴイズムを持っている。

しかし日本人FWは総じて、外国人FWに比べてシュートに対し消極的に映るのだ。

「メンタルの問題」

結局、そこに落とし込まれがちだが、それは具体的にはどんな精神構造を指しているのか?

■あのスペインの天才の場合

10年ほど昔、スペインの伝説のゴールゲッター、ラウール・ゴンサレスの少年時代のルポ取材をしていたときだ。点を取る。その才能はほとんど天才的なのだと思い知らされた。

「ラウールは、ゴールに対する貪欲さを持っていた。たとえ味方が8−0で勝っていても、ゴールを決めた後、すぐにそのボールをセンターサークルに戻した。それで相手に向かって、『早く始めろよ』とすごんだんだ」

そう語ったのはラウールをスカウトし、15歳まで指導した人物だった。

「ゴールに対するメンタリティはゾッとするものがあったよ。集中力は神懸かっていた。週末に自分の試合がない日は、朝からすべてのカテゴリーの試合を見ていたね。そこで得点のパターンを自分に取り込み、私との個人トレーニングで実践し、やがて習得してしまった」

恐るべき得点への執着である。ゴールに没頭できる、特異なキャラクター。それを生み出す確率が、スペインや南米は圧倒的に高いのだろう。

一方、日本ではそもそも執着することが良しとされない。個性を大事に、と奨励される空気は出てきたが、実際のところ、異端は断罪され、「出る杭は打たれる」。それは日本人の根っこに張り付いた道徳観なのだろう。「空気を読む」という言葉は一時はやったが、それは洞察力というよりは、「周りと折り合う、迷惑をかけない」という協調性を意味する言葉に近い。

■ストリートサッカーで身につくメンタル

スペイン人と日本人の根本的なモラルの違いは、すぐ目にとまる。

昨年の秋、スペインの広場での話だ。年端のいかない、7〜8歳の男の子たちがゴム製のサッカーボールを蹴っていた。脇にオープンテラスがあって人通りも激しく、通りには車が通る。そこで、子供たちは逡巡なくシュートを放つ。もしテラスにボールを打ち込めば、テーブルの上をひっくり返すことになる。おばあさんの頭に当たれば、あるいは走っている車に当たれば、事故になる可能性も捨てきれない。

にもかかわらず、子供たちは渾身の力を込めてボールを蹴る。そこに躊躇(ちゅうちょ)がない。彼らは空気を読むなんてメンタルはないのだ。

ただ、同行していたスペイン人指導者はこう言った。

「子供たちなりに計算はあるんだよ。周りを見て、最悪の事態にはならないことをできる限り回避している。むやみに脚を振っているわけじゃない。独特の緊張感の中で、無意識にスキルや度胸を身につけている。リスクをかけて勝負する感覚が、われわれは好きなんだ」

味方や敵との呼吸を身につける。そこでゴールをできる子どもは、ストライカーとしての資質があるのだという。

実はラウールも、ストリートサッカーをしている姿を見かけられ、スカウトされている。ぎらついた目でにらみ、才能が光っていたという。それは、見る人が見れば一目で見抜ける。

例えばスペイン代表FWジエゴ・コスタは、ユース年代までろくにサッカーを教わっていない。週末に友人と地元の試合に出る程度。特定のチームに所属していない。当然、全国的には無名の存在だったが、地元では知る人ぞ知る存在だった。不敵な面構えで、相手をはね飛ばすような馬力があり、呼び込んだボールをたたき込む、というシンプルなテクニックに恵まれていた。

17歳になって、ようやく所属することになったチームがトーナメントに出場したときだった。たまたま、世界的なエージェント、ジョルジュ・メンデスが別の選手のスカウティングに来ていた。ジエゴ・コスタはこの試合で乱闘騒ぎを起こし、早々に退場処分となって、国内で1年間の出場停止処分を受ける。しかし、メンデスに一目でその非凡さを見込まれ、そこからプロの世界に入ることになった。

■日本のトップFWがみな部活出身の理由

結局のところ、資質を見極められる人物がいるかいないか――。そこに日本サッカーのストライカー論の焦点はあるかもしれない。ストライカーの性質を見極められたら、なぜシュートを打たないのか、というもどかしさの塊は溶けていくのではないか。

「ストライカーは育てるのではない。生まれるのだ」

これが欧州、南米のサッカー界の定説である。スペイン語では「Instinto Goleador」(ゴールゲッターの天性)という表現をする。それは生まれながらの才能。どう鍛えるか、というのはもちろん大事だが、まずはその資質を見極められるか。なにをどう教えても、シュートを打てない選手は打てない。打てる選手は、他の仕事ができなくても、打てるのだ。

その点、現場に戦術オタクのような指導者は必要ない。発育を促す。そういう環境から必然的にストライカーは育っている。

その証(あかし)は、日本で現在もトップランクのFWの大半が、ハード面でクラブユースよりはるかに劣る高体連出身という点にあるだろう。岡崎慎司(レスター)、大迫勇也(ケルン)、浅野拓磨(シュツットガルト)、小林悠、大久保嘉人(川崎フロンターレ)、興梠慎三(浦和レッズ)、金崎夢生(鹿島アントラーズ)、川又堅碁(ジュビロ磐田)、豊田陽平(蔚山現代)というストライカーがずらりと並ぶ。20歳前後の若い選手を見ても、小川航基(ジュビロ磐田)、田川亨(サガン鳥栖)、安藤瑞希(セレッソ大阪)などは高体連育ちだ。

彼らは誰かに教えられたのではない。「Instinto Goleador」という素養があった。もし、戦術に縛られていたら――。天性は失われてしまったかもしれない。

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小宮良之(こみや・よしゆき)
スポーツライター。1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して冬季五輪、W杯などを現地取材後、06年から日本に拠点を移す。アスリートと心を通わすインタビューに定評がある。人物ルポ中心に著書は21冊。主著に『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』シリーズ三部作(集英社)『エル・クラシコ』(河出書房)『おれは最後に笑う』『ラ・リーガ劇場』(東邦出版)。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』などで特集企画、出演。今年3月には小説『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)を上梓する。

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(スポーツライター 小宮 良之 写真=iStock.com)