3月18日(米 現地時間)、アリゾナ州の公道で実証実験中だった米Uberの自動運転試作車が死亡事故を起こした。

この事故を機に、自動運転車についての議論が起こるのは必至だ。

自動運転試作車の公道を走る実証試験は、日本でも複数の企業が始めている。
とはいえ、既に実証試験を開始している開発の早さに、法の整備だけでなく、私たち利用者の倫理観も、まだまだ追いついていない。

◎ASVから自動運転車へ
自動運転というと、AIブームに乗って急に湧いて出てきた話のように思うかもしれない。
しかし、最新のエレクトロニクス技術を活用し、自動車の運転をもっと安全に、利便性を向上させようという動きは、2010から2012年頃には、すでに活発化していた。

先進運転支援システム(ADAS: Advanced driver-assistance systems)とも呼ばれているが、日本では「先進安全自動車(ASV:Advanced Safety Vehicle)」として、国土交通省が「運転支援の考え方」という指針を定め、それにそって開発が進められている。

・衝突被害軽減ブレーキ(歩行者や障害物を検知し警告する
・ドライバーが何も措置しない場合にブレーキを作動させる自動ブレーキを搭載するシステム)
・レーンキープアシスト
・ACC(Adaptive Cruise Control
・車間を一定距離にキープする追従型クルーズコントロール)
・ふらつき警報
・ESC(Electronic Stabillity Control)
・駐車支援システム

などの技術が実用化され、各自動車メーカーからこれらの機能を搭載した車両がすでに発売され、市場にも出回っている。いわゆる「運転アシスト機能」と言われるものだ。

自動運転はこのASVの次の段階として、もう数年前から自動車業界、エレクトロニクス業界が研究開発に取り組んで来た分野なのだ。

そこに、従来の自動車メーカー業種だけではなく、Googleやテスラといったテック企業が乗り出してきた。

その背景には、自動運転というシステムにおいて、
センサー技術だけではなく、通信技術、2D/3Dマップ情報、ディープラーニングといった最新技術が必要になってくるからだ。そして、当初は個々に開発を進めていた各社が、M&Aや提携という形で統合されていくのは当然の話といっていい。

「自動運転」とは。さまざまな技術を複合的に組み合わせることで、やっと"実現できる"システムだからだ。

異業種の企業だけではなく、同業の自動車メーカー同士でも連携し、開発を進めている。もちろん、その中には自動運転車を使ったサービスの提供を考える企業もいる。

Uberも、その1つだ。

2016年、Uberは自動運転トラックの開発を進めるOttoを買収。
また、Volvoと自動運転車の開発で提携。
2021年の自動運転車発売を目指すとしていた。
2016年にペンシルベニア州で自動運転車の試験走行を開始。
また、2017年にカリフォルニア州サンフランシスコ、そして場所を移してアリゾナ州で行ってきた。
Uberが試験運転で使用する車両を製造するのはVolvoだ。

アリゾナ州は公道での自動運転の試験走行に対する規制の自由度が高いことで知られている。
また、気候や道路の状態が良く、交通量が均一といった好条件も揃っているという。
米国ではそのほかにも十数の州が公道での自動運転の試験走行を解禁している(もちろん申請し、おのおの定められた条件を満たす必要がある)。


◎人が技術とどう共存するか
今回の事故の続報として、事故の直前の状況を撮ったドライブレコーダーの動画が公開されている。
事故の原因究明はこれからだが、自動運転中の車による死亡人身事故は初のこと(自動運転中の車による事故では、2016年5月に、テスラ「Model S」の運転者が限定的な自動運転モードでトレーラートラックと衝突して死亡したという事故も起きている)。

今回の事故を受けUberは、アリゾナ、サンフランシスコ、ピッツバーグ、フェニックス、トロントで実施中の自動運転車の試験運行を停止。
またトヨタも、このUberの死亡事故を受けて、米国での自動運転車の公道試験を休止すると発表した。

人命が失われる事故はあってはならないことだが、だからといって、試験走行の規制を厳しくすればいいということではないだろう。

自動運転システムには、
・地方での成立しない公共交通網を代替する
・崩壊しそうな物流を救う
といった可能性がある。

ただ、こうした希望や可能性を実現するには、それを扱う人間の側に問題がある。

実際に、ハンドルを持った運転中でも人間の意識はときに集中を切らすし、ミスが起こる。
それが自動運転では、

・ハンドルを持ち運転はしないが、走行する周囲の環境には集中を切らしてはならない

となる。
これは、通常に運転するよりも難しいことかもしれない。

であれば、運転を機械に任せたときの人間側の心理コントロールにていても研究されていくべきではないか。

機械に運転は任せるが、運転の主体は「人」にあるという認識をどう持たせるのか?
自動運転の試験走行段階である今、そうしたスキルのトレーニングも必要になるのはないか。

もちろん、完全無人の段階(レベル4,5)になれば「そういうスキルを持つ人」もいらなくなる。
しかし、そこに至るまでの段階のレベル3(システムが運転困難な場合、運転者が対応する)では、まだ人が運転に介在する必要があるからだ。

自動運転に関連する技術の研究開発は、いまふってわいたものではなく、従来の自動車の進化の延長戦上にあり、開発が続いてきたものだ。
今回の事故を受けて、脊髄反射、条件反射的に、声高に「ストップ」と、言うべきではない。
冷静な対応こそが、求められるだろう。

社会実装に至るまでに、当の技術を切磋していくだけではなく、人間の側、社会の側が受け入れる態勢も同時に準備し始めていくことが必須なのだ。


大内孝子