F2戦闘機 (c) 123rf

写真拡大

 防衛省はF2戦闘機の後継機国産化を断念した。「開発費用の増大」が主な理由だが、この裏にはアメリカの意向が強く働いていることは疑う余地はないであろう。“日本の翼”は「もがれた」まま、戦後70年が過ぎていく。三菱・MRJ国産旅客機開発に手間取っていることが影響していると言われる。三菱重工の開発能力に疑念がわいているというのだ。

【こちらも】ホンダ・ジェット世界一 2017年出荷台数5.7t以下セスナ・サイテーション抜く

■戦後から現在まで続く日本の航空・宇宙・防衛産業の現実

 戦後、日本の兵器開発は占領軍によって廃止させられた。民間旅客機なら良いであろうと始めたYS-11は、商売としては不調に終わった。その後、“日本の翼”は半世紀近く開発がなかったのだが、そこにボーイングの強力な政治介入があったのだ。Y-X、Y-XXと当時呼ばれた旅客機があった。実はそれはボーイング757と767だった。ボーイング社が政治介入して、半官半民資本で行われていた日本の国産旅客機開発予算を持ち去ったのだ。人材も日本からボーイング社に出向の形で連れ去り、以後、国内で旅客機の予算とノウハウは消え去った。半世紀前の話だ。ロッキード事件と同種・同規模以上の政治介入があったことを匂わせている。

 その当時T-2超音速練習機が国産され、一気に日本も超音速機の開発が出来るようになっていた。それをもとにF1超音速支援戦闘機が開発され、日本も当時の最先端戦闘機開発のめどが立ってきていた。そのころ「T-2超音速練習機のネクタイピン」を胸に、設計技術者の隣の部屋で、胸躍らせてコンピュータのプログラムをしていたのが私だ。その後、同期の設計技術者志願者がボーイングに出向していくのを見送った。彼らはMRJ開発にも携われず、過ぎ去った日々をどのように感じているのだろうか?

 C-1輸送機についても設計者に直接話を聞きながら、私は電卓もない時代「計算尺」の使い方を身に着けた。そこで聞いた、フラップを設計した技術者の話は「悶絶」だった。試作機が試験飛行をするため滑走し始めたとき、何気なく胸のポケットに入れていた計算尺で計算しなおしたら、強度計算を一桁間違えていたと気づいたらしい。しかし、試作機はすでに舞い上がる寸前で、言い出せなかったという。

 全身固まってしまって祈るように着陸を待っていたが、初飛行ではフラップを出したまま動かさなかったので、事なきを得たという。そんな経験も貴重なノウハウとなって国の財産となっていくのだが、F2戦闘機開発では、最初からアメリカ軍のF-16戦闘機の改造となってしまった。火器管制システムなど重要機密部分はブラックボックスで日本に提供され、修理もできない状態となった。

■日本本土防衛に直結する事態

 現在F-35などで採用されている「ステルス」性能も、すでに実験機は国産で飛んでおり、それを活かせなかった。中国はJ-20と呼ばれるステルス戦闘爆撃機を量産に入れ、配備が進む状態だ。レーダーに映りにくい機体で、尖閣諸島領空を自在に飛行されたら、「実効支配」が中国と認定されてしまう危険がある。そうなると、日本は尖閣諸島の領有権を主張しにくい事態となる。「南シナ海の領有」を主張する中国が、「制空権・制海権」を実力で奪取するため、基地を建設しているやり方を注視すべきなのだ。

 中国の援助借款は「高利貸し」のそれと同じで、返済できないと「島」を取り上げる結果となっている事実を認識しなければならない。インドの力だけで防ぐことはできまい。そこに日本の主戦場があるのであろう。日本は、中国の覇権主義、核戦略の完成を座視していける状態ではないことを知るべきだ。TPP協定の裏にある事情をトランプ大統領も注目すべきなのだ。