女社長、乳首について悩む

2017年10月11日(水)
「作るべきか作らざるべきか、それが問題だ」乳首の話だが。

私は久しぶりに悩んでいた。

今日は形成外科の先生から乳首再生手術のレクチャーを受ける日で、私は先程から、先生のPCに映し出されたおびただしい数の乳首を見て神妙にしていた。

術後の例として採用されている写真だから、きっとこれらは大成功乳首たちなのだろう。どなたの乳首か存じませんが、確かに綺麗に仕上がっているものばかりだ。

先生は乳頭再建の方法として、「〃鮠錣丙犬瞭首を切って右に移植する方法」と、「右の皮膚を剥(は)がして立体的に縫い合わせて形成する方法」があると図で説明してくれた。

また、乳輪の再建方法は、「a色の濃い皮膚(自前)を剥がして移植する方法」と「b入れ墨(タトゥー)で着色する方法」があるそうだ。それぞれに金額も仕上がりも違う。

乳房再建手術から半年位経つ来月には乳首再生の手術を受けることができるので、先生も私も、今日あたり方針を決めたいところ。

しかし、私は何というか、今一乗り気になれないのだった。

乳がんが見つかった時はすぐに「切ります! 切ります! 全摘ってことで!」と、さくっと方針を決めたし、術後から「乳首再建まで一気にいくぞ!」と、この一連の乳がんプロジェクトに鼻息荒く取り組んできたのと言うのに、今になっていきなりのこの低モチベーションはなんなのか?

正直なところ、私はどちらの再建方法でも良かった。それよりも、そもそも私に乳首自体が必要なのであろうか? という根本的な問題にぶつかっていた。

45歳、経産婦。年齢的にもそうだが、ホルモン治療で閉経しているために、もう一生子どもに授乳することはない。顔の一部のように、毎日人様に見せるわけでもないからビジネスにも支障がない。あったらいいが、なくても困らない、それが私の乳首といふもの。

何より、1年近くこの形状(手術痕ありの乳首なし)のおっぱいで過ごし、温泉やジムやプールの更衣室で隠しもせず丸出しにしてきたわけだが、私はすっかり自分の「乳首なしギザパイ」に慣れてしまっていた。いや、慣れ親しんでしまったと言っても過言ではない。

女社長の「傷物語」

手術したてばかりの頃の私には到底考えられないことだが、気づいたら、乳首なしギザパイを結構気に入っている自分がいたのだ。

その話を友人にしたら、「どれだけ前向きかよ!」とあきれられたのだが、それは私の元々のコンプレックスに起因していると思っている。

若い頃から、どんなに鍛えても筋肉がつかなかった私は、肉を付ければぷよぷよ、痩せればしわしわの、元々生命力に欠ける体だった。顔も性格も超合金? と言われるぐらい厳(いか)ついのに、体だけがいかんとも“ゆるふわ”だったため、私はずっと自分のバディに違和感を感じていたのだ。

ところが、乳首なしギザパイを携えてから、他のところは相変わらずだというのに、私の中の違和感がすっかりなくなっていた。(ま、加齢による執着の薄れかもしれないのだが)

子宮全摘したアルテイシアさんもご自身のコラムで書いていたが、傷があることがなんだか強そうで「いい感じ」なのだ。少なくとも「自分らしいな」と私はすっかり受容していたのだった。

「傷」と言えば、私は男性の傷もかつて好きだった。

若い頃デートした彼は、眉毛の脇に小さな、でも深めの傷があった。端正な顔立ちにその傷がアクセントになっていて、私は「色っぽい傷だな」と思ってその横顔を眺めていた記憶がある。子供の頃、ジャングルジムから落ちた時のものらしい。

もう一人、お付き合いした彼は腕に15センチくらいの傷があった。いつもはスーツでデートしていたから気づかなかったが、私はその傷(小学校の時の交通事故)にも目を奪われた。小学校の頃の彼は、その事故の時泣いただろうか? と勝手に脳内で想像したりした。小さな彼がその傷の向こうに見える気がして、反射で彼の今までに思いを馳(は)せてしまったのだった。

そう、傷には物語がある。

私の乳首なしギザパイも、乳がんプロジェクトに立ち向かっていった思い出がある。私がもし、篠山紀信だとして、45歳の“ゆるふわ”シニアバディ(おまけに貧乳)より今の乳首なしギザパイのほうを撮りたいに違いない、という妄想までしたところで、

「では、それぞれどちらの方法で再建しましょうか?」

と、先生に問われる。

私は引き戻されるように昨晩のことを思い出した。
そう言えば、急に乳首形成に意欲がなくなったため昨晩家族に聞いてみたのだった。

案の定、思春期の長女は「ママがいらないならいらなくね?」と言い、夫も「また手術も大変だし、貴ちゃんがいらないなら作ることないんじゃない?」と言う。

外科手術後、乳首なしギザパイを見た時はたいそう驚いていた二人なのに、私を含め人間の「慣れる力」には驚きを隠せない。

ところが、5歳の次女とお風呂に入った時に同じ質問をすると、

「ママのちくび、もういっかいできたら、ひびちゃんうれしいなぁ〜♪」

と、歌うように言うではないか! それも少し恥ずかしそうに。でも、何だか目をキラキラさせて……。

ああ〜♪日本の我が家に〜♪乳首を〜待ってる〜人がいる〜♪(いい日旅立ちのメロディーでお願いします)

私の新たなる乳首を待ち望んでいる座敷童フェイスを思い出して、私はやっと正気と初心に戻った。

そもそも乳首を作ることも含めて「乳がんプロジェクト」だったはずだ。
再発防止も含めて、私の乳がんプロジェクトはまだ終わってはいないのだ。

「先生、乳頭再建は,如乳輪の再建方法はaでお願いします。来月で一番早く手術できる日程はいつですか? 私のスケジュールは……」

かくして、乳首形成方法が本日決定した。

またまた忙しくなりそうである。

女社長と次女。photo by photo studio コノジ